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使用人たちはやりづらい

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「公爵令嬢がいらしているのは知っていたが、アレはなんだ?」
「婚約者さまと聞きましたけど?」
「いえ、既にアスランさまの奥さまらしいですわよ」
「どうでもいいけど……アレはちょっとやりにくいわね……」
「「わかるー」」

 窓や床、階段を掃除していた使用人たちが、リネットの視線に気付いてコソコソと話す。階段の手すりに隠れてこちらを見ているようだが、使用人たちからは丸見えだ。本人は物陰に隠れているから見えていないと信じている様子なので下手な反応もできない。新たな女主人となるリネットに観察されて、使用人たちはやりづらかった。が。だからといって、文句を言える立場でもない。

「アレはなんだろうね……」
「監視かな?」
「奥方さまは厳しいタイプなのかしら?」
「王妃さまになるはずだったお方だから、厳しいのかも……」
「あぁ、またコチラを見ていますっ! 仕事しましょう、仕事」

 使用人たちは一斉に仕事を始めた。

 そんな使用人たちにあっぱれとでも言いたげな満足げな笑みを浮かべ、リネットはつぶやく。
「流石ですね。皆さんガードが固いわ。隙がない。王弟殿下の屋敷の使用人ともなれば、優秀な人たちが揃っているのね」
「えっ……そう、ですか?」
「愚痴や不満は宝の山。使用人たちの仕事ぶりを観察していれば、どのような物が売れるのか分かる、と、思ったのですけど。意外と難しいわね。皆さん、ちっとも愚痴や不満を口にしないわ」
「そうでございましょうね……」

 リネットの行動がバレバレであることは、アンナも分かっていた。使用人の立場は弱い。下働きの者など簡単に入れ替えられてしまうのだ。下手に愚痴など聞かせるわけがない。

「必要な情報を得たいなら、もっと入り込まねばなりませんわね」
「お嬢さまが雇人たちのなかに入り込むとか無理ですから……」
「んー。もしくは、公爵夫人としての職権を乱用した方が良さそう。単刀直入に困っていることを聞き出しましょう」
「そちらの方が確実ですわ」

 目をキラキラさせて張り切っているリネットの後ろを、初日から疲れ気味のアンナが続いて部屋に戻った。

「こちらを片付けるのが先ですわね、お嬢さま」
「そうね。その方がよさそう」

 リネットの部屋は、客室から奥さま部屋に替わった。リネットの部屋を整えるのもアンナの仕事である。公爵家から荷物は次から次へと運び込まれていた。

「お嬢さまからも指示をいただきませんと、お好みに合った状態に仕上げることができません。しばし、お部屋の方に意識を向けていただけるとありがたいです」
「そうね」
「それにしても立派な奥さま部屋ですね。この広さがあれば、お嬢さまの荷物もキチンと入りますわ」
「そうね」

 リネットは部屋を見回した。ピンク色の壁紙にピンク色のカーテン。隙間を埋めるように散る花柄とレース。前の持ち主の好みは、華やかで分かりやすい。

「家具を一部、出してしまわないと私の物が入り切らないかもしれないわね」
「それについては倉庫にしまって構わないという許可をアスランさまからいただいておりますので大丈夫です」
「あら、そうなのね?」
「いくら広いといっても置き場所を指定していただかないと荷物が動かしにくくなってしまいますわ」

 公爵家からはリネットの私物がどんどん運び込まれてくる。

「何をするつもりにせよ、快適に暮らしたいのであれば、こちらを早く片付けてしまった方が良さそうね。それにしても、お父さまったら私の物を全部持って来させるつもりかしら? 最低限でよかったのに。子供の頃の思い出の品まで持って来たのね」
「公爵さまが『嫁に行くのなら全部持って行け』と、おっしゃるので」
「あらあら、お父さまったら。私を追い出す気満々ね?」
「それはちょっと違うと思います、お嬢さま……」

 などという茶番を繰り広げつつ、荷物の整理するリネットたち。部屋が整い、公爵夫人としての体裁が整ったのは、リネットが屋敷に到着してから数日後のことだった。
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