皇帝の肉便器

眠りん

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五話

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 遺書の内容は当たり障りのないものが出来上がった。
 だが、誰がフレッサの雇い主か知られる訳にはいかない為、祖国に送る事も出来ない。

 なので、書いた内容を祖国の新聞に記載して欲しい旨を先に書いておいた。
 任務を失敗してしまった事、情報は一切漏らしていないから安心して欲しいという事等、最後に謝罪文を載せて文を終えた。

 やる事がなくなると暇になった。
 何度も子供の頃から今までの記憶を辿ったが、すぐにやめた。

 今までの人生は孤独でしかなかった。信じられるものは自分だけ。一つの判断ミスで祖国を危険に晒す事になる。
 そんな緊張感の中で生きてきた。そんな生き方を幸せだとも不幸だとも思った事はない。
 それが日常だったからだ。

 思い出すと虚しくなった。不幸ではなかったが、楽しさや嬉しさも感じた事はない。
 周囲で笑っている人を見ると、羨ましいと思った事があるのも事実だった。

(本当は……俺も、誰かを信頼したり、心を許したかったのかもしれない)


 十数時間が経った頃、誰かに尻を触られた。ビクリと身体が反応する。
 この一年間の拷問に耐えてきたフレッサ。何をされても耐えられる自信があったのだが、優しく撫でるような手つきには慣れていない。

 生まれて初めて感じた他人からの優しさだ。どんな人物かも知らない相手にもかかわらず、その手に慈悲のようなものが感じられた。

 アナルは拷問を受けている際に、何度も拡張された事があり、何度か裂けた事がある。
 その傷は既に治っているが、知らない男のペニスを難なく受け入れた。

「……んぁっ……?」

 フレッサは自分の声に驚いた。アナルの圧迫感だけでない、甘く痺れる快楽が脳に響く。
 拷問の時に腸内を弄られた時でさえ、呻き声一つ出さなかったフレッサだが、ペニスで擦られただけで情けない喘ぎ声が喉の奥から漏れた。

「あ……ぅ、……んっ、あっ」

 恥ずかしくなった。どれだけ痛みを受けても極秘情報を漏らさない自信があったのに、今は耐えきれずに喘いでしまっている。

 スパイとして、どれだけ辱められたとしても自身の矜恃を持ったまま死ねると思っていた。
 これでは恥を晒して死ぬも同然だ。

 誰に見られているわけではないが、フレッサ自身が自分を見ている。
 こんな事で喘ぐのは自分が許せない。
 このまま情けない姿で死ぬのは、名誉を傷付けられているも同然である。

(こんな事で屈してたまるか)

 フレッサは行為が終わるまで歯を食いしばって耐えた。

 フレッサの身体で快楽を得ている男は性欲が強い。何時間も身体を揺さぶられ、何度も尻の奥に精液を流し込まれた。

 喘ぎ疲れて意識を失ったが、目が覚めると何時間も放置されている事に気付く。
 尻の中の不快さに眉を顰めた。

 目の前にもう使い終えたと思ったペンが見えた。フレッサは遺書をグチャグチャに丸めて投げ捨て、インクも地面に落とした。
 ペンだけを強く握り締め、を固定している粘土に突き刺した。


 粘土は時間が経って固くなっていた。少しずつペン先で削るが、このままでは潰れそうだ。

 数時間頑張っていると、急に尻の中や脚を水で洗われた。
 昨日の男とは手付きが違う。別人だとすぐに分かった。
 人がいる時は作業を止める。万が一でも脱出を目論んでいる事を知られたら、すぐに処刑されるだろう。

 尻を洗われた後はタオルで拭かれる。ゴシゴシと強く擦られた。
 少しして雑な扱いをする者の気配が消えた。

 フレッサの能力なら壁一つ隔てた先に人がいるかどうか、気配を感じ取る事は容易だ。
 いなくなった時を見計らい、再度粘土の壁を削っていった。


 その日も、その翌日も男はやってきた。尻を触る優しい手付きに、フレッサの顔が緩む。
 また肉便器のごとく使われて終わるのだろうと思ったが、想定外の事態が起こった。

 男がフレッサのアナルを舐めてきたのだ。

「なぁっ!?」

 またもや自分自身に驚く事になった。何をされても、声一つ上げずに耐える訓練をしてきたフレッサが、アナルを舐められただけで大声で驚いてしまったのだ。

 顔を真っ赤にして自分の頭を抱えた。大声で驚くなどあってはならない事だ。

(一度ならず二度までも、俺に恥辱を味わわせるとは……)

 しかもその男はアナルだけでは飽き足らず、フレッサのペニスまで舐め始めたのだ。
 その時、フレッサ自身のペニスが勃ってしまっている事に気付いた。

(アナルを舐められて勃起したのか? この俺が?)

 スパイに性欲は必要ないと教育され、性欲を抑える訓練を受けてきた。
 昨日ですらフレッサは一度も射精はしていない。それなのに、今は舐められた程度で勃起した。

 原因は分かっている。この男の舌が気持ち良すぎるのだ。
 フレッサをイかせようと慣れないながらも、たどたどしく一生懸命舐める男の姿勢に、フレッサは心から感じてしまった。

 この男に興味が湧いた。
 清純さを感じさせる優しい手つきなのに、相反するように下半身は性欲旺盛な人間は、どんな顔をしているのだろうか。
 フレッサがここから逃げようと思っているのは、彼の顔が見てみたいからに過ぎない。
 ここから脱出して、彼の顔さえ見る事が出来たなら、どんな罰でも受ける気でいる。


 フレッサの感覚で何日経ったか分からないが、一日に一度、おそらく夜に彼がやってくると気付いた。
 肉便器となってから、およそ四日経っていると予想する。

 ペン先は完全に潰れてしまい、突き刺してもなかなか削れなくなった。少しでも穴を開けられれば、抜け出すのも容易となるだろう。
 だが、壁の半分も削れていないように感じられた。

 いつ餓死してもおかしくはない。そんなフレッサを突き動かしているのは、ただ彼の顔が見たいという欲求だ。
 その為なら、残虐な処刑をされてもいいと思える程、彼への思いが生命を繋ぎ止めていた。


 そして、七日目。いつものように尻と足を洗われた後、彼らがいなくなってから、ひしゃげたペンで粘土の壁を削るとようやく向こう側が見えた。

 まだ五ミリ程度の小さな穴だ。
 今、穴を広げてしまうわけにはいかないので、その周辺も脆くなるように削っていった。

 そしてその日の夜。
 彼は来なかった。最後に肉便器の仕事を終えてから脱出しようと思っていたが、どれだけ待っても彼は来ない。

 フレッサは待つ事をやめ、すぐに壁に穴を広げた。脆くなった部分をペンが壊れるのも構わずにガツガツ削ればすぐだった。

 胸部まで外に出せたが肩で引っかかる。迷わず両肩の関節を外して抜け出す事に成功。
 肩を治して最初の扉を開いた。次の扉が見えた。鍵が掛かっていたが、懇親の力で扉に体当たりをすると、すぐに扉は開いた。

 だが、これで最後の体力を使い切ったようだ。衰えた筋肉、痩せ細った身体、飢えを感じる程の空腹も重なり、身体が重くなる。

 廊下に出ると一人の男がこちらを見つめていた。
 驚いた顔だが、凛々しさを感じさせる整った顔立ち、権力者であると分かる特別なデザインの服装に包まれた身体はすらりとしているようで逞しい。
 大きな手に、フレッサを熱く見つめる眼差し。

 ──彼だ。すぐに分かった。

 フレッサは走り出した。見たくて見たくてたまらなかった彼。
 七日間も身体を繋ぎ、顔は見えずとも信頼関係に似た何かを感じていた彼。

(会いたかった)

 どんな危険があろうと、彼の顔を見るまでは死ねないと食いしばってどうにか生き延びてきた。
 彼の近くまで辿り着くと目が合った。

 彼の瞳の奥には神のような慈悲が見えた気がした。
 優しい手つきをしていたのが納得出来る。

 フレッサはその場で倒れ込んだ。
 彼の顔が見れた。それだけで、もうこの世に未練はないと意識を手放した。
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