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セリナの憂鬱と決断

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 たっぷりのバタークリームを指の先に乗せた私を、ローザも黒髪の女官長も困惑した表情で見ている。私は一度、目を閉じ細く息を吐いて金髪の国王の髪を左手でかきあげた後、右手の指に乗せたバタークリームを国王陛下の耳の中に突っ込んだ。

「な!?」

「あなたは! 気でも触れたのですか!?」

 私が国王陛下に対して行った暴挙に黒髪の女官長は激怒し、ローザは驚きのあまり目と口をを丸くしている。

「気が触れた訳ではありません……。こうしないと国王陛下をお救い出来ないと思ったからしたまでです」

「何を馬鹿なことを! 耳にケーキのクリームを入れたからって、陛下が助かる訳がないでしょう!?」

「少し待ってください……。お叱りなら、後でいくらでも受けます。まずはこれを取らないと……」

「一体どういう事なの? 今すぐ説明してちょうだい!?」

 黒髪の女官長は激昂して、国王陛下に無礼を働いた私に対して不快感を隠そうともしない。それ自体は仕方が無いが、この状態だと助力を願うのも、怒りのまま作業をしてもらうのも危険だろう。私はローザに視線を向けた。

「ローザ……。ピンセットはある?」

「え、ピンセット? 確か、お医者様が置いていった医療器具を入れた箱の中にあると思うけど……」

「じゃあ、その医療器具が入ってる箱の中からピンセットを出して。出来るだけ細いタイプが良いわ」

「細いタイプのピンセットね……。えっと、これで良いかしら?」

 戸惑いながらも部屋の片隅に置かれている木箱の中から、ローザは銀色に光るピンセットを取り出して見せてくれた。

「うん、良いわ。じゃあ、そろそろ大丈夫だと思うから」

 そう言って私はバタークリームで汚れた自分の指をポケットから取り出した白いハンカチで拭いた後、いざという時の為に持参していた魔力増強剤をカバンから取り出してフタを開け飲み干した。飲んだ直後から胃から魔力増強剤の効能が染みわたり、全身に魔力がみなぎって来るのが分かる。

「すごい……! これなら行ける……! 本当に腕は確かなのね、コルニクスさん」

 目つきの悪い魔道具屋店主が聞いたら逆鱗に触れるかも知れないひとり言を呟いた後、ついでにベッドサイドに用意されていた水差しからカラになった魔力増強剤の小瓶に水を入れて綺麗にゆすぎ、汚れた水は用意されていた洗面器に捨てた。

「もう一度、治癒魔法をかけるから、ローザは国王陛下の耳に入ってるモノをピンセットで取り出して」

「……分かったわ」
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