獣人の世界に召喚された聖女(獣医)は城から追放される

中野莉央

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58 視覚

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 回廊を歩いて石造りの階段を上がり、魔術師の部屋前に到着するとグラウクスさんは室内で執務机の上に置かれているランプに明かりを灯しているところだった。

「グラウクスさん!」

「これはマリナさん。ロゼッタも、如何いたしましたか?」

 やや驚いた表情を見せた黒縁眼鏡の魔術師に歩み寄ると、木製の執務机を挟んで向かいあう状態になった。私はまっすぐ、グラウクスさんの目を見つめる。

「あの。私、魔法のことが知りたいんです!」

「確か……。初心者向けの魔導書をお渡ししていたと思いますが?」

「ああいう簡単な魔法だけじゃなくて、全ての種類を把握したいんです!」

「全ての種類を!?」

「はい!」

「マリナさん、お言葉ですが……。初心者向けの魔法すら発動できない状態で、上級者向けの魔法を知ったところで」

 渋る魔術師に痺れを切らした私が、自分の手で木製の執務机を思い切り叩けば室内に大きな音が響き、グラウクスさんとロゼッタは呆気に取られて目を丸くした。

「国王陛下の命がかかっている案件なんです! 協力して下さい!」

「そ、そういうことでしたら、分かりました……。マリナさんが医女ルチアの助手見習いとして、陛下の診察に立ち会い進言したという件は、私もうかがっています」

「話が早くて助かります」

 にっこりと笑顔になった私に対して若干、腰が引けた様子の魔術師は室内に設置されている本棚の中からそれらしき本を見つくろい始めた。

「グラウクスさん。あらゆる魔法の効果と、術式が明記されている本が読みたいんですが……」

「えっ、あらゆる術式もですか? さすがに量が多すぎますよ……」

 困り顔で眉尻を下げた魔術師を見て、私は自分の唇を指で触りながら少し思案した。

「では、まず『視覚』と関係がある魔法を優先でお願いします」

「視覚に関する魔法と言うと、幻影を見せるタイプですかねぇ」

「そんな魔法があるんですか?」

「ええ。あることはあるんですが、陽炎のようにぼんやりとした幻影であまり使い勝手が良くないんですよねぇ」

「ほかに視覚に関する魔法で、使えそうな物はないですか?」

「そうですねぇ……。ひと時代前は遠視魔法というのが、よく使われていたそうですが」

「えっ、遠くが見えるんですか?」

 長髪の魔術師が黒縁眼鏡をクイと上げながら、何気なく呟いた言葉に私は唖然とした。

「そうです。ただ、魔法を使う術者が眠ってる間にモヤのかかった霧の中を歩いて見るような状態でして、これも使い勝手がよくないんですよねぇ。目が覚めると記憶が抜け落ちている場合も多いですし……」

「記憶が抜け落ちるというのは厄介ですね」

「ええ。それに遠視魔法を警戒して、城や機密情報を扱うような場所では『結界』が使われるようになってからは、すっかり下火になりました。だいたい遠視魔法を使ってる術者は長時間の間、深い睡眠状態になって無防備なので術中に狙われたら死んでしまいますからねぇ」

「へぇ……」

「遠視魔法に興味がおありですか?」

「はい! とても興味があります!」

 勢いよく頷いて肯定すれば、グラウクスさんは大量にある蔵書に視線を向けた。

「では、遠視魔法について記されている魔導書は……。これですね。どうぞ」

「ありがとうございます! あと、先ほど言っていた幻影魔法もお願いします」

「了解いたしました。こちらになります」

 次々と該当する本を渡してもらい、感激する。

「助かります! あとは……。相手を眠らせる魔法とか、痛みを取り除く魔法とかありますか?」

「暗示魔法で睡眠に導くことはできますねぇ。あと痛みを取り除くというのは……。マヒさせる魔法ですかねぇ。あれなら痛みの感覚もなくなりますし」

「では、その魔法についての本も!」

「はぁ。分かりました」

 こうして、ややお疲れ気味の魔術師から他にも複数の魔導書を借り受けてロゼッタと共に客室へと帰った。
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