獣人の世界に召喚された聖女(獣医)は城から追放される

中野莉央

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53 輸血

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「しかし、マリナ先生。他者の血液をジャヴェロット陛下の体内に注入するなど、大丈夫なのでしょうか?」

「事前に血液の型を調べて、国王陛下に適合する型の血液なら輸血して大丈夫です。もっとも血液型が合わない場合は最悪、死亡してしまいますが」

「し、死亡ですか……」

 気がつけば女官長や医女らが直立不動で固まり、顔を引きつらせていたので私は慌てた。

「ちゃんと事前に検査して血液型さえ把握しておけば輸血が原因で死亡することはありません。むしろ自分の血液型を把握しておけば、いざという時に役に立ちますから!」

「いざという時と申しますと?」

 横にいたロゼッタに尋ねられたので、ゆっくりと頷いた。

「今回のような手術の時もそうですが、事故などで大量に失血してしまった場合は緊急の輸血が必要になりますから。一刻も早く輸血しないといけないような場合、悠長に血液型を調べる時間がないというケースもありえます。そういう時に備えて自分の血液型を把握しておくというのは大事ですよ」

「そうですか……。しかし、ジャヴェロット陛下の血液型と同じ王族というのはいるのかしら?」

「え? 国王陛下には、第一王子と第二王子がいますよね? 他にも血縁者が複数いるなら、同じ血液型の方はいると思いますが」

 白髪の医女が眉間にシワを寄せて難しそうな顔をして思案しているが肉親がいるなら、よっぽど珍しい血液型でもない限り心配はいらないはずだ。国王を心配する女官長や医女を安心させるように笑顔で答えたが、黒髪の女官長ミレイユさんは不安げに眉をひそめる。

「そうでしょうか。陛下は、この国で唯一の『神獣フェンリル』ですから……」

「は?」

 聞き慣れない単語に理解が追い付かず、思わず聞き返すと白髪の医女は物憂げな顔で首を傾けた。

「元々は普通の狼獣人だったそうですが……。神獣フェンリルでも血液型というのは、普通の狼獣人と合う物なのでしょうか? マリナ先生」

「フェンリル……?」

「マリナ先生、もしかして。我が金狼国のジャヴェロット国王陛下が『神獣フェンリル』だと、ご存じなかったのですか?」

「ぞ、存じませんでした……」

 震え声で返答するとその場にいた女性陣が、私を見ながら唖然とした表情を浮かべた。

「えっ」

「本当に、ご存じなかったのですか?」

「はい……」

 すでに国王陛下の診察が終わった状態である。そんなことも知らずに問診していたのかと女官長や医女の顔に書かれているように思えて、私は肩身がせまくなり視線を床に落とした。

「すいません! 私が説明していなかったのです! その、あまりにも常識的なことだったので言い忘れておりました! 申し訳ございません!」

「そんな、ロゼッタが悪いわけじゃあ……。私も国王陛下が、何の獣人か聞いたことなかったし」

「マリナ様……」

 プラチナブロンドの髪を揺らして謝罪するロゼッタの水宝玉色の瞳は涙目になっている。とりあえず、こんなところでロゼッタを責めても仕方ない。私は話を本筋に戻すべきだと判断した。

「えーと。じゃあ、王族は『狼獣人』で国王陛下だけ『神獣』? ということですか?」

「はい」

 黒髪の女官長は表情も変えずに頷きながら答えた。それにしても、異世界だと『狼獣人』が『神獣』になるのか。私の知らない常識で混乱してしまう。

「えっと、成長すると呼び名が変わる『出世魚』的な感じですかね?」

「『出世魚』なるものが何なのか存じませんが、名前が変わるだけでなく神獣になると身体が変異して、普通の獣人とは根本から違う存在になると聞いておりますが」

「変異とは?」

「普通の獣人は同族との間でしか子供が産まれません。仮に他種族との間に子供が生まれたとしても、その子供は繁殖能力がない場合が多いのですが、神獣になると相手がどの種族でも子供を作ることができ、生まれた子供も繁殖能力に問題が出ることはありません」

「そうなんですか……」

 話を聞くほど、ジャヴェロット陛下が普通の狼獣人と同じ生物ではない可能性が高まる。というか、どの種族とも普通に子供を作ることが出来るなんて、神話の中でしか聞いたことがない。明らかに規格外だ。

 別に同じ生物では無かろうと通常ならば気にならないが、輸血できない可能性が高くなっているのは明らかにマズい。

 輸血ができないということは手術中の大量出血が即、国王の死につながるのだ。神獣と呼ばれる存在とはいえ、体内の血液を大量に失血して無事でいられるとは思えない。心ならずも、私の手でジャヴェロット国王を死のフチに追いやってしまう可能性が高まる。

 そして国王を手術中に死なせてしまえば、あの宮廷医師たちの態度を見てもタダで済むはずもない。魔女のレッテルを貼られて糾弾され、監獄に送られるか最悪、処刑されるなんて可能性もあるんじゃないかと考え、全身の血の気が引いた。私がゴクリと生つばを呑むと、白髪の医女は溜息を吐いた。

「宮廷医師の反応を見てお分かりかと思いますが、この国では『輸血』なる医療行為が一般的ではありません。もし、王族に輸血を依頼するとなると、拒否する者や反発する者が出ると思います」

「そうですよね。黒魔術の儀式とか言われてましたから……」

「もちろん、国王陛下の御命がかかることですから。最悪、ジャヴェロット陛下が命令すれば強制的に王族から血を差し出させることも可能だと思いますが」

「き、強制的……」
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