殺し合う家族

桐谷 碧

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18, 死の温泉旅行③

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 部屋に戻るとリビングには誰もいなかった。

「風呂にでも行ったのでしょう、ちょうどいい、順平さんこっちです」

 リビングを出て左手にある扉を開けた、広々とした脱衣所には洗面台が三つ並んでいる。その奥には透明なガラス越しに風呂場がある。風呂場の横に木製の扉があった、小さな丸い窓が付いていて、照明と思われるスイッチの横に温度調節のダイヤルがあった。どうやらこれが備え付けのミニサウナのようだ。

「順平さん、中にどうぞ」

 白井が木製の扉を開いて中へと促した、中は四方が木で出来ていてスノコ状の段差がある、大人がちょうど二人くらい座れるスペースだった。天井は低く百七十センチの順平がギリギリ立てるくらいだ。

 かなり狭い密室と言えた、もっともサウナとしてすぐに温めるという観点でいえば機能的なのだろう。

「閉めますね、中から鍵を掛けてみてください」

 そう言って白井は扉を閉めた、すると狭い空間はより圧迫感が増して窮屈になる。ここに二人はかなり厳しいと感じた。扉の取手の下に目をやると確かにトイレに付いているような円筒鍵の鍵があった、試しに回してみるとカチャリと音を立ててしまった。なるほど、トイレと同じでいきなり開けられないようにする為の配慮か、サウナに入るのであれば裸に近い格好なので確かに施錠はできた方が良い。順平は一人納得しながら圧迫感に耐えきれずに外に出ようと鍵を先程とは逆に捻った、が。

「え、あれ、開かない」

 スムーズに閉まった鍵は逆方向にはびくともしない、指先に思い切り力を込めるがまったく開く様子はなかった。おもわず窓から外をみると白井がいない。とたんにパニックになり扉を叩いた、しかし重厚な木の扉を叩く音は内側にだけ反響して外に届いているか分からなかった。

「カチャリ」と唐突にシリンダーが回って扉が開け放たれた、そこには微笑みながら十円玉を掲げている白井が立っていた。

「申し訳ありません、こいつがないと開けられないもので」

「そ、そうでしたか、思わず騒いじゃいましたよ」

 取り乱したことを誤魔化すように言い訳すると、白井は満足そうに頷いた。

「脱衣所の扉を閉めてしまえば、リビングまではまったく音は聞こえてきませんでしたよ」 

 つまり閉じ込めてしまえば助けを呼ぶことは不可能、いや、待てよ。順平はもう一度、扉を開けて中を確認する。すると入って右下の壁にプラスチックのカバーが付いた赤いボタンを発見した。『非常ボタン』と書かれている。

「これ、このボタンを押せば誰かが気が付きますよ」

 白井は顎に手を当ててなにか思案している。

「押しますかね?」
「え?」

 素っ頓狂な声が出てしまう、自分が命の危機に晒されれば当然、助けを呼ぶだろう。

「いや、いよいよヤバいとなれば当然、押すでしょう。しかしその前にまずは自分でなんとかしようと考えませんか? 先程の順平さんのように」

 ハッとした、確かに非常ボタンを押すのはかなり躊躇われる、人に迷惑をかけるのは憚られるし、何より入室中は裸の可能性が高いので女性としてはハードルがより高くなる。

「まずは、扉を叩いたり、大声で叫んだりして助けを呼ぶでしょう、しかしその声はリビングまでは届かない、大声を出せば一酸化炭素をたくさん吸い込みます」

 いよいよまずい、となって非常ボタンを押し、誰かが駆けつけるまで生きてる可能性は低いでしょう、と白井は続けた。   

「待ってください、ちょっと待ってください」

 具体性を帯びてきた計画に順平は気後れした、なんとか計画の穴を探そうとする。

「どうやって、煉炭を仕込むんですか、バーベキューで使った七輪がサウナに合ったら変ですよね? 絶対変だ」 

 しかし白井は動じない。「これを見てください」と言うとサウナ内の座る部分のスノコを持ち上げた、するとそこには収納スペースがあり、今はなにも入っていない。

「ここに七輪が二つは入りますよ」 

 七輪が二つ、こんな狭い空間で七輪を二つも置いたら、あっという間に不完全燃焼をおこして一酸化炭素が発生、そもそも無臭の毒ガスなのでまったく気が付かないでサウナに入り続けたら、気が付いた時にはもう。

 だめだ、この計画に穴はない。今夜、誰かが死ぬ。順平は血の気が引いていくのを感じた。

「大きな問題が一つ」
 
 白井は人差し指をたてて言った。

「な、なんでしょうか?」

「誰が七輪をサウナに置くか」 

 暗闇を切り裂いて明かりが灯った、そうだ、どうしてそんな簡単な事に気が付かなかったのか。誰かが死ねば警察が来る、そうすれば七輪による中毒死だとすぐに分かるだろう。そうしたら犯人は誰だ、と言うことになる。

「そうですよ、すぐ警察にバレてしまいますよ」

 捕まっては本末転倒、そんなあからさまな殺しはすぐに露見して逮捕されるのがオチだ。

「二つ方法があります」
 だめだ、白井は諦める気がない。

「一つは自殺に見せかける方法、もう一つは果穂ちゃんに活躍してもらう方法です」

 思わず白井を見上げた、しかし彼は表情を崩す事なく淡々と続けた。

「頃合いを見計らって、異変に気づいたフリをします、我々が外から扉を開けて対象者を救出、まあその時には死んでいるでしょうが、そしてもう一人がスノコ椅子の下から七輪を取り出してサウナ内に置いておく、すると七輪は自分で持ち込んだ可能性も警察は捨てきれなくなりますよね」

 確かに、それはそうだが、警察がそんな簡単に他殺を自殺と処理するのだろうか疑問が残る。

「もう一つは果穂ちゃんにお片付けと称して七輪をここにしまってもらいます、子供のいたずら、うっかり、勘違い、警察が障害をもった彼女の奇行をどう判断するかは分かりませんが」  

 白井の目は本気だった、目的の為には手段を選ばない冷酷な眼差し。確かに果穂ならば何がなんだか分からずに、お願いされたら七輪をサウナに片してしまうだろう。警察に聞かれても彼女が要領を得ない発言をすれば白井の思惑通りになるかも知れない。親として監督不注意は免れないだろうが少なくとも犯人にはならないだろう。

 まるで懐かない娘、それどころかブクブクと太り奇声を発しながら暴れ回る醜い娘に嫌悪感を感じた事も、殺意を覚えたこともある。

 しかし、それでも――。

 娘を、果穂を人殺しにはできない。
 
「自殺に、自殺に見せかけて殺しましょう」
 まっすぐ白井の目を見て言うと、彼は一瞬、安堵したような表情になり静かに頷いた。
 
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