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休めない休日
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快晴。
なんて行楽日和なんだ。
南沢は布団の中から、この雲一つない澄みきった青空を、小さい木枠の窓から見上げる。
もしも雨でも降ってくれたら、今日は行きたくない所に行かなくても良かったのに。
1日中、布団の上でゴロゴロしながら猫と遊べてただろう。
力を振り絞って上半身を上げ、布団の上に胡座をかき、ベッドの上にいくつか置いてある可愛らしいぬいぐるみの中から、ネッシーと名付けたシャチのぬいぐるみを選び、抱きしめる。
そして、深くため息を付いた。
「ね?イエティも俺と遊びたいよね」
ニャー!南沢の飼っている真っ白な猫が、それよりもご飯をくれーと暴れて強くパンチをくらわしてきた。
名前は、白色からの雪からの雪男からの、イエティとつけた。
こんなに可愛いのに可哀想だったかもしれない。
もしかして、だから乱暴に育ってしまったのか。
「痛いよ」
涙目になりながら、イエティのご飯を用意しに立ち上がった。
そもそも、ことの発端は夏休み前にきた桃夢先輩からのメールだった。
『ミステリー研究会で夏休みに活動を行うことになったのだが、盆休みに車を出してくれないか?』
俺は、送迎だけで良いのかと思い、日頃、桃夢先輩にはお世話になっているので快諾した。
ちなみに、先輩をつけるのは高校時代のなごりで、仕事中はちゃんと名字に先生をつけている。
よくよく聞いてみると、送迎だけではなく保護者としても頑張ってくれ、という内容だった。
それは普通の人なら造作もない事なのだろう。
しかし、根暗な俺にとっては青春真っ盛りの高校生と対峙するのは過酷な内容で、後日に改めて丁重に断ったのだが許されなかった。
それに、先輩権限を行使してきたら、断れない性格を知られている。
海やら山やら、どこに行くかには紆余曲折あったが、結局車で往復1時間もあれば簡単に行ける遊園地になったらしい。
隣には水族館もあるが、地元にもあるし行かないと一致団結したそうだ。
桃夢先輩は、絶叫系の全般が嫌いで、スピードがある乗り物もすぐ酔うらしい。
さらに、ミステリー研究会顧問のはずなのに、お化け屋敷も怖いという遊園地に行ったとしても、全く楽しめない人間なのだ。
「きっと、無理やり乗せられるのを不安に思って、俺を巻き込む事にしたんだろうな」
そう、つぶやき、覚悟を決めて準備をはじめる。
イエティは、のんきにご飯を食べ終え腹を見せて転がっている。
どうやら、こちらを見る気もないらしい。
待ち合わせは鎌倉駅前に9時半ということなので、あと1時間半はある。
それまでに、徒歩30分かかる実家まで、家族保険に入っている8人乗の車を借りに行くかなくてはならない。
兄が購入したというのに、本人が1度も乗っていない車が実家には3台置いてある。
その恩恵に預かり、スポーツカーと、8人乗のミニバンと、セダンを必要に応じて、ありがたく使わせてもらっている。
兄は有名な美容師らしく、髪のカットもタダでしてくれるし、季節ごとに服が大量にお下がりがくる。
しかも洋服はセットでくれるので、自分で考えなくても良いという安心システムだ。
ただ、先の尖っていて、昭和の下駄箱には入らない迷惑な靴や、どう洗って良いのか分からないヘビの皮のような服はあっても困るので、実家にしまわれている。
イエティとネッシーのバトルをのんびり見てたら、もうアパートを出なくてはならない時間になってしまった。
「今日は、どっかのブランドの新作とか言ってた、このセットでよいか」
あまり着心地が良くないラメが入ったクリームイエローのシャツと、良くわからない傷が入っているデニムにする。
靴は、歩くだろうからスニーカーが良いかな。
そして、玄関にある鏡を見て、自分を明るい性格だと思い込ませる。
自分のキャラクター作りは年季が入り、自然と無理なくできるようになっていた。
そうでもしないと、話すのが苦手なため、何も喋られなくなるからだ。
「よし!頑張ろう!」
気合を入れるために、軽く両頬を手で叩いた。
ミニバンを巧みに操り駅に着くと、みんなはもう揃っていた。
「南沢先生!今日は、お世話になります!」
生徒たちが声を揃えて挨拶をしながら車に乗り込む。
「はいはい。お世話しますよ。みんな、良い子でね」
茶化した子供扱いに生徒たちはブーブー言いながらも、みんなの顔は笑顔だ。
夏休みの鎌倉はとても混んでいて、長い間、車をとめられないため、急いでドアを閉める。
助手席には桃夢先輩が座っている。
「南沢、本当に悪い。今日の帰りにスーパーで高い酒を買ってやるから」
そう言って、すまなそうな演技をして、頭を下げる。
酒を与えればなんでも許してくれると思っているらしい。
貰えるものは貰うが。
まあ、酒などくれなくても、桃夢先輩に少しでも恩返しが出来るのなら俺は嬉しいのだが。
先輩から貰った優しさは一生かけても返せないくらいだろう。
「では、みなさま、出発いたしまーす!」
明るく、バスガイド風な声を生徒たちにかけ、優しくアクセルを踏む。
色々歴史が深そうな山道をぬけ、いつもの見慣れた海ではない別の海へ行く。
普段、よっぽどのことがないと休日に家から出ることはないので、いつも見ない風景に少しだけ心が踊る。
すると、長い橋が見えてきて、近くにある駐車場に車をとめることにした。
しばらく、ワイワイとはしゃぎながら歩くと、入園チケット売り場が見えてくる。
1番楽しみにしていただろう、夏葉が嬉しそうに提案する。
「学割きくし、1日乗り放題チケット買って端から順番に回ろうよ!」
夏葉が仕切り始めたら、きっとジェットコースター中心の流れになるだろう。
桃夢先輩の目が笑ってないし、顔色も悪いようだ。
変な所で桃夢先輩はプライドが高いから、助け舟を出してあげなくては。
南沢は、生徒たちに聞こえるように大きな声で提案する。
「大人数だと動きづらいさ。絶叫チームとのんびりチームで二手に別れない?どう?」
そう言って、表情を確認する。
「それ良いと思います!」
「同じく!」
絶叫がそんな得意じゃない凪夜と、大学入試の勉強に飽きてしまい気晴らしで遊びに来た渡瀬が間髪入れず反応した。
「じゃあ、のんびり回りたい人は桃夢先輩の所に集合して。乗り物乗りたい人は俺のところ。いっせーのーせっ!ハイッ!!」
掛け声と同時に、パタパタみんなが動く。
南沢チームは、夏葉、春人、丈一郎
桃夢チームは、渡瀬、凪夜
予想通りのチームだ。
「はい。決まり!昼は13時に、中央広場に集合な」
車の中で、お菓子を食べ続けていたから少し昼は遅いくらいでちょうど良いだろう。
南沢は、解散!と号令をかけた。
その後、各グループは園内の地図を見てまわる順番を確認している。
その様子を見ていたら、横にいた桃夢先輩が顔を近づけて小声で話してきた。
「何か、流れで仕切らせちゃってすまない。大丈夫か?」
南沢は親指を立て、不敵に笑う。
「もちろんです。スイッチの入った俺は無敵なんで」
たいてい、このスイッチが切れると省エネモードになり回復まで時間はかかるだろうが、しばらく仕事も休みなので問題ないだろう。
桃夢先輩は、じゃ、またな!と言いながらベンチに向かって行った。
「では絶叫チームの仲間たち、昼の集合までにコースター系は全部乗るぞー!」
「おーー!」
拳を4人で突き上げた。
ベンチに座っているのんびりチームを横目に、南沢たちは歩き出す。
夏葉は、下調べでルートを決めてきたらしく迷いなく歩きだした。
「夏葉さんの行きたいところに行こう。春人と丈一郎も良いよな」
きっと、彼らの性格を考えたら選んでもらった方が楽だろう。
「えっ?!いいの?みんな、ありがとう。じゃ、まず、これ!」
いつも、冷静な夏葉らしからぬテンションで嬉しがり、すごい勢いで一点を指さした。
それは、海賊船だった。
正確には、海賊船の形をした前後に揺れる乗り物だ。
実際には嵐の中の船だって、こんなに揺れないだろう。
こんなに揺れたら沈没してしまうだろうな。
そんな、どうでも良いことを考えて現実逃避をしてしまうぐらい、海賊船の中から悲鳴が聞こえていた。
乗り終えた後も、ずっとずっと乗り続けた。散々、風を浴び続けて髪もグチャグチャだ。
兄がもしここにいたらクシと整髪剤を持って、怒りながら直したくなるだろう。
胸がムカムカするし、歩いている時も揺れている気がする。
「たのしかったぁーーー!乗りたかったのは全部乗れたよ。集合場所に早いけど、行きましょう?南沢先生」
夏葉が楽しさで赤くなった顔を、園内マップでパタパタあおぎながら南沢へ振り向く。
春人と丈一郎も、まだまだ元気なようで、中央広場まで走って競争するようだ。
「南沢先生。もう、広場まで一直線で迷いようがないから、ゆっくりきて良いですよ。スマホもあるし」
夏葉が軽い口調で言う。
南沢は年寄り扱いされてしまったが、ありがたい申し出だったので言葉に甘えることにした。
「ごめん。気を使わせて。少し俺は休む。でも、絶対に!迷子にならないで!」
なりませんよ。高校生ですよ?と、笑いながら言いながら春人と丈一郎を夏葉は追いかけていった。
南沢は、精神疲労と肉体疲労で近くのベンチに倒れ込むように座る。
「やっぱり、仕事とは違うなぁ。ルーティンじゃない分、疲れた」
にぎやかに騒いでいる子供や若者を見て、楽しそうだなぁ、と、ため息をつく。南沢は自分の暗い学生時代を思い出していた。
南沢は、森守の山学園を卒業している。
オカルト研究会があるのは、このあたりではこの学校だけだったので、どうしても入りたくて入学したのだ。
当時はミステリー研究会と合同で活動していたので、1つ上の先輩である桃夢とも仲が良かった。
その頃を思い出す。
「ずっと超常現象について研究してる高校生ってどうなんだろう。もっと楽しく過ごせば良かった。UFOなんて来なかったし。良かった点は、封印の護符を何も見ずに書けるくらい。今、まったく役に立たないけど」
こぼれたジュースの上を溺れそうになりながら歩いている蟻を見続けながら、愚痴をこぼす。
ふと、手首の時計を見ると、あと5分で集合時間だ。
大きく深呼吸をして、気持ちを切り替えた。
そこには、すでに全員そろっていて、ご飯を食べたあとの計画を立てているようだ。
凪夜が、南沢に気づき走ってくる。
「午後は、ショッピングモールを見てから、海を見て帰ることにしました。もう、みんな満足してるみたいです」
「そっかぁ。良かった良かった。みんな、えらいな。ちゃんと行動出来て。俺も塾長に菓子でも買って帰るよ」
たいていクッキーなど観光地で売っているものは、どこでも同じ味だが可愛いプリントがされていたりして、見るだけでも楽しいのだ。食べるのをためらってしまうくらい。
水族館もあるからか、魚やイルカのグッズが多い。
店の中を眺めながら、コンビニで買ってきたサンドイッチを急いで食べ終える。
そうして、土産見てくるとみんなに声をかけてから小走りで店に走っていった。
思わずさわりたくなるフワフワのぬいぐるみを、興味ないフリをして物色していると、店の端の方に大きな透明の球体が鎮座しているのが見えた。
その中に小さな紙がヒラヒラと舞っている。
穴が2つほどあいているのは手を入れるところだろうか。
看板を見ると、どうやらクジのようで、店番の女性がテンション高めに営業をしている。
横には、つぶらな瞳のまんまるなアシカのぬいぐるみが並んでいて、おウチに連れて帰って?とおねだりされているようだ。
目が離せないほど可愛いが、かといって今は買えない。
ネットで買うか、また後日ここに来るかを悩んでいたら、生徒たちが昼ご飯を食べ終え、やってきてしまった。
いち早く、渡瀬がクジの舞っていることに気づき反応をする。
「わざわざ、クジを引かせるために大掛かりな仕掛けをするとは、さすがですなぁ。スノードームか何かを模しているのでは。南沢先生?」
「そうかもねー」
南沢は、渡瀬に適当に話を合わせ、じっと見てたことを恥じるように場所を移動する。
すると、南沢と入れ替わるように桃夢がやってきて、店の人にお金を支払っていた。
「なぁ、南沢。クジ運が良いから代わりにやってよ」
桃夢が手招きしている。
南沢は、しょうがないなぁ、という顔をして、球体の中に手を突っこみ1枚取る。
「何が出た?」
「2等だった」
その言葉に待ってました!とばかりに店員が歓声をあげ、カランカランと手に持っていた鐘を鳴り響かせる。
遠くにいた部員たちも音に気付いてやってきた。
「すごいね。2等?アシカ、かわいい。桃夢先生に似てるね」
みんなが、そんな感想を言いながら、親しみやすいユーモアある顔のアシカと桃夢を見比べている。
「そうかぁ?そんな、顔かなぁ。」
腑に落ちないようだ。
すると、小柄な女性店員が、隠してしまうくらい大きなアシカのぬいぐるみを抱きかかえて、おめでとうございます、と南沢に渡してきた。
つい抱きしめると、フワフワで可愛くて癒やされる。
でも、離れなくてはならない。クジをひかせてはくれたけれど自分のものじゃない。
「はい。とうぞ。桃夢先輩」
さよなら、アシカ。心のなかでは、別れが悲しくて泣いている。
「南沢。今日のお礼だよ。あげる」
桃夢先輩は、にこにこしながら南沢にアシカを押し付けてくる。
しかし、俺の中の作り上げたキャラクターが、ここは女性の夏葉にあげるべきなのでは?と提案している。
しばし、夏葉を見てチラチラ見て葛藤していると、それに気付いた夏葉が手を横に振った。
「私、可愛いものに興味ないのでいらないですよ。」
「えっ?そうなの?こんなに可愛いんだよ?」
アシカのつぶらな瞳を見ていたら、つい本音が出てしまった。
「はい、それに、南沢先生、かわいいもの好きでしょう?部員の全員、実は南沢先生が性格が暗くて、身の回りの事に無頓着で、可愛いものが大好きって知ってますよ。夏休み前に桃夢先生が言ってたので」
南沢は思いがけない言葉に、持っていたアシカを思わず強く抱きしめてしまう。
そして、急いで桃夢の方を見るがお菓子売り場の方へ逃げてしまっていたようだ。
「そっか、そっかぁー。」
力が抜けてしゃがみこんでしまう。
「だから、私達の前では隠さなくても大丈夫です。まぁ、キャラクターを作ってたほうが生活するのに楽だったら、そのままでも良いです」
腕の中にいるフワフワに恥ずかしさのあまり顔を埋めながら、南沢はモゴモゴと話す。
「やさしいな、みんな。ありがとう。この子、大切にするわ。」
なんて行楽日和なんだ。
南沢は布団の中から、この雲一つない澄みきった青空を、小さい木枠の窓から見上げる。
もしも雨でも降ってくれたら、今日は行きたくない所に行かなくても良かったのに。
1日中、布団の上でゴロゴロしながら猫と遊べてただろう。
力を振り絞って上半身を上げ、布団の上に胡座をかき、ベッドの上にいくつか置いてある可愛らしいぬいぐるみの中から、ネッシーと名付けたシャチのぬいぐるみを選び、抱きしめる。
そして、深くため息を付いた。
「ね?イエティも俺と遊びたいよね」
ニャー!南沢の飼っている真っ白な猫が、それよりもご飯をくれーと暴れて強くパンチをくらわしてきた。
名前は、白色からの雪からの雪男からの、イエティとつけた。
こんなに可愛いのに可哀想だったかもしれない。
もしかして、だから乱暴に育ってしまったのか。
「痛いよ」
涙目になりながら、イエティのご飯を用意しに立ち上がった。
そもそも、ことの発端は夏休み前にきた桃夢先輩からのメールだった。
『ミステリー研究会で夏休みに活動を行うことになったのだが、盆休みに車を出してくれないか?』
俺は、送迎だけで良いのかと思い、日頃、桃夢先輩にはお世話になっているので快諾した。
ちなみに、先輩をつけるのは高校時代のなごりで、仕事中はちゃんと名字に先生をつけている。
よくよく聞いてみると、送迎だけではなく保護者としても頑張ってくれ、という内容だった。
それは普通の人なら造作もない事なのだろう。
しかし、根暗な俺にとっては青春真っ盛りの高校生と対峙するのは過酷な内容で、後日に改めて丁重に断ったのだが許されなかった。
それに、先輩権限を行使してきたら、断れない性格を知られている。
海やら山やら、どこに行くかには紆余曲折あったが、結局車で往復1時間もあれば簡単に行ける遊園地になったらしい。
隣には水族館もあるが、地元にもあるし行かないと一致団結したそうだ。
桃夢先輩は、絶叫系の全般が嫌いで、スピードがある乗り物もすぐ酔うらしい。
さらに、ミステリー研究会顧問のはずなのに、お化け屋敷も怖いという遊園地に行ったとしても、全く楽しめない人間なのだ。
「きっと、無理やり乗せられるのを不安に思って、俺を巻き込む事にしたんだろうな」
そう、つぶやき、覚悟を決めて準備をはじめる。
イエティは、のんきにご飯を食べ終え腹を見せて転がっている。
どうやら、こちらを見る気もないらしい。
待ち合わせは鎌倉駅前に9時半ということなので、あと1時間半はある。
それまでに、徒歩30分かかる実家まで、家族保険に入っている8人乗の車を借りに行くかなくてはならない。
兄が購入したというのに、本人が1度も乗っていない車が実家には3台置いてある。
その恩恵に預かり、スポーツカーと、8人乗のミニバンと、セダンを必要に応じて、ありがたく使わせてもらっている。
兄は有名な美容師らしく、髪のカットもタダでしてくれるし、季節ごとに服が大量にお下がりがくる。
しかも洋服はセットでくれるので、自分で考えなくても良いという安心システムだ。
ただ、先の尖っていて、昭和の下駄箱には入らない迷惑な靴や、どう洗って良いのか分からないヘビの皮のような服はあっても困るので、実家にしまわれている。
イエティとネッシーのバトルをのんびり見てたら、もうアパートを出なくてはならない時間になってしまった。
「今日は、どっかのブランドの新作とか言ってた、このセットでよいか」
あまり着心地が良くないラメが入ったクリームイエローのシャツと、良くわからない傷が入っているデニムにする。
靴は、歩くだろうからスニーカーが良いかな。
そして、玄関にある鏡を見て、自分を明るい性格だと思い込ませる。
自分のキャラクター作りは年季が入り、自然と無理なくできるようになっていた。
そうでもしないと、話すのが苦手なため、何も喋られなくなるからだ。
「よし!頑張ろう!」
気合を入れるために、軽く両頬を手で叩いた。
ミニバンを巧みに操り駅に着くと、みんなはもう揃っていた。
「南沢先生!今日は、お世話になります!」
生徒たちが声を揃えて挨拶をしながら車に乗り込む。
「はいはい。お世話しますよ。みんな、良い子でね」
茶化した子供扱いに生徒たちはブーブー言いながらも、みんなの顔は笑顔だ。
夏休みの鎌倉はとても混んでいて、長い間、車をとめられないため、急いでドアを閉める。
助手席には桃夢先輩が座っている。
「南沢、本当に悪い。今日の帰りにスーパーで高い酒を買ってやるから」
そう言って、すまなそうな演技をして、頭を下げる。
酒を与えればなんでも許してくれると思っているらしい。
貰えるものは貰うが。
まあ、酒などくれなくても、桃夢先輩に少しでも恩返しが出来るのなら俺は嬉しいのだが。
先輩から貰った優しさは一生かけても返せないくらいだろう。
「では、みなさま、出発いたしまーす!」
明るく、バスガイド風な声を生徒たちにかけ、優しくアクセルを踏む。
色々歴史が深そうな山道をぬけ、いつもの見慣れた海ではない別の海へ行く。
普段、よっぽどのことがないと休日に家から出ることはないので、いつも見ない風景に少しだけ心が踊る。
すると、長い橋が見えてきて、近くにある駐車場に車をとめることにした。
しばらく、ワイワイとはしゃぎながら歩くと、入園チケット売り場が見えてくる。
1番楽しみにしていただろう、夏葉が嬉しそうに提案する。
「学割きくし、1日乗り放題チケット買って端から順番に回ろうよ!」
夏葉が仕切り始めたら、きっとジェットコースター中心の流れになるだろう。
桃夢先輩の目が笑ってないし、顔色も悪いようだ。
変な所で桃夢先輩はプライドが高いから、助け舟を出してあげなくては。
南沢は、生徒たちに聞こえるように大きな声で提案する。
「大人数だと動きづらいさ。絶叫チームとのんびりチームで二手に別れない?どう?」
そう言って、表情を確認する。
「それ良いと思います!」
「同じく!」
絶叫がそんな得意じゃない凪夜と、大学入試の勉強に飽きてしまい気晴らしで遊びに来た渡瀬が間髪入れず反応した。
「じゃあ、のんびり回りたい人は桃夢先輩の所に集合して。乗り物乗りたい人は俺のところ。いっせーのーせっ!ハイッ!!」
掛け声と同時に、パタパタみんなが動く。
南沢チームは、夏葉、春人、丈一郎
桃夢チームは、渡瀬、凪夜
予想通りのチームだ。
「はい。決まり!昼は13時に、中央広場に集合な」
車の中で、お菓子を食べ続けていたから少し昼は遅いくらいでちょうど良いだろう。
南沢は、解散!と号令をかけた。
その後、各グループは園内の地図を見てまわる順番を確認している。
その様子を見ていたら、横にいた桃夢先輩が顔を近づけて小声で話してきた。
「何か、流れで仕切らせちゃってすまない。大丈夫か?」
南沢は親指を立て、不敵に笑う。
「もちろんです。スイッチの入った俺は無敵なんで」
たいてい、このスイッチが切れると省エネモードになり回復まで時間はかかるだろうが、しばらく仕事も休みなので問題ないだろう。
桃夢先輩は、じゃ、またな!と言いながらベンチに向かって行った。
「では絶叫チームの仲間たち、昼の集合までにコースター系は全部乗るぞー!」
「おーー!」
拳を4人で突き上げた。
ベンチに座っているのんびりチームを横目に、南沢たちは歩き出す。
夏葉は、下調べでルートを決めてきたらしく迷いなく歩きだした。
「夏葉さんの行きたいところに行こう。春人と丈一郎も良いよな」
きっと、彼らの性格を考えたら選んでもらった方が楽だろう。
「えっ?!いいの?みんな、ありがとう。じゃ、まず、これ!」
いつも、冷静な夏葉らしからぬテンションで嬉しがり、すごい勢いで一点を指さした。
それは、海賊船だった。
正確には、海賊船の形をした前後に揺れる乗り物だ。
実際には嵐の中の船だって、こんなに揺れないだろう。
こんなに揺れたら沈没してしまうだろうな。
そんな、どうでも良いことを考えて現実逃避をしてしまうぐらい、海賊船の中から悲鳴が聞こえていた。
乗り終えた後も、ずっとずっと乗り続けた。散々、風を浴び続けて髪もグチャグチャだ。
兄がもしここにいたらクシと整髪剤を持って、怒りながら直したくなるだろう。
胸がムカムカするし、歩いている時も揺れている気がする。
「たのしかったぁーーー!乗りたかったのは全部乗れたよ。集合場所に早いけど、行きましょう?南沢先生」
夏葉が楽しさで赤くなった顔を、園内マップでパタパタあおぎながら南沢へ振り向く。
春人と丈一郎も、まだまだ元気なようで、中央広場まで走って競争するようだ。
「南沢先生。もう、広場まで一直線で迷いようがないから、ゆっくりきて良いですよ。スマホもあるし」
夏葉が軽い口調で言う。
南沢は年寄り扱いされてしまったが、ありがたい申し出だったので言葉に甘えることにした。
「ごめん。気を使わせて。少し俺は休む。でも、絶対に!迷子にならないで!」
なりませんよ。高校生ですよ?と、笑いながら言いながら春人と丈一郎を夏葉は追いかけていった。
南沢は、精神疲労と肉体疲労で近くのベンチに倒れ込むように座る。
「やっぱり、仕事とは違うなぁ。ルーティンじゃない分、疲れた」
にぎやかに騒いでいる子供や若者を見て、楽しそうだなぁ、と、ため息をつく。南沢は自分の暗い学生時代を思い出していた。
南沢は、森守の山学園を卒業している。
オカルト研究会があるのは、このあたりではこの学校だけだったので、どうしても入りたくて入学したのだ。
当時はミステリー研究会と合同で活動していたので、1つ上の先輩である桃夢とも仲が良かった。
その頃を思い出す。
「ずっと超常現象について研究してる高校生ってどうなんだろう。もっと楽しく過ごせば良かった。UFOなんて来なかったし。良かった点は、封印の護符を何も見ずに書けるくらい。今、まったく役に立たないけど」
こぼれたジュースの上を溺れそうになりながら歩いている蟻を見続けながら、愚痴をこぼす。
ふと、手首の時計を見ると、あと5分で集合時間だ。
大きく深呼吸をして、気持ちを切り替えた。
そこには、すでに全員そろっていて、ご飯を食べたあとの計画を立てているようだ。
凪夜が、南沢に気づき走ってくる。
「午後は、ショッピングモールを見てから、海を見て帰ることにしました。もう、みんな満足してるみたいです」
「そっかぁ。良かった良かった。みんな、えらいな。ちゃんと行動出来て。俺も塾長に菓子でも買って帰るよ」
たいていクッキーなど観光地で売っているものは、どこでも同じ味だが可愛いプリントがされていたりして、見るだけでも楽しいのだ。食べるのをためらってしまうくらい。
水族館もあるからか、魚やイルカのグッズが多い。
店の中を眺めながら、コンビニで買ってきたサンドイッチを急いで食べ終える。
そうして、土産見てくるとみんなに声をかけてから小走りで店に走っていった。
思わずさわりたくなるフワフワのぬいぐるみを、興味ないフリをして物色していると、店の端の方に大きな透明の球体が鎮座しているのが見えた。
その中に小さな紙がヒラヒラと舞っている。
穴が2つほどあいているのは手を入れるところだろうか。
看板を見ると、どうやらクジのようで、店番の女性がテンション高めに営業をしている。
横には、つぶらな瞳のまんまるなアシカのぬいぐるみが並んでいて、おウチに連れて帰って?とおねだりされているようだ。
目が離せないほど可愛いが、かといって今は買えない。
ネットで買うか、また後日ここに来るかを悩んでいたら、生徒たちが昼ご飯を食べ終え、やってきてしまった。
いち早く、渡瀬がクジの舞っていることに気づき反応をする。
「わざわざ、クジを引かせるために大掛かりな仕掛けをするとは、さすがですなぁ。スノードームか何かを模しているのでは。南沢先生?」
「そうかもねー」
南沢は、渡瀬に適当に話を合わせ、じっと見てたことを恥じるように場所を移動する。
すると、南沢と入れ替わるように桃夢がやってきて、店の人にお金を支払っていた。
「なぁ、南沢。クジ運が良いから代わりにやってよ」
桃夢が手招きしている。
南沢は、しょうがないなぁ、という顔をして、球体の中に手を突っこみ1枚取る。
「何が出た?」
「2等だった」
その言葉に待ってました!とばかりに店員が歓声をあげ、カランカランと手に持っていた鐘を鳴り響かせる。
遠くにいた部員たちも音に気付いてやってきた。
「すごいね。2等?アシカ、かわいい。桃夢先生に似てるね」
みんなが、そんな感想を言いながら、親しみやすいユーモアある顔のアシカと桃夢を見比べている。
「そうかぁ?そんな、顔かなぁ。」
腑に落ちないようだ。
すると、小柄な女性店員が、隠してしまうくらい大きなアシカのぬいぐるみを抱きかかえて、おめでとうございます、と南沢に渡してきた。
つい抱きしめると、フワフワで可愛くて癒やされる。
でも、離れなくてはならない。クジをひかせてはくれたけれど自分のものじゃない。
「はい。とうぞ。桃夢先輩」
さよなら、アシカ。心のなかでは、別れが悲しくて泣いている。
「南沢。今日のお礼だよ。あげる」
桃夢先輩は、にこにこしながら南沢にアシカを押し付けてくる。
しかし、俺の中の作り上げたキャラクターが、ここは女性の夏葉にあげるべきなのでは?と提案している。
しばし、夏葉を見てチラチラ見て葛藤していると、それに気付いた夏葉が手を横に振った。
「私、可愛いものに興味ないのでいらないですよ。」
「えっ?そうなの?こんなに可愛いんだよ?」
アシカのつぶらな瞳を見ていたら、つい本音が出てしまった。
「はい、それに、南沢先生、かわいいもの好きでしょう?部員の全員、実は南沢先生が性格が暗くて、身の回りの事に無頓着で、可愛いものが大好きって知ってますよ。夏休み前に桃夢先生が言ってたので」
南沢は思いがけない言葉に、持っていたアシカを思わず強く抱きしめてしまう。
そして、急いで桃夢の方を見るがお菓子売り場の方へ逃げてしまっていたようだ。
「そっか、そっかぁー。」
力が抜けてしゃがみこんでしまう。
「だから、私達の前では隠さなくても大丈夫です。まぁ、キャラクターを作ってたほうが生活するのに楽だったら、そのままでも良いです」
腕の中にいるフワフワに恥ずかしさのあまり顔を埋めながら、南沢はモゴモゴと話す。
「やさしいな、みんな。ありがとう。この子、大切にするわ。」
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この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
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