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バラム伯爵家の秘密

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 は、どこの家にもある。

 だがバラム伯爵家の場合は、とびきりの秘密だった。

(わたくしたちの一族は、この広大な土地にアンデットたちを縛り付けているのよ。それが人々を守ることになる。アンデットたちが外に出て行ってしまったら、対抗する手段を持たない人々はひとたまりもないわ)

 フェリシアは屋敷の玄関から敷地をグルリと見渡した。

 バラム伯爵家には国から賜った広い土地がある。

 その土地は外れの方にあるとはいえ、王都にあった。

(先祖代々、わたくしたちは守ってきたのよね。この土地を)

 正確には、土地を守っているわけではない。

 土地に縛ったアンデットたちが大人しくしているよう、管理しているのだ。

(場所が王都になってしまったのは、偶然だと聞いているわ。国を発展させる上で、アンデットたちとの戦いがあり、たまたま対抗できる力を持っていたバラム家の人々がココに縛り付け、眠らせたと。そもそも、最初からココが王都であったわけでもないらしいし)

 歴史というのは不思議なものだ。

 時の流れと共に資料に残されていく歴史と、実際に起こった出来事とは乖離かいりしていく。

 それは、バラム伯爵家の土地に関しても言えることだ。

(王都に広い土地を持っているわけではないのよ。この場所がココにあるから、ココがたまたま王都になっただけなのよ……)

 その事実を公にするわけにはいかない。

 人々は、ココにアンデットたちが眠っていることを知らないのだ。

(知らないなら、知らないままの方がいいわ。ただでさえアレコレ言われるのだもの。ココにアンデットたちが眠っていると知られたら何を言われるか……)

 嫉妬というものは恐ろしい。

 理由を知らせず広大な土地を所有しているバラム伯爵家は、嫉まれているのだ。

 その嫉みは、恨みに近い。

(理由を言ってしまえばいいのだろうけれど……理解が得られるかどうかは別問題だわ)

 古くから力を持つ一族であるバラム家は、人々から誤解を受け、時に攻撃の対象になったと聞いている。

 力がある、ということは、それだけで脅威だ。

 それを使って守っているのだ、と、いくら言った所で伝わらなければ意味がない。

 最近のフェリシアは、危機感を強めていた。

(お母さまが生きていらしたら、相談しながら話を進めていくことができましたのに……)

 赤く形のよい唇を悔しげにギュッと噛みしめる。

 彼女の母であるマリア・バラムは、フェリシアが10歳の時には亡くなった。

(お母さまは、わたくしとよく似ていたわ。いえ、わたくしがお母さまに似ているのよね。黒く艶やかな髪に力強い意思を感じさせる黒い瞳。細身で引き締まった体は、しなやかでありながら力強く、魔物と対峙できる体力と技量をお持ちでしたわ。あぁ……わたくしに、そこまでの能力があれば……)

 10歳までにフェリシアが学べたことには限界があった。

 基礎的な学習や貴族令嬢としての所作。

 それに加えて、バラム家が持つ力についての知識や行使の仕方など、学ばなければいけないことは山ほどあった。

(10歳なんて、まだまだ子供で……わたくしの身に付けられたモノなどごくわずか……)

 しかも、悲劇はそこに留まらない。

(わたくしのためだと押し切って、お父さまは再婚なさったけれど……。お義母さまから学ぶことなど何もなかったわ。それどころか、わたくしの務めを邪魔ばかりなさる……)

 アンドラゴスの後添いとなった義母キャロルは、普通の奥さまとして振舞った。

 それは、ことバラム家では全く意味がなく。むしろ害悪でしかない。

(お父さまは婿養子で全く頼りにならないし……何もご存じない。子供にとって、父親の目を誤魔化しながらバラム家の務めを果たすことがどれだけ困難か……)

 フェリシアは過去を思い出して溜息を吐いた。

 20歳となった今であれば難なくこなせることも、10歳となると難しい。

(そのせいで、アンデッドへの縛りも緩んでいるし、一族にかけられた呪いも強まっているわ)

 父の再婚があっても、なくても。

 フェリシアが動きにくかったことについては変わりはないだろう。

(お母さまが生きてらしたら……)

 思うのは早すぎる母の死。

 母が生きてさえいたら……。

 辛い目に遭うたびにフェリシアが思うのは、それだけであった。

 彼女の心を乱すのは、義母の連れ子であるセリーヌが父と他人であると思えないほど似ていることではない。

 母の早すぎる死だ。

 フェリシアは、母が亡くなったことを恨んですらいた。

(バラム家直系の血族がいないことを分かっていながら、なぜ御自分の命を大切にしてくださらなかったのかしら? お母さまが生きてらしたら、王家や国との交渉も無理なく出来たでしょうに……)

 バラム家直系の者が力を行使して人々を守るために働いていることを王家や国は知っている。

 そのため、バラム家は王家や国から支援を受けてきた。

 伯爵位を得たのも、そのうちのひとつである。

 それにバラム家直系の者が力を使えるからといって、タダでアンデッドを縛り付けていられるわけではない。

 広大な土地の管理も必要であるし、儀式には薬草や道具も使う。

 そのためバラム家は、国からも予算を付けて貰っている。

(でも……代替わりしているうちに意識は変わってしまった。今の国王や宰相は、我が一族のしていることを理解してはいないわ)

 支援が形骸化して久しい。

 それは現国王がその座についた頃より急速に進んだ。

 フェリシアは、支援の縮小打ち切りを打診されている。

(もちろん必要最低限で済むように、我が家でも工夫はしてきたわ。でも、全く支援を受けられなくなったら立ち行かない……)

 アンデットたちを土地に縛り付け続けるには、祈るだけでは足りない。

 道具は大事に使い、育てられる薬草については敷地内で栽培している。

(余った薬草などを販売して足しにしているけれど。それでも足りないわ)

 バラム家は商売もしており、そちらの方は順調だ。

 だから一見、経済状況は豊かに見える。

(でも、そのお金は使い道があるのよ。余裕なんて無いわ。国からは現金の支援も受けているけれど、税金の優遇もなされている。それでようやく回っているのよ。贅沢な暮らしなどできないわ)

 しかし、義母たちはそれが分かっていない。

(あのお金は派手な暮らしをするためのモノじゃないのよ。でも、お義母さまや義妹セリーヌは派手な暮らしがしたいようですし。お父さまは言いなりだわ。自由にできないから、わたくしを邪魔に思っていることも知っていますわ。でも、家を継ぐのはわたくしです。我が家のお金は、人々を災厄から守るために使うお金。譲わけにはいきません)

 フェリシアが後を継いだら、彼らには出て行って貰うつもりだ。

 その日を思って耐えてきた。

(もうすぐですわ。わたくしが結婚したら、あの方たちには出て行って貰います)

 バラム家の役目を果たすこと。

 それがフェリシアにとって、最も重要な事なのだから。
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