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第21章 神の試練と預言者
第928話 滅びた寺院が息を吹き返すとき
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いまオレが手を触れているのは、さほど大きくは無いがそれでも微かな金箔の残滓から、この寺院の全盛期にはまばゆく輝いていたらしい祭壇の残骸だ。
微かに残る手の込んだ彫刻からしても、名工が長い時間をかけて加工した事もうかがえる。
そこにオレが魔力を注ごうとすると、フェスマールから苦言が呈される。
『待ってくれぬか。そなたの力で信徒に呼びかけた場合、問題があるやもしれん』
「どうなるのですか?」
『分からぬ。それは考えた事もないからな』
さすがにフェスマールもそんな経験は無いか。
作られてからずっと『秘宝』として寺院の一番奥で、厳重な警備の元、管理されていただろうし、寺院が滅びた後は廃墟の中に埋もれていたからな。
ある意味で『世間知らずのお坊ちゃん』なところがあるのかもしれない。
しかしオレも生きた人間にいろいろな形で呼びかけた事はあるけど、特に問題になった事は無い――誤解されるのはしょっちゅうだが。
それを考えるとそう大ごとにはなるまい。
「このまま信徒の魂が浮かばれぬままでよいのですか」
『……分かった。確かにそなたの言うとおりだ。今は力を貸してくれ』
フェスマールにしても、この場では遙か昔にこの寺院と共に滅び、それからさまよっている浮かばれぬ信徒の魂を救うのが優先だ。
オレが敵対している勢力の手先ならば別だろうが、力を借りる程度であれば別に神の意思に背く事では無いはずだ。
「それではいきますよ」
オレが魔力を注ぐと、祭壇がぼんやりした光に覆われる。
魔力を見るオレの『魔法眼』で祭壇に魔力が蘇った事を意味している。
「ほう。やっぱり凄いものだな」
横で見ているテセルも少しばかり感心した様子を見せる。
テセルも神造者の魔法で、魔力を感知することは出来るのだな。
「しかしアルタシャの魔力は祭壇のものとはまた別だな。これはこれで興味深い事になりそうだ」
テセルは興味深そうにこぼしている。
オレの『魔法眼』ではあくまでも魔力の量しか計れないが、神造者の魔法ではある程度のその質も計れるらしい。
ちょっと教えてもらいたい気もするが、テセルにそんなことを頼んだら文字通り『手取り足取り』やりそうな気がするな。
いや。そんなことを考えていても仕方ない。
『おお。祭壇に力が戻ったようだ。感謝するぞ』
かつては黄金で作られ宝石で彩られた宝珠が、金メッキされた壮麗な祭壇の上に置かれて、寺院に捧げられた信仰の焦点になっていたわけか。
それは確かに、一般の信徒にとっては『神の世界』を思わせる程の輝きだったに違いない。
だが開拓者の神であるケルマル神の教団はさほど豊かでは無いはず。
それでもこの祭壇も宝珠も遥か昔からの敬虔な信徒たちが残してきたお布施によって作られ、この地に苦労して運び込んだのだろう。
自ら荒廃した地に乗り込み、そこの開拓を行う事を神命とするケルマル信徒にとっては、祭壇の上の宝珠は『希望の星』に見えたかもしれない。
それを考えると、残骸とは言えフェスマールにとっては決して疎かには出来ない神聖な場所である事は分かる。
だが富には興味の無いオレからすると、全盛期の光景を想像するとキンキラキン過ぎて引いてしまう。
フェスマールには申し訳無いが、かつての栄光の残滓しかない今の姿の方が落ち着くな。
もちろんそんなことは思っていても口には出せないけど。
見ていると祭壇に入った魔力が、次第に寺院全体に広まっていく。
それはまるで心臓から全身に血液が送り出されているようにも思えるな。
全盛期とは比較にもならないはずだが、それでもいまこの場で、寺院が僅かながら息を吹き返したというところか。
だがそれは寺院と共に滅びたかつての会衆の浮かばれぬ魂を、しっかりとあの世に送るため――すなわち本当にこの寺院を終わらせるためなのだから、なんとも皮肉な話だよ。
しばらくすると周囲には改めてオレの『霊視』の視界内に数多くの霊体が集まってくる。
先ほど寄ってきた連中は、あくまでも『権威の宝珠』を自分たちの感覚で察知してきただけだが、恐らくはこれで寺院に残っていた殆どの霊体が集結してきただろう。
「うぐう……なんだこれは」
サロールの身体が微妙に震え、あぶら汗が流れている。
霊体は見えていない筈なのだが、どことなくその存在を感知しているのだろう。
先ほどから霊体を恐れてはいたが、集まってきた霊体の数が一気に膨れあがった事で恐怖が倍増したらしい。
さすがにちょっと気の毒になってくる。もともとサロールはこの寺院とも、信徒の亡霊とも何の関係もないのだからな。
「サロールさんは無理して、ここにいなくともよいですよ」
「な、何を言うか。我ら偉大なるイル=フェロに仕えしものは、いかなる試練だろうと怖れはせぬ」
ううむ。『自然の摂理』を信奉していると唱えつつ、恐怖に耐えて立ち向かうのはむしろ人間らしいところと言うべきかな。
他人事ながら少しばかりホッとした気もするよ。
だがその安堵はすぐに消し飛ぶ事になる。
このとき集まってきた霊体が、口々に思わぬ事を叫んだからだ。
微かに残る手の込んだ彫刻からしても、名工が長い時間をかけて加工した事もうかがえる。
そこにオレが魔力を注ごうとすると、フェスマールから苦言が呈される。
『待ってくれぬか。そなたの力で信徒に呼びかけた場合、問題があるやもしれん』
「どうなるのですか?」
『分からぬ。それは考えた事もないからな』
さすがにフェスマールもそんな経験は無いか。
作られてからずっと『秘宝』として寺院の一番奥で、厳重な警備の元、管理されていただろうし、寺院が滅びた後は廃墟の中に埋もれていたからな。
ある意味で『世間知らずのお坊ちゃん』なところがあるのかもしれない。
しかしオレも生きた人間にいろいろな形で呼びかけた事はあるけど、特に問題になった事は無い――誤解されるのはしょっちゅうだが。
それを考えるとそう大ごとにはなるまい。
「このまま信徒の魂が浮かばれぬままでよいのですか」
『……分かった。確かにそなたの言うとおりだ。今は力を貸してくれ』
フェスマールにしても、この場では遙か昔にこの寺院と共に滅び、それからさまよっている浮かばれぬ信徒の魂を救うのが優先だ。
オレが敵対している勢力の手先ならば別だろうが、力を借りる程度であれば別に神の意思に背く事では無いはずだ。
「それではいきますよ」
オレが魔力を注ぐと、祭壇がぼんやりした光に覆われる。
魔力を見るオレの『魔法眼』で祭壇に魔力が蘇った事を意味している。
「ほう。やっぱり凄いものだな」
横で見ているテセルも少しばかり感心した様子を見せる。
テセルも神造者の魔法で、魔力を感知することは出来るのだな。
「しかしアルタシャの魔力は祭壇のものとはまた別だな。これはこれで興味深い事になりそうだ」
テセルは興味深そうにこぼしている。
オレの『魔法眼』ではあくまでも魔力の量しか計れないが、神造者の魔法ではある程度のその質も計れるらしい。
ちょっと教えてもらいたい気もするが、テセルにそんなことを頼んだら文字通り『手取り足取り』やりそうな気がするな。
いや。そんなことを考えていても仕方ない。
『おお。祭壇に力が戻ったようだ。感謝するぞ』
かつては黄金で作られ宝石で彩られた宝珠が、金メッキされた壮麗な祭壇の上に置かれて、寺院に捧げられた信仰の焦点になっていたわけか。
それは確かに、一般の信徒にとっては『神の世界』を思わせる程の輝きだったに違いない。
だが開拓者の神であるケルマル神の教団はさほど豊かでは無いはず。
それでもこの祭壇も宝珠も遥か昔からの敬虔な信徒たちが残してきたお布施によって作られ、この地に苦労して運び込んだのだろう。
自ら荒廃した地に乗り込み、そこの開拓を行う事を神命とするケルマル信徒にとっては、祭壇の上の宝珠は『希望の星』に見えたかもしれない。
それを考えると、残骸とは言えフェスマールにとっては決して疎かには出来ない神聖な場所である事は分かる。
だが富には興味の無いオレからすると、全盛期の光景を想像するとキンキラキン過ぎて引いてしまう。
フェスマールには申し訳無いが、かつての栄光の残滓しかない今の姿の方が落ち着くな。
もちろんそんなことは思っていても口には出せないけど。
見ていると祭壇に入った魔力が、次第に寺院全体に広まっていく。
それはまるで心臓から全身に血液が送り出されているようにも思えるな。
全盛期とは比較にもならないはずだが、それでもいまこの場で、寺院が僅かながら息を吹き返したというところか。
だがそれは寺院と共に滅びたかつての会衆の浮かばれぬ魂を、しっかりとあの世に送るため――すなわち本当にこの寺院を終わらせるためなのだから、なんとも皮肉な話だよ。
しばらくすると周囲には改めてオレの『霊視』の視界内に数多くの霊体が集まってくる。
先ほど寄ってきた連中は、あくまでも『権威の宝珠』を自分たちの感覚で察知してきただけだが、恐らくはこれで寺院に残っていた殆どの霊体が集結してきただろう。
「うぐう……なんだこれは」
サロールの身体が微妙に震え、あぶら汗が流れている。
霊体は見えていない筈なのだが、どことなくその存在を感知しているのだろう。
先ほどから霊体を恐れてはいたが、集まってきた霊体の数が一気に膨れあがった事で恐怖が倍増したらしい。
さすがにちょっと気の毒になってくる。もともとサロールはこの寺院とも、信徒の亡霊とも何の関係もないのだからな。
「サロールさんは無理して、ここにいなくともよいですよ」
「な、何を言うか。我ら偉大なるイル=フェロに仕えしものは、いかなる試練だろうと怖れはせぬ」
ううむ。『自然の摂理』を信奉していると唱えつつ、恐怖に耐えて立ち向かうのはむしろ人間らしいところと言うべきかな。
他人事ながら少しばかりホッとした気もするよ。
だがその安堵はすぐに消し飛ぶ事になる。
このとき集まってきた霊体が、口々に思わぬ事を叫んだからだ。
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