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美しい悪魔アスモは誘惑する

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 ソレは、見た目だけは美しい。

 だが、中身は禍々しいものであるとフェリシア・バラム伯爵令嬢は知っていた。

「フェリシア。私のお姫さま。相変わらず綺麗な黒髪だね」

 美しき悪魔、アスモはフェリシアの後ろに流して垂らしている髪を一束、手に取って口元に寄せた。

 真っ黒な髪に、赤くて薄い唇が映える。

「アスモ。アナタはいつも神出鬼没ね」

「キミのためなら何時でも何処にでも駆けつけるよ、美しいお姫さま」

 アスモの血のように赤い瞳が、蝋燭の炎を映して妖しく光る。
 
「遠慮しておくわ」

 その対価を思えば、安易に呼びつけられるものではない。

「つれないね、私のお姫さまは」

 赤い目と唇が対なすように弧を描く。

 にんまりとした笑顔は、どこか滑稽でありながら、背筋がゾッとするほど不気味に見えた。

 フェリシアは敷地内にある別邸に居た。

 暗く細い通路にアスモは現れ、当然のように後ろから付いて来ていた。

 バラム伯爵家の広い敷地には、幾つかの建物が建っている。

 その幾つかは使われてはおらず、幾つかは他人の目には映らない。

 全ての建物を映すのは、今となってはフェリシアの瞳だけだ。

 アスモを映すことが出来るのもまた、フェリシアの瞳だけだった。

 バラム家の直系には異能がある。

 最後のひとりとなったフェリシアには、特に色濃く現れた一族の力が備わっていた。

 アンデットたちを地に縛り付ける祈り。

 それを目視で確認できる者は過去にも少数しか居なかったとフェリシアは聞いている。

 今となっては確認できる相手もなく、どうでもいいことであったが、アスモに初めて会った時は驚いたものだ。

 母マリアが生きていた頃だったのは幸いだった。

 説明して貰って納得したから良かったものの、知らないままだったらフェリシアは自分の正気を疑っていただろう。

 マントで体を殆ど隠している黒髪に赤い目の悪魔は、空中を浮遊しているのか、物凄く背が高いのか区別がつかない。

 肩幅が張って見えるマントのせいか、体は酷く細く思えた。

 マントをとった姿を見たことないため、実際の所は知らない。

 フェリシアには、知らないことが沢山ある。

 教えてくれる者が居ない現在、頼りになるのは残された文献だ。

 それらは映す瞳を持っていないと気付くことすらできない建物の中に収められている。

 その建物の中には文献だけがあるわけでもはない。

 人間とは異なる種の生き物たちも潜んでいた。

 祈りでこの地に縛られているアンデッドとも違う生き物たちだ。

 アスモも、その生き物たちの内の一体、と、言えなくもない。

 が、そこに含めてしまうには彼の自由度は高すぎる。

 アスモには、地獄やら、異次元やら、あちこち自由に出入りできる力があるからだ。

「ココでなくても良いのだが、キミ以外の不愉快な人間を見たくないのでね」

 悪魔は甘く囁くように言う。

「わたくしは、アナタも見たくはないのですけれどね」

「ハハハッ。これはまた嫌われたものだ」

 アスモは愉快そうに笑う。
 
「……」

 フェリシアは不安だった。

 アスモの弧を描く目と口は、相変わらず滑稽に見えるけれど。

 背筋がゾッとするような不気味さは、感じなくなっている自分に気付いていたからだ。

 それが何を意味するのか。

 フェリシアは考えたくなかった。






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