異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第16章 破滅の聖者

第627話 メトゥサイラの正体、そしてその要求とは

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 メトゥサイラを目の当たりにしたオレの内心は、ようやく会えたという安堵感と、これからいったい何を言ってくるのかという不安がないまぜになっていた。
 少なくともメトゥサイラは邪悪な存在とは思えないが、その彼の導きを受けたというザスターニックの信徒達の発想を見る限り、善悪とかまるで無関係ながらこの世界にとんでもない影響をもたらしかねないように感じられてならないのだ。

「君もいい加減気付いたんじゃないかな? この世界が本当は苦痛と苦難に満ちあふれ、誰にとっても幸せなど無いことに」
「そうかもしれませんけど、僅かでもよりよい世界を目指して少しずつでも努力するのが無駄とは思いません」

 オレのこの返答にメトゥサイラは僅かながら眉を上げ、少々驚いた様子を見せる。

「ふうん。まさか君がまだそんな事を考えていたとはね……」
「当たり前でしょう。わたしにはわたしの考えというものがあるんですよ」
「そうか……いや。本当にそんな事を言われるのは滅多になかったからね」

 たぶんそれはこのメトゥサイラの不可思議な力によるものだろう。
 何というか自由自在に人を操れるというワケではないが、少し話をするだけで相手の思考を都合よく誘導出来るように感じられる。

「君には私の言葉はあまり通じないようだね。ひょっとするとそれがどうしても気になる理由の一つかも知れない」

 もしもオレにメトゥサイラの力があまり及ばないのだとしたら、それはたぶんオレとこの世界の一般的な住民との考え方の違いが原因なのだろう。
 この世界の住民の殆どは自分の知る神の姿が真実であり最善であって、それ以外は全て誤り、もしくは劣った存在と見下している。
 だからメトゥサイラの言葉で今までの信仰について何か別の方向性を与えられると、今度はそれが真実に簡単にすり替わってしまうのではないだろうか。

「それではあなたはわたしに何をさせたいのですか?」
「もちろんこの世界を苦痛から救うために協力してもらいたいのだよ」

 相変わらずよく分からない言いぐさだけど、たぶんメトゥサイラ本人はこれで通じないとは思っていないように感じられる。
 ひょっとすると少し前に出会ったザスターニック信徒達のように、これだけでメトゥサイラの思う通りに行動するようになってしまうのかもしれない。
 何とも空恐ろしい能力だし、オレもそれに操られてしまったかもしれないと思うと本当にゾッとする。
 だけどそれを理解した上でなんとなくこの少年に惹かれてしまうのは、やっぱりある程度は影響を受けているからなのだろうか。

「残念だけど、この私の力ではこの世界を救う事など出来ないのはよく分かっている。先ほど君が言ったとおり『よりよくするため微力を尽くす』のが精一杯なのだ」
「それを言ったらわたしだって微力な存在ですよ。あなたの助けになるとはとても思えませんけど」

 ついさっきホンの十人やそこらの老人ですら救う事も出来ず、自分の無力さを思い知ったばかりなのだ。
 メトゥサイラが何をさせたいのか分からないが『苦痛に満ちた世界を救う』などとは遠大過ぎて何をすればいいのか想像も出来ないよ。

「そんな事は無いさ。君が手助けをしてくれたら、一気に私の目的に近づけると思うよ」
「そもそも本当にあなたはこの世界を救う必要があると思っているのですか? 確かに苦痛や困難に満ちあふれている世界ですけど、それでもそんな大きな事を考えるより、もっと身近なところで人助けをするだけで十分だと思いますよ」

 オレがそう言うとメトゥサイラはその目を瞬かせる。

「そうか……やはり君も分かってはいないのだね」
「どういうことですか?」
「この世界は苦痛に満ちていて、それ故に誰もが悩み苦しみ、そして不毛に死んでいっては、またこの世界に戻ってきては新たに苦しみ続けるのだ。それが世界の理であり、紛れも無い真実なのだ」

 確かに一面の真実ではあるだろうけど、本当にそれだけだとしたらあまりにも偏り過ぎた考えだろう。
 だがメトゥサイラにとってはそれが全てであるらしいのは、これまでの会話から理解出来る。

「あなたにとってはそれが真実かもしれませんけど――」
「他の真実など私には分からない。いや。むしろそれ以外にあると言われても、正直に言えば理解出来ないのだ」
「どうしてですか?」
「なぜなら私には世界から『苦痛』しか伝わってこないからだよ。この世界に私が存在して以来それは全く変わらない」

 また無茶苦茶な発言に思えるけど、オレにはなんとなく分かってきた。
 どうやら『相対思想の神』であるウルハンガと同様に、メトゥサイラもまた人々の思いの化身に違いない。
 そしてその中身は誰もが抱く『もうこんな人生はイヤだ』『どうしてこれほどの苦労をしなければいけないんだ』という意識なのだろう。
 誰でも心の片隅に必ず存在する気持ちが反映された存在であるが故に、それを刺激する事で造作なく思うとおりに誘導出来るのかもしれない。
 だけどそのような気持ちがどれだけ集まろうと、そんな漠然とした意識から強大な力が生まれる事など考えられない。
 実際、メトゥサイラも直に接した相手を誘導する事は出来ても、そんなものでこの世界そのものを変える事などとても不可能だ。

「いずれにしてもあなたやわたしの力をどうしようと、この世界を救うなんて真似はとても出来ませんよ。それはメトゥサイラにもよく分かっているはずです」
「もちろんだ。だけど私達が力を合わせれば、それだけで世界を救えるとは言わないが、大きく近づけるはずだよ」
「それではあなたはわたしにいったい何をさせたいのですか?」

 確かにオレはそこらの神よりもずっと大勢の信徒から崇拝の力を得ているけど、それで仮に信徒達に対してメトゥサイラの言うとおりにしろ呼びかけたところで、大して効果は無いだろう。
 この世界の神は信徒の心を自在に操れるワケではないし、そもそも『神の声を聞く』ことそのものがごく限られた力のある信徒か特別な機会でなければ出来ない事だ。
 街の神のようにごく狭い領域を司る神ならば信徒に接するのも比較的簡単なようだが、その程度ではやっぱり世界のあり方を変えるなど出来る筈がない。

「なあにごく簡単な事だよ」
「だからハッキリ言ってくれませんかね?」

 あんまり回りくどいのでオレもちょっとばかりいらついてきた気がする。

「分かったよ。仕方ないな」

 メトゥサイラはどうしてこんな事が分からないのか、と言わんばかりだ。

「君には私の子供を産んで欲しいんだ」
「え?」

 何というかこれまで幾度も似たような事は言われてきたにもかかわらず、この答えは意識に入れていなかったので、オレはマジマジとメトゥサイラの顔を見返す事しか出来なかった。
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