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第17章 海と大地の狭間に

第711話 スキリオスの真意とは

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 祭壇に手をかけたスキリオスは感慨深げに呟く。

『もしもこの祭壇が破壊されていたらどうなったか……いや。そもそもそなた達がおらねばここには決してたどり着く事は出来なかったであろうな』
「それはわたしが道を作ったことを意味しているのですか?」
『もちろんそれもある。そしてこの身となった者のお陰でもある感謝は惜しまぬぞ』

 そういってスキリオスはガレリアの胸を手で叩く。
 そうか。これだけの神殿だ。許可を得ていない霊体が本殿に入れないようにする魔法的な防御はあって当然だろう。
 ガレリアの身に宿ったからこそ、スキリオスはこの祭壇にまでたどり着く事が出来たということか。
 ここまでいろいろ微妙なところで合致していたら、オレ達にはもう『神の導き』かなにかがあるのかと思える程だ。
 しかし問題なのはスキリオスの目的だ。

「あなたはその祭壇を用いて何をするつもりなのです。それを聞かせて下さい」
『いいだろう。そなたもどうやら気付いているようだが、この祭壇にはこの寺院で信徒達が捧げた魔力が込められており、それは悠久の時を経ても維持されている』

 普通はそんなに長期間、魔力を貯めておく事など出来ないはずだが、恐らくその祭壇が一切、人手に触れる事が無かったのに加えて、魔力の貯蔵庫としても極めて優秀だったということなのだろうな。
 いや。それだけじゃないだろう。
 ここで死んだ司祭達の亡霊が出てこないのは、彼らの魂もまたその祭壇に呑み込まれてしまったいるからではないだろうか。
 最期の時をこの本殿で迎えた何十人という高位聖職者達の魂が集まって、行き場を失っているならば、そこに強力な魔力が宿っていても何の不思議も無いぞ。

「そしてその魔力で何かに連絡を取るつもりなのですね?」
『やはり気付いていたか。さすがと言っておこう』

 ここでスキリオスはその手を大きく広げる。

『この我が生まれるずっと前の事だ。この寺院、いや、この地の全ての信徒の力を集める事で大地の大精霊と契約を果たしたのだ』
「それではまさか……あなたは?」
『そうだ。この祭壇の力を用いればその大精霊の力を用いる事が出来る。もちろん今となっては一回だけだがそれで十分だ』

 スキリオスはいかに自慢げに宣言した。
 大精霊というのは時には神様自身だったり、その化身だったり、親族だったりするけど、要するに神様の力の象徴とみるべきだ。
 だがどう考えても肝心なのはこの先の事だろう。

「その大精霊の力であなたは何をするつもりなのですか」
『もちろんそなた達の望みである、大地が海に沈むのを食い止めてやるとも』

 それは決してウソでは無いかもしれないが、絶対にそれだけでは無いだろう。いや。そもそもそれがスキリオスの目的ではあるまい。

「あなたの本当の目的は何なのです? 干拓地の事など特に気にはしていないのでしょう?」
『それもそなたにはおおむね、見当がついているのではないのか』

 相変わらず言う事が回りくどい。オレの知り合いにはもったいぶった言い方を好む連中だらけだが、ちょっとばかりいらついてきたぞ。

「あなたの目的は、この寺院、いや、この地に埋もれている都市そのものを破壊してしまうことですね!」
『その通りだ。大したものだと褒めておこう』

 そういってスキリオスは手を叩く。
 だがそれを聞いてヴェガは困惑した様子を見せ、エレリアはその細い手を握りしめて何かに耐える様子を見せる。

「教えてくれ。今のはどういう意味なのだ?」
「この寺院とその周辺に埋もれている『忌まわしの都』の住民達の魂は、今でも火山が噴火した時に埋まったままの状態でいるのですよ。つまりずっと呪縛されたままなのです」
「なんだと? それは本当なのか?」

 ヴェガは『地の底に呼ぶもの』コーラー・イン・デプスを見た事がないからな。
 噂で聞いたことがあるかもしれないが、彼らが火砕流に呑み込まれて悶え苦しみ死んでいった人々の亡霊だとまでは知らないのは当然だ。
 それでオレは改めてスキリオスに問いかける。

「幾ら大精霊と言っても、そんな事が本当に可能なのですか」
『不可能かもしれん……しかしやらねば何も起きず、我もこの地の住民の魂も永遠に解放されることはない。違うかね?』

 要するにスキリオス自身にも出来るかどうかは分かっていないらしい。まあ試した事が無いのは間違い無いから、それは当然だろう。
 しかし万が一にもその望みがかなったら、その結果がどうなるか。想像するだに恐ろしい。

「それでそれだけの事をすれば、地上はどうなるのですか?」

 もしも地下に埋もれている都市の遺跡を破壊してしまうほどの事をすれば、その影響は甚大だろう。
 下手をすれば火山の噴火など問題では無いほど、広範な地域に被害を及ぼす事すら考えられるぞ。

『さあな。地の底に悠久の時を封じられてきた我らにすれば、その程度は大したものでもあるまい。心配するな。そなた達のいう干拓地も海より浮上するよう取り計らっておくからな』
「あなたの教えを受け継いだ子孫達にも甚大な被害が出ますよ!」
『それがどうかしたのか?』

 スキリオスはさも当然のように言い切った。

『この地に埋もれた我が同胞の魂をずっと下僕として使役してきたのだ。それぐらいの事はあってしかるべきだろう。そんな覚悟も無しに悶え苦しむ魂を利用してきたのならば、むしろ当然の報いというものだ』

 そうか。スキリオスが見た目は落ち着いたものだったから、オレも気にしていなかったけど、それは長年亡霊だったのと、あくまでも取り憑いた肉体だったから感情が表情として姿を見せていなかっただけなのかもしれない。
 スキリオスは長年に渡り『地の底に呼ぶもの』コーラー・イン・デプスの悲鳴をずっと聞いていたのだろう。彼がそうならずに済んだのは、皮肉にも罪人としてあの部屋にずっと閉じ込められていたからだ。
 いまスキリオスが望んでいるのは同胞への救済なのか、自分自身がこの世から解放されたいだけなのか、はたまた亡霊を使役し続けた自分の末裔に対する復讐なのか。
 たぶんそれはスキリオス自身にすら区別はついていないだろう。
 ハッキリしているのは、本当に可能かどうかは別として、スキリオスが今生きている人間達にどれだけの犠牲が出ようが、そんな事を一切意に介さないということだけだ。
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