殺し合う家族

桐谷 碧

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4,転機

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「こんな売上で恥ずかしくないのか?」

 部長の役職についている川島が、椅子にふんぞり返って足を組み、上目遣いで順平を睨めつけるように見上げている。

 社長を含めて十人、いや、先日営業が一人辞めたから九人しかいない印刷会社で部長もくそもないだろ、と心の中で悪態をつきながらも「すみません」と謝罪する。

「お前さあ、なんで仕事とれないか分かる?」

 分かるよ、このデジタル社会で今どきチラシやらポスターやら作る企業がどれだけあるってんだよ、あったとしてもこんな吹けば飛ぶような零細企業にわざわざ頼まねえだろ、と思っても、もちろん口にはしない。

「自分の努力が足りないからです」

 言い訳すれば説教の時間は倍になる、川島との付き合いも長いので攻略法はいくらでもあった。

「そうだよ、営業は足と根性使ってなんぼだろうが」
 何年前の営業スタイルだよ、コイツは最近のコンプライアンス問題やパワハラのニュースを見ていないのだろうか。

「はい、その通りです」
「分かってんなら突っ立ってないで外回り行ってこい」
「はい」

 できるだけ快活に返事をして自席にもどる、隣に座る経理の菅野が憐みの視線を投げかけてきたので無言で頷いた。

 鞄に飛び込み用の資料を詰め込む、無くした鞄の代わりに新しい鞄を買う余裕は当然ない、仕方ないので以前使っていたボロボロの鞄が再登場した。久しぶりの登場に鞄も喜んでいる、ような気もする。

「行ってきます!」

 自分でもどこに行くのかも分からないが、とにかく会社を出て外に出る、錆びた自転車にまたがりとりあえず駅前の商店街を目指した。

 北千住の駅前は午前中から賑わっていた、東京都で最も人気がないと言っても過言ではない足立区にある北千住だが、最近は住みたい街のベスト10に入るなど人気のエリアになっている。別に街に魅力がある訳じゃない、都心に出るにはそこそこ便利、その割に家賃が安い。それだけだ。

 自転車をとめてカゴから鞄を引っ張り出すと手前にある美容室から飛び込んだ、営業方法は至って単純。店舗を構える店にチラシやポスターを作りませんか、と、ひたすら声をかけて行くだけだ。運が良ければ百件に一件くらいは仕事を頼まれる。

「こんにちはー」
「いらっしゃいませー」
「いえ、私こういった者で」

 店長らしき男にすかさず名刺を渡すと、先ほどまでの笑顔が歪んで眉間に皺がよる。

「ああ、うちはけっこうだから」
「そうですか、ではコチラのパンフレットだけでも」

 一瞥するとパンフレットを受け取り、つまらなそうに奥に引っ込んで行った、おそらくそのままゴミ箱いきだろう。

「では、失礼しました」

 外にでると深いため息をついた、なんて効率の悪い仕事なんだ。最近では二十歳そこそこの若造が面白くもない動画をアップするだけで月に百万以上稼ぐという。なんなんだあれは、こっちは一日中歩き倒しても売上ゼロなんてザラ、良くて十万円程度の売上だ、しかもそれは売上であって自分の金になる訳じゃない。

 まったくやる気にならない、順平は自転車にまたがると駅前から離れて遠くの公園を目指した。
 公園には同じように会社に不満がありそうなサラリーマンが数人ベンチに座っている。比較的大きな公園なので空いているベンチはまだあった。

 自転車をとめてベンチに座る、スマートフォンを取り出すとゲームを始めた。
 こんな不真面目だから営業成績も向上しない自覚はもちろんある、しかし会社でいびられ、家では無視され、なんの楽しみも未来への希望もない。つまり、頑張るためのエネルギー、ガソリンがないのだ。それじゃあ車は走らない。

 人間が頑張るのは目的があるからだ、家族のため、好きな女のため、夢のため。人によってそれはさまざまだが自分には何もない。動けないのも道理だった。

 そんな風に自分にたっぷりと言い訳をするとベンチに寝転がって目を閉じた、すると持っていたスマートフォンがブルブル震えている。一瞬、上司の川島かと思ってヒヤリとしたが、液晶には白井直也の名前が表示されていた。
 
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