全方位、光る海面世界

イトウ 

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みじかい、はなし

冊子から②(同上)

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   『光』

「ようこそ、おいでなさいました」
「性懲りもなく、ここに来ました」
「きっと、舞台の上が天職なのでしょう」
「……だと、良いのですが」

「今日は、良い天気ですね」
「はい。だから来たのです。晴れの日の、ここから見える景色と波音は素晴らしい。水面が光っています」
「確かに、素晴らしいですね」
「……ええ、美しいです。では、しばらくいつもの通り、一人にして下さい」
「かしこまりました」

 部屋の中は、沈黙につつまれる。

 自分というものを忘れて、何年たつだろう。
 すっかり、どんな生き物だったのか忘れてしまった。

 こんなに、全てを投げ打っているのだから、そろそろ光になれるだろうか。
 もしなれたとしたら、もう人間に戻りたくはない。
 そのまま、光として生きられたら。
 どんなに幸せだろうか。

 ー光の全反射ー

「ここは深い海の中。私は、光。」
「君は、まっすぐにしか進めないのか、つまらないな。」
「ああ、つまらない。屈折させられたくもないしね。乱反射なんて最悪だ。」
「そう言わずに。何かをしよう。」

「例えば?」
「追いかけっこは?」
「出来ない。」
「かくれんぼは?」
「したくない。」

「じゃあ、外に出てみる?」
「外に?」
「そう、外に。」
「水の中からじゃ、反射して外に行けない。」
「残念だな。外は楽しい。水光が美しく、自分の水影が明るく見える。それに砂浜を歩くと、キュッキュッと音が鳴るんだ。」
「へえ? 自分には関係ない話だな。」
「いつまでも、ここにいることはない。」
「いたくて、いるわけじゃない。」
「さっきから、押し問答だな。」

「よし、そう言うなら出てやろう。」
「その意気だ。……忘れ去られた光は外に出るのを嫌がるのかと思っていた。」
「出た方が君への嫌がらせになると思っただけだ。」
「それでは、君の望み通りに。美しい、光の波の粒を外界へ……、」

 ジリリリリーーー

 時間を知らせる電話がくる。
 ため息をついて、演技をやめた。
 結局、自分は光には、なれなかった。
 だが、舞台には立たなくてはならない。

「………遅刻するわけにはいかないな。急ごう」

「お帰りですか?」
「ええ。短い時間でしたが、とても、よく集中できました」
「そうですか。こちらも光栄ですよ」
「でも、今日で終わりです」
「おや。どうしてですか?」
「私は、人を騙すのをやめます」

 普段は言わない弱音を、思わず口に出す。

「あら、何故」
「光と、光を求める人間なんですよ。今度の役は」
「それは、めずらしいですね」
「それで人を騙せたら次は、もう、やる役はないでしょう」
「そう云うものでしょうか?」
「ええ」
「追い出されるまで、何言われても、居座れば良いと思いますが」

 いつもは否定することのない女将が、反論して、自分の言葉を伝えてくれる。
 だが、もう遅い。

「それを耐えられるのは、鋼の心臓を持っている人だけですよ。………では、ここにはもう来ませんが、お元気で」

「……お元気で」

 
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