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【中編 三万七千文字くらい】お伽噺の薔薇迷宮 愛とはどんなモノかしら?
夢の如き終わり
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瞬く間に時は過ぎ。いま再びの薔薇の季節がやってきた。
春に咲く薔薇と違って秋に咲く薔薇は花弁は小さく色合いは濃く渋い色をしていた。
乾いた血の色に似た色合いの花は濃く妖しく香る。
屋敷の使用人たちは、庭に咲く花の事情など関係ないとばかりに慌ただしく働いていた。
「忙しい、忙しい」
「当然よ。お嬢さまとお坊ちゃまの結婚が近いのですもの」
忙しくても使用人たちの表情は明るい。
「お祝いごとの準備ですもの。忙しさを口にする必要もないですわ」
「そうね、本当におめでたい」
「でも、言いたくなりませんこと?」
クスクス笑っている年上のメイドたちに年若いメイドが不満げに頬を膨らませて言った。
「うふっ。それは分かるわ」
「お祝い事の忙しさは、楽しみしかないわ」
「ん……そうですわね」
少々悩んだ後に言う年若いメイドを見て、年上のメイドたちは軽やかに笑った。
秋の空は良く晴れて空が高く見える。
ロザリーが賑やかな使用人たちを眺めていると聞き慣れた声が響いた。
「こんにちは、ロザリー」
「あら。こんにちは、未来のご主人さま。いらしていたのね」
ロザリーはアーサーに可愛らしい笑顔を向けると、スカートを少し持ち上げて仰々しく挨拶をした。
アーサーも大げさに挨拶を返す。
そして、ふたりは顔を見合わせて笑った。
キラキラと輝きが弾けて周りの者まで明るい気分にするような笑顔だ。
「こんなな挨拶をすることも、近々なくなるのね」
「そうだね。キミがお嬢さんでなくなった時に。このような挨拶は不要になるね」
二人は熱い視線をしばし交わした。
「お嬢さま~。仕立て屋さんがいらしてますよ~」
小間使いの声が響く。
「ああ、そうね。今日はドレスの仮縫いの日だったわ」
「忙しいね」
「ええ、忙しいの。行かなくちゃ」
踵を返そうとした足が踏み留まってドレスの裾が揺れ、悪戯な光を帯びた茶色の瞳がアーサーに向けられた。
「そういえば。あの方々は、いかがお過ごしかしら?」
「あの方々かい? 快適にお過ごしだといいけどね」
青い瞳が悪戯に輝く。
アーサーが彼女の手を取って甲にキスを落とした瞬間、再び小間使いの声が響いた。
「お嬢さまぁ~」
「ええ、分かったわ。今行くわ」
クスクス笑いながらアーサーに軽く会釈をしたロザリーは、いそいそと小間使いの元へと向かっていった。
それを笑顔で見送るアーサーのなかで、あの方々はささやく。
『結婚前の乙女は、可愛らしくも忙しいわね』
『ああ、可愛らしい。希望に満ちてキラキラしている』
あの日からアーサーの中には、リディアーヌと魔王がいた。
『結婚前の乙女の体にいるわけにはいかないもの』
リディアーヌは、そう言って笑った。
『確かに』
魔王も頷きながら彼女に同調した。
「いいですけどね。もう慣れましたし」
アーサーはロザリーを見送りながら、つぶやく。
人間の体の中には複数の魂が入る。
てっきりロザリーの体に入ると思っていたリディアーヌの魂も、ちゃっかりアーサーの体の中に納まっていた。
『あとわずかのことよね。わたくしだって、ロザリーの中のほうが嬉しいもの』
『それは私も同じ、だと思うぞ。男の中なんぞにいるよりも、綺麗なご婦人の中のほうがいい』
魔王はリディアーヌの手を取り、その顔を熱く見つめた。
「あのぉ、もしもし? 僕の体の中でイチャつくの、止めて貰えません?」
『あら』
『これは失礼』
リディアーヌと魔王は顔を見合わせて意味ありげに笑った。
アーサーは自分の屋敷に戻ると、大人しく自室へと向かった。
花嫁ほどは忙しくないといっても花婿だって暇ではない。
だが今日くらい、ゆっくりしても罪はない。
なぜかそんな気分になったのだ。
自室に入って鍵をかけるなり、グルンと足元が揺れた。
と思った次の瞬間。
気付けば、アーサーの姿も心の中にあった。
「仲間外れになるのが、面白くないのかしら?」
「それはそれで可愛らしい」
「あなた達ね。もう少しね。家主である……体の持ち主であるボクに気を使ったらどうなんですか? いつもいつも、人の中でイチャついて」
「あらあら、まあまあ。拗ねていたのね」
「それならそうと、先に言ってくれれば」
いつの間にかアーサーは、リディアーヌと魔王に両側から挟まれていた。
「可愛いロザリーを泣かせるような真似をしてはダメよ、アーサー」
「それはもちろん、分かっていますよ。リディアーヌ」
「本当に、キミにそれができるのかな? アーサー」
「魔王。それはどういう意味ですか?」
「ふふふ。粗相があってはイケないわ、という意味よ」
「だから、どういう意味です?」
リディアーヌと魔王は、両側からアーサーの頬に唇を寄せた。
アーサーが焦ったのは間違いない。
そして。
その後、嫌というほど蕩けさせられたのも間違いない。
◆◆◆
薔薇の香りも香しく、夢のように時は過ぎ。
結婚式当日が訪れた。
その日は、晴れの日に相応しく青空がどこまでも続き、花はこの日を待っていたように咲き誇る。
おばあさまやエメリーヌを始め愛する人々に囲まれたアーサーとロザリーは、どんな花よりも華やかな笑顔を浮かべ、新たなる旅立ちの日を迎えた。
アーサーとロザリー、この二人のための結婚式ではあったが、愛を誓ったのはこの二人だけではない。
アーサーの中にいる二人もまた愛を誓った。
そして、その愛が二人だけのものではないことは言うまでもない。
◆◆◆
かくして。
リディアーヌ・ド・ラ・ベルツハイン侯爵令嬢は魔王の花嫁として人間社会からは消え。
ロザリーとリディアーヌを巡るアーサーと魔王の物語は終わった。
この後、世界はどうなったのか。
蔓巻く先で薔薇は枯れたのか。それとも、また新たな芽吹きを見せたのか。
それは、神のみが知るところである。
春に咲く薔薇と違って秋に咲く薔薇は花弁は小さく色合いは濃く渋い色をしていた。
乾いた血の色に似た色合いの花は濃く妖しく香る。
屋敷の使用人たちは、庭に咲く花の事情など関係ないとばかりに慌ただしく働いていた。
「忙しい、忙しい」
「当然よ。お嬢さまとお坊ちゃまの結婚が近いのですもの」
忙しくても使用人たちの表情は明るい。
「お祝いごとの準備ですもの。忙しさを口にする必要もないですわ」
「そうね、本当におめでたい」
「でも、言いたくなりませんこと?」
クスクス笑っている年上のメイドたちに年若いメイドが不満げに頬を膨らませて言った。
「うふっ。それは分かるわ」
「お祝い事の忙しさは、楽しみしかないわ」
「ん……そうですわね」
少々悩んだ後に言う年若いメイドを見て、年上のメイドたちは軽やかに笑った。
秋の空は良く晴れて空が高く見える。
ロザリーが賑やかな使用人たちを眺めていると聞き慣れた声が響いた。
「こんにちは、ロザリー」
「あら。こんにちは、未来のご主人さま。いらしていたのね」
ロザリーはアーサーに可愛らしい笑顔を向けると、スカートを少し持ち上げて仰々しく挨拶をした。
アーサーも大げさに挨拶を返す。
そして、ふたりは顔を見合わせて笑った。
キラキラと輝きが弾けて周りの者まで明るい気分にするような笑顔だ。
「こんなな挨拶をすることも、近々なくなるのね」
「そうだね。キミがお嬢さんでなくなった時に。このような挨拶は不要になるね」
二人は熱い視線をしばし交わした。
「お嬢さま~。仕立て屋さんがいらしてますよ~」
小間使いの声が響く。
「ああ、そうね。今日はドレスの仮縫いの日だったわ」
「忙しいね」
「ええ、忙しいの。行かなくちゃ」
踵を返そうとした足が踏み留まってドレスの裾が揺れ、悪戯な光を帯びた茶色の瞳がアーサーに向けられた。
「そういえば。あの方々は、いかがお過ごしかしら?」
「あの方々かい? 快適にお過ごしだといいけどね」
青い瞳が悪戯に輝く。
アーサーが彼女の手を取って甲にキスを落とした瞬間、再び小間使いの声が響いた。
「お嬢さまぁ~」
「ええ、分かったわ。今行くわ」
クスクス笑いながらアーサーに軽く会釈をしたロザリーは、いそいそと小間使いの元へと向かっていった。
それを笑顔で見送るアーサーのなかで、あの方々はささやく。
『結婚前の乙女は、可愛らしくも忙しいわね』
『ああ、可愛らしい。希望に満ちてキラキラしている』
あの日からアーサーの中には、リディアーヌと魔王がいた。
『結婚前の乙女の体にいるわけにはいかないもの』
リディアーヌは、そう言って笑った。
『確かに』
魔王も頷きながら彼女に同調した。
「いいですけどね。もう慣れましたし」
アーサーはロザリーを見送りながら、つぶやく。
人間の体の中には複数の魂が入る。
てっきりロザリーの体に入ると思っていたリディアーヌの魂も、ちゃっかりアーサーの体の中に納まっていた。
『あとわずかのことよね。わたくしだって、ロザリーの中のほうが嬉しいもの』
『それは私も同じ、だと思うぞ。男の中なんぞにいるよりも、綺麗なご婦人の中のほうがいい』
魔王はリディアーヌの手を取り、その顔を熱く見つめた。
「あのぉ、もしもし? 僕の体の中でイチャつくの、止めて貰えません?」
『あら』
『これは失礼』
リディアーヌと魔王は顔を見合わせて意味ありげに笑った。
アーサーは自分の屋敷に戻ると、大人しく自室へと向かった。
花嫁ほどは忙しくないといっても花婿だって暇ではない。
だが今日くらい、ゆっくりしても罪はない。
なぜかそんな気分になったのだ。
自室に入って鍵をかけるなり、グルンと足元が揺れた。
と思った次の瞬間。
気付けば、アーサーの姿も心の中にあった。
「仲間外れになるのが、面白くないのかしら?」
「それはそれで可愛らしい」
「あなた達ね。もう少しね。家主である……体の持ち主であるボクに気を使ったらどうなんですか? いつもいつも、人の中でイチャついて」
「あらあら、まあまあ。拗ねていたのね」
「それならそうと、先に言ってくれれば」
いつの間にかアーサーは、リディアーヌと魔王に両側から挟まれていた。
「可愛いロザリーを泣かせるような真似をしてはダメよ、アーサー」
「それはもちろん、分かっていますよ。リディアーヌ」
「本当に、キミにそれができるのかな? アーサー」
「魔王。それはどういう意味ですか?」
「ふふふ。粗相があってはイケないわ、という意味よ」
「だから、どういう意味です?」
リディアーヌと魔王は、両側からアーサーの頬に唇を寄せた。
アーサーが焦ったのは間違いない。
そして。
その後、嫌というほど蕩けさせられたのも間違いない。
◆◆◆
薔薇の香りも香しく、夢のように時は過ぎ。
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その日は、晴れの日に相応しく青空がどこまでも続き、花はこの日を待っていたように咲き誇る。
おばあさまやエメリーヌを始め愛する人々に囲まれたアーサーとロザリーは、どんな花よりも華やかな笑顔を浮かべ、新たなる旅立ちの日を迎えた。
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アーサーの中にいる二人もまた愛を誓った。
そして、その愛が二人だけのものではないことは言うまでもない。
◆◆◆
かくして。
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ロザリーとリディアーヌを巡るアーサーと魔王の物語は終わった。
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それは、神のみが知るところである。
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