殺し合う家族

桐谷 碧

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19,白井 麻里奈

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『自殺に、自殺に見せかけて殺しましょう』

 フッ、麻里奈はワイヤレスイヤホンを耳から外すと鼻を鳴らしてソファに目をやった。暴れまわりながら奇声を発している果穂に冷ややかな視線を送る。
 
 あいつはいらねえな――。

 小さな頃から欲しいものはなんでも自分の物にしてきた、人よりも美しい自分には当然の権利だと信じて疑わない、ブサイクな姉は嫉妬するような素振りも見せなかったがそれもそうだろう、姉と自分じゃ生まれた頃から持っている資質が違いすぎる。

 パッチリとした二重瞼に長いまつ毛、透き通るような白い肌に細い手足。姉の理沙とは何もかもが正反対だった。
 そうなれば当然、一生を共にする伴侶にも歴然たる差がついて然るべきだろう。若くして事業を始め、上場企業にまで上り詰めた直也と、社員数人の潰れそうな印刷会社の平社員。まさに姉と自分の差をまざまざと見せつけるに相応しい両極端な二人の男。

 直也に近づくために同級生だった彼の兄に近づいた、なにを勘違いしたか並のスペックしかない直也の兄は自分に惚れ込んでしまったが、直也は結局私を選んだ、当然だろう。

 直也の会社は益々売上を上げいった、昔住んでいた港区に舞い戻り、一般的なサラリーマンが一生働いても購入できないタワーマンションに引っ越して、まさに人生は順風満帆だった。

 しかし――。

 いくらチャレンジしても子供はできなかった、当然のように直也を病院に連れて行って検査させたが特に問題はなかった。

「奥様も検査されてはどうでしょうか?」

 申し訳なさそうに言った医者に対して、カッと頭に血がのぼった。この私に欠陥があると、この完璧な私に。しぶしぶ検査を受けてみればなんてことはない。不妊の原因は自分にあった、排卵障害だのなんだの言われたがまったく聞く耳を持たなかった。 

 不妊治療? 冗談じゃない。そんな欠陥がある女がうけるような治療を受け入れることはできなかった。子供なんていなくても十分に幸せだ。むしろ好きなことに没頭できる時間が無限にあっていつまでも美しい自分にはあくせくした子育てなど似合わない、不妊になったのも天啓なのだと信じるようになっていた。
 
「ほんとう大変よ。子育てって、お母さんの気持がやっと分かった」
 
 正月に里帰りした時に、姉が自慢げに親に苦労話をするのを聞いて殺意がこみ上げてきた。なにもかも自分に勝てなかったくせに、たかが出産を経験したくらいで上に立った気持ちでいる姉は、優越感に浸るように赤ん坊の薄い髪の毛を撫でた。

 自分を嘲笑うかのように姉は次々と子供を産んだ、まるで見せつけるように。いつからか盆も正月も実家には帰らないようになっていた。

「テメェェェー、ぶっ殺すぞオラァ!」

 果穂が春華の髪の毛を掴んで振り回し始めた、傍観していた姉がやっと重い腰を上げる。三女の瑞稀はバーベキューの用意を手伝うと言って直也たちと、屋上の共同スペースに行った。

 四十歳の誕生日パーティーをネイルサロンの従業員たちが開いてくれた。売上は赤字だが趣味でやっているようなものなのでどうでも良かった。スタッフは自分が気に入った人間を採用して、ムカつく態度をとったやつは首にした。

「麻里奈さんが四十歳なんて信じられなーい」

「二十代で通用しますよー」

 持ち上げられて悦に浸っていたところでスタッフの一人が妊娠したと告白した。まだぺったんこの腹を愛おしそうに撫でる姿を見て興醒めした。

「そう、じゃあ明日から来なくてもいいわ」

 その場で首にすると、家計が厳しいだの、ギリギリまで働きたいだの御託を並べていたが問答無用で帰らせた。

 私の城に母親はいらない――。

『やばくない? ただの嫉妬だよね』

『更年期障害じゃないの?』

『子供できないとか女として終わってるよね』

『ババア乙って感じ、給料が良くなかったら辞めてるっつーの』

『四十きちー』

 トイレにたった時のスタッフの会話がスマートフォンに録音されていた。自分の悪口を言っていないか、店には複数の盗聴器、飲み会でトイレに立つ時もスマホを録音モードにしてテーブルの上に伏せて置くのが習慣になっていた。

 次の日に全員首にしたから予約客をこなすこともできなかった、そろそろ飽きたから閉めても良いだろうと考えて、次に何をしようか考えた時に閃いたのが子育てだった。

 なんの才覚もない凡人どもが誰にでもできるような子育てを、さも神聖な儀式のように称え合う様は、旗から見ると滑稽だった。いかに無能な下々が互いに慰め合っているだけ、およそ子育てなど誰にでもできる児戯だと証明したい。そんな欲求がムラムラと湧いてきた。

 子育てならば自分の子である必要はない、養子でもとれば良いのだから。しかし。せっかくならば血のつながりがある方が良い、それから姉から奪い取ろうと決断するのに時間はかからなかった。姉が持っていて自分が持たない物などはじめからあってはならない事象だったのだ。

 果穂も一緒に殺せないだろうか、欠陥品は白井家に必要ない――。
 
 サウナ閉じ込め殺人事件を提案してきたのは直也だった、妹夫婦を殺して娘たちを強奪しようと提案したときは目を見開いて驚いていたが、中々どうして協力的だ。

 この一年間ですっかり順平の信頼を得て、一緒に旅行するまでに漕ぎ着けた。先程の二人の会話を聞く限り首尾は上場といったところか。あとはバーベキューに使用した七輪を順平がサウナに隠して、その後サウナに閉じ込められた理沙がくたばるのを待つだけだ。

 警察は疑うだろう、当然だ。サウナに七輪があるわけがない。自殺? そんなものはちょっとやつらが調べれば動機がないと判断される。ならば誰が殺したか。

 順平が七輪を運ぶところは監視カメラに録画されるだろう、決定的な証拠があるのだから、当然順平は逮捕、動機もたっぷり。スマホの中には妻を殺すために検索したであろう履歴がたんまり残っているはずだ。
 
 疑いの目を向けられないように直也はガラケーしか使わないと偽装し、やりとりにラインなど記録が残るものは一切使ってない。順平がいくら騒いだところで直也には動機も証拠もない。

「おら、クソガキ! 静かにしろ、千葉に帰らすぞ」

 理沙がマジギレすると娘たちはピタリと静かになった。中々教育は行き届いているようだ。
 
「果穂も一緒に入れちゃえばいいんだ」
 
 名案を思いついて思わず声に出てしまい、急いで口元を隠した。姉たちには聞こえなかったようだが向かいに座る運転手の宏美が不思議そうにコチラを向いた。

「ああ。ごめんなさいね、独り言よ」

「あ、たまに独りで喋っちゃいますよね、わかります」

 ふんっ、若いだけが取り柄の淫売が、コイツの目的は図りかねるが、どうせ直也の愛人にでも収まろうと考えているに違いない。

 残念、直也は信じられないほど性欲がない、この美しい自分とも妊活中しか性交渉をしなかった。行為も至って淡白だったが、ガツガツした男よりもずっと良かった。

 とにかくあともう少し、もう少しで私は全てを手に入れる。麻里奈はぬるくなった紅茶に口をつけると、ベランダに出てから細長いタバコに火をつけた。
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