59 / 61
59 睡魔
しおりを挟む
持ち帰った本をローテーブルの上に積み上げ、改めて見るとけっこうな量だということがよく分かる。突然、大量の本を持ち帰った私にロゼッタは少し、戸惑っていた。
「マリナ様。上級者向けの魔導書をこんなにお借りして、一体どうなさるおつもりなんですか?」
「それは勿論、読むためよ」
「えっ、でも初歩魔法が使えない状態なのでは?」
「うん。まぁ、そうなんだけどね。しかし、さすがに量が多いわね……。ひとまず、先に必要な医療器具を書き出した方がいいわね」
女官長ミレイユさんが明日、必要な医療器具について話を聞きに来てくれるはずだ。ざっと手術に必要な器具名と医療器具の形状、用途をインクと羽ペンで紙に書き記し用意を終える 。さらに、それが終わったらグラウクスさんから借りた魔導書を開き、高難度の術式についてのページに目を通し始めた。
「マリナ様。その本は?」
「ああ、グラウクスさんが言ってた遠見の魔法を発動する為の術式を読んでるの」
「そのように難しい術式を……?」
「うん。術式さえ読めれば、魔法が発動する仕組みの理解はできるのよ」
「そうなのですか」
水宝玉色の目を見開いてロゼッタは驚いているが、黒縁眼鏡の魔術師。グラウクスさんも確か最初の頃に言っていた『基本を把握すれば、応用もできる』と。
そもそも魔法の理解と応用のために、この世界で使われている文字を覚えたのだ。実際、難解に見える上級者向けの術式も基本を把握した今なら理解して読み解くことが出来る。
「うん……。術式を完璧に理解すれば、新しく見えてくる道もあるでしょうからね」
「え?」
「こっちの話。気にしないで」
「はぁ」
ロゼッタは訝しそうな表情ながらも私が読書している姿をしばらく見ていたが、やがて小首をかしげながら控えの部屋に去って行った。一方、遠見の魔法について記されている魔導書を読み終えた次には、幻影魔法について書かれている本に手を伸ばしてページをめくる。
その後は一度、食事休憩を入れて浴室で汗を流した後、再び読書に取りかかり魔導書を読み進めながら時間が経つのも忘れて羽ペンを片手に、セピア色のインクで手元の紙へと異世界文字を書きつづっていった。
「マリナ様。まだ読書をされているのですか? 夜もふけてまいりましたので、そろそろベッドに入られた方がよろしいのでは?」
「もうちょっと進めたいから、ロゼッタは先に休んでて」
「そうですか? あまり根をつめてご無理をなさらないで下さいね、マリナ様。では、お言葉に甘えて下がらせて頂きますが……。何かあったら、すぐに声をかけて下さい」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさいませ」
その後、どんどん本を読み進めては紙の上にペンを走らせるという作業を進め続け、気がつけば窓の外が白み始めカーテンのすき間から朝日の光が差し込んできた。私の方も一晩かかって作業が終わり、ようやくペンを置いた。
「ふぅ……。これで合ってるはず」
「おはようございます。マリナ様? ……これは!?」
ドアを開けて、控えの部屋から客室に入ってきたプラチナブロンドの侍女はテーブルの上に積み上げられた本と、びっしりと文字が書き込まれた紙が大量に散らかっているのを見て唖然としている。
「ああ、おはようロゼッタ。今日もいい天気ね」
「それどころでは……。あ、マリナ様! 目の下にクマが出来てますよ!」
「えっ、そう?」
「そうですよ! まさか、眠っていないんですか?」
「うん。気がついたら朝だったのよね。ははは」
徹夜で目標をやりとげたことによる達成感で脳内麻薬が大量に分泌されているのだろう。肉体は確実に疲弊しているはずだが、私は謎の多幸感に包まれ妙なテンションになっていた。
一方、この状況を理解できないロゼッタは完全に困惑しながら足元に落ちている紙を拾い上げ、書きつづられている文字列を見て眉をひそめた。
「なんで、徹夜なんて無茶を? これは……?」
「あー。それ書いてたのよ。私の死んだおじいちゃんが『鉄は熱い内に打て』って言ってたし」
「マリナ様のおじい様は鍛冶師でしたっけ? お医者様だったのでは?」
「いや『鉄は熱い内に打て』というのは、私の世界にあるコトワザなんだけどね。まぁ、いいや……。ふぁ」
抑えきれなかったあくびが口からもれて、急激にまぶたが重くなってきたのを感じた。
「マリナ様?」
「ちょっと、仮眠とるわ……。女官長さんが来たら鏡台の上にある、必要な医療器具を明記した紙を渡しておいて」
それだけ言い残すと私はベッドに倒れ込み、睡魔に誘われるまま泥のように眠った。
「マリナ様。上級者向けの魔導書をこんなにお借りして、一体どうなさるおつもりなんですか?」
「それは勿論、読むためよ」
「えっ、でも初歩魔法が使えない状態なのでは?」
「うん。まぁ、そうなんだけどね。しかし、さすがに量が多いわね……。ひとまず、先に必要な医療器具を書き出した方がいいわね」
女官長ミレイユさんが明日、必要な医療器具について話を聞きに来てくれるはずだ。ざっと手術に必要な器具名と医療器具の形状、用途をインクと羽ペンで紙に書き記し用意を終える 。さらに、それが終わったらグラウクスさんから借りた魔導書を開き、高難度の術式についてのページに目を通し始めた。
「マリナ様。その本は?」
「ああ、グラウクスさんが言ってた遠見の魔法を発動する為の術式を読んでるの」
「そのように難しい術式を……?」
「うん。術式さえ読めれば、魔法が発動する仕組みの理解はできるのよ」
「そうなのですか」
水宝玉色の目を見開いてロゼッタは驚いているが、黒縁眼鏡の魔術師。グラウクスさんも確か最初の頃に言っていた『基本を把握すれば、応用もできる』と。
そもそも魔法の理解と応用のために、この世界で使われている文字を覚えたのだ。実際、難解に見える上級者向けの術式も基本を把握した今なら理解して読み解くことが出来る。
「うん……。術式を完璧に理解すれば、新しく見えてくる道もあるでしょうからね」
「え?」
「こっちの話。気にしないで」
「はぁ」
ロゼッタは訝しそうな表情ながらも私が読書している姿をしばらく見ていたが、やがて小首をかしげながら控えの部屋に去って行った。一方、遠見の魔法について記されている魔導書を読み終えた次には、幻影魔法について書かれている本に手を伸ばしてページをめくる。
その後は一度、食事休憩を入れて浴室で汗を流した後、再び読書に取りかかり魔導書を読み進めながら時間が経つのも忘れて羽ペンを片手に、セピア色のインクで手元の紙へと異世界文字を書きつづっていった。
「マリナ様。まだ読書をされているのですか? 夜もふけてまいりましたので、そろそろベッドに入られた方がよろしいのでは?」
「もうちょっと進めたいから、ロゼッタは先に休んでて」
「そうですか? あまり根をつめてご無理をなさらないで下さいね、マリナ様。では、お言葉に甘えて下がらせて頂きますが……。何かあったら、すぐに声をかけて下さい」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさいませ」
その後、どんどん本を読み進めては紙の上にペンを走らせるという作業を進め続け、気がつけば窓の外が白み始めカーテンのすき間から朝日の光が差し込んできた。私の方も一晩かかって作業が終わり、ようやくペンを置いた。
「ふぅ……。これで合ってるはず」
「おはようございます。マリナ様? ……これは!?」
ドアを開けて、控えの部屋から客室に入ってきたプラチナブロンドの侍女はテーブルの上に積み上げられた本と、びっしりと文字が書き込まれた紙が大量に散らかっているのを見て唖然としている。
「ああ、おはようロゼッタ。今日もいい天気ね」
「それどころでは……。あ、マリナ様! 目の下にクマが出来てますよ!」
「えっ、そう?」
「そうですよ! まさか、眠っていないんですか?」
「うん。気がついたら朝だったのよね。ははは」
徹夜で目標をやりとげたことによる達成感で脳内麻薬が大量に分泌されているのだろう。肉体は確実に疲弊しているはずだが、私は謎の多幸感に包まれ妙なテンションになっていた。
一方、この状況を理解できないロゼッタは完全に困惑しながら足元に落ちている紙を拾い上げ、書きつづられている文字列を見て眉をひそめた。
「なんで、徹夜なんて無茶を? これは……?」
「あー。それ書いてたのよ。私の死んだおじいちゃんが『鉄は熱い内に打て』って言ってたし」
「マリナ様のおじい様は鍛冶師でしたっけ? お医者様だったのでは?」
「いや『鉄は熱い内に打て』というのは、私の世界にあるコトワザなんだけどね。まぁ、いいや……。ふぁ」
抑えきれなかったあくびが口からもれて、急激にまぶたが重くなってきたのを感じた。
「マリナ様?」
「ちょっと、仮眠とるわ……。女官長さんが来たら鏡台の上にある、必要な医療器具を明記した紙を渡しておいて」
それだけ言い残すと私はベッドに倒れ込み、睡魔に誘われるまま泥のように眠った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
乙女ゲームの世界に転移したら、推しではない王子に溺愛されています
砂月美乃
恋愛
繭(まゆ)、26歳。気がついたら、乙女ゲームのヒロイン、フェリシア(17歳)になっていた。そして横には、超絶イケメン王子のリュシアンが……。推しでもないリュシアンに、ひょんなことからベタベタにに溺愛されまくることになるお話です。
「ヒミツの恋愛遊戯」シリーズその①、リュシアン編です。
ムーンライトノベルズさんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる