異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第17章　海と大地の狭間に

第712話　個人の事情と大義と

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　スキリオスはその手を挙げて出口を指し示す。

『さあ早く逃げるがよいぞ。もうしばらくすればこの寺院も何もかも崩壊するからな。可能な限り遠くに逃げよ。そなた達の無事は祈っておこう』

　祈られても全然、安心できませんけどまあスキリオスなりの誠意ではあるのだろう。
　少なくともオレたちに害意が無いのはわかるけど、残念ながらこちらは『ハイそうですか。じゃあ逃げます』というわけにはいきません。

「待て！そんな真似を許すわけにはいかんぞ！」

　オレが口を開く前に、ヴェガが叫びをあげる。

「いかなる理由があろうとも、無辜の民衆に犠牲を出すような真似は許さないぞ！」

　ヴェガにとって干拓地に住む双子神の信徒や、この近隣のケルマル神を崇拝する開拓民はいずれもロクでもない相手のはずだけど、それでも彼らに犠牲を出すのは許さないと言ってくれたのはオレとしては安心出来るところだ。

『実際にどれだけ死ぬかは分からんが……少なくともこの街でほぼ一瞬で命を落とした数に比べれば大した事でもあるまい』

　スキリオスはその膨大な犠牲を知っているから、感覚が麻痺してしまっているのか、はたまた亡霊と化して長いので、もう人間の生命など特に気にしていないのか。
　残念ながら生命の感覚がまるで乖離してしまっている事は間違い無い。
　そしてこの場では、もうひとり気になる相手がいる。

「……」

　先ほどからエレリアが殆ど反応を示していない。
　これまでエレリアはいろいろと常人離れしているところを見てきたが、もしかしたら『犠牲が出ても、干拓地の地盤沈下が止められるならそれでいい』などと言い出すかもしれない。
　オレがそこを危惧していると、エレリアは静かに口を開く。

「本当にあなたの言葉通りにすれば、干拓地の地盤沈下は終わるのですね？」
『そのために力を注ぐ事は約束しよう』
「分かりました。それは信じましょう」

　おい。これまでにも何度も繰り返し、彼女の感覚がいろいろと神がかっているところは見てきたが、やっぱり干拓地を救うためであれば、いま住んでいる人たちがどうなろうと気にしないのか？

『ならば――』
「それではうかがいますけど、それを行った時、いまあなたが宿っている我が兄の身体はどうなるのですか？」
『なあに。心配はいらんぞ』

　スキリオスは自信満々に応じる。

『もちろん。かの者の肉体はこの寺院と共に果てるだろう。そして我らと違って間違い無く、神の御許にいけるはずだ』

　おい！　それで納得出来るはずがないだろうが。
　いや。元の世界でも確実に神の御許にいける事を信じて、自己犠牲を捧げる事を肯定する連中も大勢いた。
　ましてや本当に神様のいるこの世界では、目的を果たしてその魂が神様のところに行くならばそれは喜ばしい事と考えても何の不思議も無い。
　つまりここでエレリアはスキリオスを止めないどころか、下手をするとこの埋もれた寺院で運命を共にすると言い出しかねないぞ。
　だがエレリアや身体を乗っ取られたガレリアがどう思っているかは別として、その場合はオレは『本人の意志』だからと認める事は出来ない。
　たとえ後々、恨まれても強引に止めるしかないだろう。

「そうですか……分かりました……」

　エレリアは静かな覚悟をこめて呟く。

「兄を犠牲には出来ませんね。だからあなたのその言葉を聞き入れるわけにはいきません」
「え？」

　ここは心配が外れた事を喜ぶべきだったはずなのだが、思っていたよりずっと普通の返答を耳にして、ついついオレは驚きの声を挙げてしまう。

「どうされました？　いかなる理由があろうと、この私が兄の命を引き替えするのを認めるなどと思っておられたのですか？」
「いえ……そんな事はありませんよ」

　本音を一瞬、もらしてしまったが、オレはひとまずごまかす。

「仮に兄が自分を犠牲にして干拓地を救うと言っても私は認めませんよ。それは妹として当然ではありませんか？」

　もちろんそれがオレの価値観でも正しいとは思うけど、ことある毎に人間離れした様子を見せていたエレリアが、そんな普通の事を口にしたのはむしろ意外だった。
　ひょっとしたら兄のガレリアだけは例外で、もしも別の誰かが犠牲になるのであれば、喜んで同意したかもしれないけど、それをこの場で聞くのはちょっと怖すぎる。
　とにかく今はエレリアとヴェガが共に、同意してくれたのでひとまず安心してスキリオスに対峙する。

「ご覧の通りスキリオスさんの願い通りにさせるわけにはいきません。お気の毒ですけど、その身体からは出ていってもらいますよ」
『そうか。残念だな。だがそなた達が我の言葉を聞き入れないのと同じように、我もまたお前達の言う事を聞く気は無い』
「あなたの魂についてはこの街から出られるように、このわたしが何とかしましょう」

　毎度のごとく安請け合いだが、スキリオスひとりの魂ぐらいなら、地上に出ればどうにかなるはずだ。
　仮になんらかの魔法的な手段で、スキリオスの魂がここから出られなくとも、オレならばそれぐらいは何とか出来るだろう。

『それでは我が同胞の魂はどうなるのだ？』

　やはりスキリオスは自分一人だけ解放されたら、それでいいとはならないか。
　今回、エレリアは個人的な事情を優先させてくれたけど、そんなに簡単に片付くとはオレも思ってはいなかった。
　やっぱり大義に殉ずる覚悟を固めた相手の方がずっと面倒なのは、生きていても死んでいても変わりは無いということか。　

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