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第21章 神の試練と預言者
第957話 シャンサが掲げたものとは
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少なくともシャンサが『弱肉強食』『個人の強さが全て』というイル=フェロ信徒の標準とかけ離れている事は間違いない。
それでいて大勢のイル=フェロ信徒達に自分を預言者と認めさせ、信奉させているのはいかなる手段によるものか?
オレの予想では『神造者の理論でイル=フェロ信仰の力を自分に集めて、それを見せつける事で預言者と認めさせた』というものだったのだが、何かが違う気がするな。
とりあえずサロールを休ませたところで、オレはシャンサに問いかける。
「一つ尋ねますが、あなたは神造者なのですか?」
「いいや。違うぞ」
ここで答えたのはテセルの方だった。
「その男は『元神造者』だろう。恐らくは『誤った学説』を提唱したので、追放されたのではないかね」
このテセルの言葉を受けて、シャンサの眉がピクリと動く。
それはほんの僅かだが、この男が初めて示した憤りの感情だった。
先ほどサロールから面と向かって罵倒されても、何ら動じていなかったにも関わらず『誤った学説』と言われて気分を害するのは、この男にとっての優先順位がどういうものなのかを示していた。
「我らの高尚な理念が、いまの神造者に受け入れられなかった事は認めよう」
どうやら『元神造者』という点は否定しないようだ。
そしてテセルはここであからさまにシャンサを見下した態度を示す。
「人間は誰でもそういうものだ。自分こそが正しく、それを認めない奴らの方が間違っている、そう考える誘惑にかられる事は多い」
一見すると至極真っ当な事を言っているようだが、テセルの場合はもちろんそこで終わるはずがない。
「何が正しく、何が誤っているのか決めるのは我ら神造者だ。そしてそれに逆らう愚かものには必ずや報いが下される事となろう」
やっぱりそうなるか。
これはテセルに限った事ではなく、この世界の住民にとっては当然の感覚なのだ
予想通りだったけど、少しばかり脱力したのは否定できないな。
「確かに我らの理論が未完成だった事は認めよう。だがそれは理論が間違っていたからではない。理論の検証が不十分だっただけだ」
つまりシャンサはここで『神造者の主流派とは異なる実験を行っていた』ということだな。
そこまでは分かるが具体的に何をしているのだろうか。
イル=フェロ信徒達を騙しているとしても、彼らは独自の宗教観・価値観を有しているが決して愚かではない。
シャンサがイル=フェロ信徒達を惹き付ける『何か』を提供しているのは間違いないのだ。
そしてここでテセルの方が説明を始める。
「かつて神造者の中にはある派閥が存在した。そいつらは『ある理論』に基づき神話を修正する事により大きな力が得られる事を説いたのだ」
また例によって回りくどい言い方をしているな。
「具体的には何を唱えたのですか?」
「たとえ話をしようか。神話では『飲んだものに知性を与える泉』の類いがある事はアルタシャも知っているだろう」
オレは無言で頷いた。
「そして普通はその『知性の泉』に近づくだけで過酷な試練を乗り越えねばならないし、たどり着いても番人の無理難題に応える必要がある事も多い。殆どの者はそこで挫折するか命を落とし、目的を果たせるものはごく一握りだ」
北欧神話の主神オーディンが片目なのは、目と引き替えに叡智を与える泉の水を飲んだからという話があったけど、まさに『定番中の定番』だな。
もっともその『泉』の正体はただの水で、それを飲むため番人の与える試練を乗り越える事こそが力を得る手段だったというオチも結構あった気がする。
それはともかく神造者達ならばそのような『知性の泉』があれば自分たちで独占する事を考えるだろう。
「もしかしてその学派は、神話を操作して自分たちが認めた人間しか『知性の泉』に近づけないようにする事を考えたのですか?」
この想像が正しいなら、シャンサはイル=フェロ神の聖地において神に接触できるのを自分の認める人間だけにする事で、信徒達の支持を得ることに成功した事になるな。
オレのこの問いかけに対し、テセルは小さくため息をつく。
「確かに……そんな事を考えた学派も存在したな」
あれ? この言い方だと違うのか。
「しかし神造者の学派と同じ結論に達するとは、アルタシャにしては上出来だろう。これはやはり僕の偉大な薫陶の賜物というところかな」
「あんまり余計な事を言っていると、あの火口に放り込みますよ」
本当にコイツの毒舌はいかなる状況でも不変だな。
もしもオレに『舌腐れ』の魔法が使えたら、真っ先にテセルに対して使ってやりたいところである。
まあそれで改心して毒舌を辞めるなら、回復させてやってもいいけど、コイツの場合は何度でも同じ事をやるだろうな。
いや。今はそんな事を考えている場合ではない。
「いい加減、本題に入ってくれますかね」
「せっかちな奴だな。まあいい。その学派の考えはいまお前が唱えたものとは全く別……というよりは正反対だ」
「え?」
オレの考えと正反対という事は、もしかすると――
「まだ僕の生まれる十年ほど前の話だ。神造者の中に一つの派閥が勃興した。彼らは自ら『解放派』を名乗っていたが『知性の泉』のような存在は『万人に解放されるべき』だと説いたのさ」
「その通りだ。可能な限り多くの人間に開かれる事で、より世界を進歩させる事が出来る、それが我らの考えだ」
シャンサはそう言いつつ、テセルに対して剣呑な視線を注いでいた。
いつも通り一筋縄ではいかない展開だが、まさかサロールではなくテセルの方がシャンサと因縁深いとは、本当に世の中は分からないものだな。
それでいて大勢のイル=フェロ信徒達に自分を預言者と認めさせ、信奉させているのはいかなる手段によるものか?
オレの予想では『神造者の理論でイル=フェロ信仰の力を自分に集めて、それを見せつける事で預言者と認めさせた』というものだったのだが、何かが違う気がするな。
とりあえずサロールを休ませたところで、オレはシャンサに問いかける。
「一つ尋ねますが、あなたは神造者なのですか?」
「いいや。違うぞ」
ここで答えたのはテセルの方だった。
「その男は『元神造者』だろう。恐らくは『誤った学説』を提唱したので、追放されたのではないかね」
このテセルの言葉を受けて、シャンサの眉がピクリと動く。
それはほんの僅かだが、この男が初めて示した憤りの感情だった。
先ほどサロールから面と向かって罵倒されても、何ら動じていなかったにも関わらず『誤った学説』と言われて気分を害するのは、この男にとっての優先順位がどういうものなのかを示していた。
「我らの高尚な理念が、いまの神造者に受け入れられなかった事は認めよう」
どうやら『元神造者』という点は否定しないようだ。
そしてテセルはここであからさまにシャンサを見下した態度を示す。
「人間は誰でもそういうものだ。自分こそが正しく、それを認めない奴らの方が間違っている、そう考える誘惑にかられる事は多い」
一見すると至極真っ当な事を言っているようだが、テセルの場合はもちろんそこで終わるはずがない。
「何が正しく、何が誤っているのか決めるのは我ら神造者だ。そしてそれに逆らう愚かものには必ずや報いが下される事となろう」
やっぱりそうなるか。
これはテセルに限った事ではなく、この世界の住民にとっては当然の感覚なのだ
予想通りだったけど、少しばかり脱力したのは否定できないな。
「確かに我らの理論が未完成だった事は認めよう。だがそれは理論が間違っていたからではない。理論の検証が不十分だっただけだ」
つまりシャンサはここで『神造者の主流派とは異なる実験を行っていた』ということだな。
そこまでは分かるが具体的に何をしているのだろうか。
イル=フェロ信徒達を騙しているとしても、彼らは独自の宗教観・価値観を有しているが決して愚かではない。
シャンサがイル=フェロ信徒達を惹き付ける『何か』を提供しているのは間違いないのだ。
そしてここでテセルの方が説明を始める。
「かつて神造者の中にはある派閥が存在した。そいつらは『ある理論』に基づき神話を修正する事により大きな力が得られる事を説いたのだ」
また例によって回りくどい言い方をしているな。
「具体的には何を唱えたのですか?」
「たとえ話をしようか。神話では『飲んだものに知性を与える泉』の類いがある事はアルタシャも知っているだろう」
オレは無言で頷いた。
「そして普通はその『知性の泉』に近づくだけで過酷な試練を乗り越えねばならないし、たどり着いても番人の無理難題に応える必要がある事も多い。殆どの者はそこで挫折するか命を落とし、目的を果たせるものはごく一握りだ」
北欧神話の主神オーディンが片目なのは、目と引き替えに叡智を与える泉の水を飲んだからという話があったけど、まさに『定番中の定番』だな。
もっともその『泉』の正体はただの水で、それを飲むため番人の与える試練を乗り越える事こそが力を得る手段だったというオチも結構あった気がする。
それはともかく神造者達ならばそのような『知性の泉』があれば自分たちで独占する事を考えるだろう。
「もしかしてその学派は、神話を操作して自分たちが認めた人間しか『知性の泉』に近づけないようにする事を考えたのですか?」
この想像が正しいなら、シャンサはイル=フェロ神の聖地において神に接触できるのを自分の認める人間だけにする事で、信徒達の支持を得ることに成功した事になるな。
オレのこの問いかけに対し、テセルは小さくため息をつく。
「確かに……そんな事を考えた学派も存在したな」
あれ? この言い方だと違うのか。
「しかし神造者の学派と同じ結論に達するとは、アルタシャにしては上出来だろう。これはやはり僕の偉大な薫陶の賜物というところかな」
「あんまり余計な事を言っていると、あの火口に放り込みますよ」
本当にコイツの毒舌はいかなる状況でも不変だな。
もしもオレに『舌腐れ』の魔法が使えたら、真っ先にテセルに対して使ってやりたいところである。
まあそれで改心して毒舌を辞めるなら、回復させてやってもいいけど、コイツの場合は何度でも同じ事をやるだろうな。
いや。今はそんな事を考えている場合ではない。
「いい加減、本題に入ってくれますかね」
「せっかちな奴だな。まあいい。その学派の考えはいまお前が唱えたものとは全く別……というよりは正反対だ」
「え?」
オレの考えと正反対という事は、もしかすると――
「まだ僕の生まれる十年ほど前の話だ。神造者の中に一つの派閥が勃興した。彼らは自ら『解放派』を名乗っていたが『知性の泉』のような存在は『万人に解放されるべき』だと説いたのさ」
「その通りだ。可能な限り多くの人間に開かれる事で、より世界を進歩させる事が出来る、それが我らの考えだ」
シャンサはそう言いつつ、テセルに対して剣呑な視線を注いでいた。
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