そんなに妹がお好きなら結婚したらどうですか? ほか短編・中編ファンタジー系まとめてみたよ短編集

天田れおぽん

文字の大きさ
72 / 93
【中編 三万七千文字くらい】お伽噺の薔薇迷宮 愛とはどんなモノかしら?

夢の如き終わり

しおりを挟む
 瞬く間に時は過ぎ。いま再びの薔薇の季節がやってきた。

 春に咲く薔薇と違って秋に咲く薔薇は花弁は小さく色合いは濃く渋い色をしていた。

 乾いた血の色に似た色合いの花は濃く妖しく香る。

 屋敷の使用人たちは、庭に咲く花の事情など関係ないとばかりに慌ただしく働いていた。

「忙しい、忙しい」

「当然よ。お嬢さまとお坊ちゃまの結婚が近いのですもの」

 忙しくても使用人たちの表情は明るい。

「お祝いごとの準備ですもの。忙しさを口にする必要もないですわ」

「そうね、本当におめでたい」

「でも、言いたくなりませんこと?」

 クスクス笑っている年上のメイドたちに年若いメイドが不満げに頬を膨らませて言った。

「うふっ。それは分かるわ」

「お祝い事の忙しさは、楽しみしかないわ」

「ん……そうですわね」

 少々悩んだ後に言う年若いメイドを見て、年上のメイドたちは軽やかに笑った。

 秋の空は良く晴れて空が高く見える。

 ロザリーが賑やかな使用人たちを眺めていると聞き慣れた声が響いた。

「こんにちは、ロザリー」

「あら。こんにちは、未来のご主人さま。いらしていたのね」

 ロザリーはアーサーに可愛らしい笑顔を向けると、スカートを少し持ち上げて仰々しく挨拶をした。

 アーサーも大げさに挨拶を返す。

 そして、ふたりは顔を見合わせて笑った。

 キラキラと輝きが弾けて周りの者まで明るい気分にするような笑顔だ。

「こんなな挨拶をすることも、近々なくなるのね」

「そうだね。キミがお嬢さんでなくなった時に。このような挨拶は不要になるね」

 二人は熱い視線をしばし交わした。

「お嬢さま~。仕立て屋さんがいらしてますよ~」

 小間使いの声が響く。

「ああ、そうね。今日はドレスの仮縫いの日だったわ」

「忙しいね」

「ええ、忙しいの。行かなくちゃ」

 踵を返そうとした足が踏み留まってドレスの裾が揺れ、悪戯な光を帯びた茶色の瞳がアーサーに向けられた。

「そういえば。あの方々は、いかがお過ごしかしら?」

「あの方々かい? 快適にお過ごしだといいけどね」

 青い瞳が悪戯に輝く。

 アーサーが彼女の手を取って甲にキスを落とした瞬間、再び小間使いの声が響いた。

「お嬢さまぁ~」

「ええ、分かったわ。今行くわ」

 クスクス笑いながらアーサーに軽く会釈をしたロザリーは、いそいそと小間使いの元へと向かっていった。

 それを笑顔で見送るアーサーのなかで、あの方々はささやく。

『結婚前の乙女は、可愛らしくも忙しいわね』

『ああ、可愛らしい。希望に満ちてキラキラしている』

 あの日からアーサーの中には、リディアーヌと魔王がいた。

『結婚前の乙女の体にいるわけにはいかないもの』

 リディアーヌは、そう言って笑った。

『確かに』

 魔王も頷きながら彼女に同調した。

「いいですけどね。もう慣れましたし」

 アーサーはロザリーを見送りながら、つぶやく。

 人間の体の中には複数の魂が入る。

 てっきりロザリーの体に入ると思っていたリディアーヌの魂も、ちゃっかりアーサーの体の中に納まっていた。

『あとわずかのことよね。わたくしだって、ロザリーの中のほうが嬉しいもの』

『それは私も同じ、だと思うぞ。男の中なんぞにいるよりも、綺麗なご婦人の中のほうがいい』

 魔王はリディアーヌの手を取り、その顔を熱く見つめた。

「あのぉ、もしもし? 僕の体の中でイチャつくの、止めて貰えません?」

『あら』

『これは失礼』

 リディアーヌと魔王は顔を見合わせて意味ありげに笑った。

 アーサーは自分の屋敷に戻ると、大人しく自室へと向かった。

 花嫁ほどは忙しくないといっても花婿だって暇ではない。

 だが今日くらい、ゆっくりしても罪はない。

 なぜかそんな気分になったのだ。

 自室に入って鍵をかけるなり、グルンと足元が揺れた。

 と思った次の瞬間。

 気付けば、アーサーの姿も心の中にあった。

「仲間外れになるのが、面白くないのかしら?」

「それはそれで可愛らしい」

「あなた達ね。もう少しね。家主である……体の持ち主であるボクに気を使ったらどうなんですか? いつもいつも、人の中でイチャついて」

「あらあら、まあまあ。拗ねていたのね」

「それならそうと、先に言ってくれれば」

 いつの間にかアーサーは、リディアーヌと魔王に両側から挟まれていた。

「可愛いロザリーを泣かせるような真似をしてはダメよ、アーサー」

「それはもちろん、分かっていますよ。リディアーヌ」

「本当に、キミにそれができるのかな? アーサー」

「魔王。それはどういう意味ですか?」

「ふふふ。粗相があってはイケないわ、という意味よ」

「だから、どういう意味です?」

 リディアーヌと魔王は、両側からアーサーの頬に唇を寄せた。

 アーサーが焦ったのは間違いない。

 そして。

 その後、嫌というほど蕩けさせられたのも間違いない。

◆◆◆

 薔薇の香りも香しく、夢のように時は過ぎ。

 結婚式当日が訪れた。

 その日は、晴れの日に相応しく青空がどこまでも続き、花はこの日を待っていたように咲き誇る。

 おばあさまやエメリーヌを始め愛する人々に囲まれたアーサーとロザリーは、どんな花よりも華やかな笑顔を浮かべ、新たなる旅立ちの日を迎えた。

 アーサーとロザリー、この二人のための結婚式ではあったが、愛を誓ったのはこの二人だけではない。

 アーサーの中にいる二人もまた愛を誓った。

 そして、その愛が二人だけのものではないことは言うまでもない。


◆◆◆

 かくして。

 リディアーヌ・ド・ラ・ベルツハイン侯爵令嬢は魔王の花嫁として人間社会からは消え。

 ロザリーとリディアーヌを巡るアーサーと魔王の物語は終わった。

 この後、世界はどうなったのか。

 蔓巻く先で薔薇は枯れたのか。それとも、また新たな芽吹きを見せたのか。

 それは、神のみが知るところである。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!

林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。  マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。  そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。  そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。  どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。 2022.6.22 第一章完結しました。 2022.7.5 第二章完結しました。 第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。 第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。 第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】濡れ衣聖女はもう戻らない 〜ホワイトな宮廷ギルドで努力の成果が実りました

冬月光輝
恋愛
代々魔術師の名家であるローエルシュタイン侯爵家は二人の聖女を輩出した。 一人は幼き頃より神童と呼ばれた天才で、史上最年少で聖女の称号を得たエキドナ。 もう一人はエキドナの姉で、妹に遅れをとること五年目にしてようやく聖女になれた努力家、ルシリア。 ルシリアは魔力の量も生まれつき、妹のエキドナの十分の一以下でローエルシュタインの落ちこぼれだと蔑まれていた。 しかし彼女は努力を惜しまず、魔力不足を補う方法をいくつも生み出し、教会から聖女だと認められるに至ったのである。 エキドナは目立ちたがりで、国に一人しかいなかった聖女に姉がなることを良しとしなかった。 そこで、自らの家宝の杖を壊し、その罪を姉になすりつけ、彼女を実家から追放させた。 「無駄な努力」だと勝ち誇った顔のエキドナに嘲り笑われたルシリアは失意のまま隣国へと足を運ぶ。 エキドナは知らなかった。魔物が増えた昨今、彼女の働きだけでは不足だと教会にみなされて、姉が聖女になったことを。 ルシリアは隣国で偶然再会した王太子、アークハルトにその力を認められ、宮廷ギルド入りを勧められ、宮仕えとしての第二の人生を送ることとなる。 ※旧タイトル『妹が神童だと呼ばれていた聖女、「無駄な努力」だと言われ追放される〜「努力は才能を凌駕する」と隣国の宮廷ギルドで証明したので、もう戻りません』

(完結)お荷物聖女と言われ追放されましたが、真のお荷物は追放した王太子達だったようです

しまうま弁当
恋愛
伯爵令嬢のアニア・パルシスは婚約者であるバイル王太子に突然婚約破棄を宣言されてしまうのでした。 さらにはアニアの心の拠り所である、聖女の地位まで奪われてしまうのでした。 訳が分からないアニアはバイルに婚約破棄の理由を尋ねましたが、ひどい言葉を浴びせつけられるのでした。 「アニア!お前が聖女だから仕方なく婚約してただけだ。そうでなけりゃ誰がお前みたいな年増女と婚約なんかするか!!」と。 アニアの弁明を一切聞かずに、バイル王太子はアニアをお荷物聖女と決めつけて婚約破棄と追放をさっさと決めてしまうのでした。 挙句の果てにリゼラとのイチャイチャぶりをアニアに見せつけるのでした。 アニアは妹のリゼラに助けを求めましたが、リゼラからはとんでもない言葉が返ってきたのでした。 リゼラこそがアニアの追放を企てた首謀者だったのでした。 アニアはリゼラの自分への悪意を目の当たりにして愕然しますが、リゼラは大喜びでアニアの追放を見送るのでした。 信じていた人達に裏切られたアニアは、絶望して当てもなく宿屋生活を始めるのでした。 そんな時運命を変える人物に再会するのでした。 それはかつて同じクラスで一緒に学んでいた学友のクライン・ユーゲントでした。 一方のバイル王太子達はアニアの追放を喜んでいましたが、すぐにアニアがどれほどの貢献をしていたかを目の当たりにして自分達こそがお荷物であることを思い知らされるのでした。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 全25話執筆済み 完結しました

【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!

貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...