夏休みの夕闇~刑務所編~

苫都千珠(とまとちず)

文字の大きさ
66 / 67
第七章 二人の夏休みへ

天国の海

しおりを挟む
寄せては返す、波の音が聞こえる。僕の記憶の一番深いところにある景色。終わらない波の音、潮風の匂い。ただ穏やかな、時の流れ。


僕は波間を泳いでいる。夏の海の中は温かくて気持ちがいい。僕を全部包み込んでくれて、癒やされる。幼い頃、海辺で過ごした夏の日を、ぼんやりと思い出す。


僕がいるのは天国の海。だからこんなに幸せなんだ。やっと僕の全部を受け入れてくれる場所を見つけた。22年もかかったよ。すごく長かった。

僕の人間性は神様を信じることで成り立っていたのに、僕の側にもう神様はいない。……今まさに『禁忌』を犯しているから。でも、そのおかげで本物の天国に行くことができた。

この天国に行く権利を与えてくれたのは――そう、悔しいけど、あのカミサマだ。そう思うと、癪ではあるけど、感謝しなくてはいけないのかもしれない。僕に、天国の永住権を与えてくれたことに。


でもさ、自分の神様を信じていない僕って、本当に僕なのかな?君を犠牲にしてすごく自分勝手なひどいことをして、自分だけは幸せな思いをして生き延びていいのか?

…………いや、いいだろ。そろそろ誰かからゆるしてもらってもいい気がする。他の誰でもなく、君に赦してもらいたい。……どうかな、赦してくれないかもしれないな。赦してほしいならそもそもこんな風に、寝ている君を勝手に抱いてはいけないのに。


……ああ、駄目だ、考えようとすると頭がズキズキと痛む。これ以上何も考えたくない。海の中で癒やされたい。頭の痛みも、良心の呵責も、いままでの苦しみも、この海に入っている間は感じない。
目の前の海に入れば、心の傷が癒えていく。身体も温まる。もっと浸かっていたい。海から出ると体が冷たいから、もっと温かい、深い場所まで行かなきゃ。


お願い、僕を癒して。考え事をすると頭が割れるように痛むんだ。おかしくなりそうなんだよ。火置ひおきさん、僕を助けて……。奥まで受け入れて……。

海に潜る。潜って、潜って……。


チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ……



どうしてこんなに優しくて、柔らかいの?僕のこと、受け入れてくれてるから?……そうだと信じたい。この柔らかさだけが真実なんだ。

僕をもっと受け入れて。お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い…………


チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ……


必死に泳ぐと、泳ぐのに合わせて波の音が聞こえる。この波の音色、なんて心地いいんだろう。ずっと聞いていたい。行かないで、逃げないで、受け入れて……お願いだから……。


とたん、さざなみが起こる。一瞬潮が引いて、海が震えだす。


……怒ってる……?海は優しいけど、恐い。すべてを受け入れて、すべてを飲み込むから。


でも……飲み込まれるなら別にいいや。拒絶されるよりずっといい。飲み込まれてしまえば、何も考えずに済む。考えることを、できなくさせて欲しい。もっとたくさんの水で、僕を押し流してくれ。


体が浮き上がるような多幸感に身を任せる。僕を取り囲む海水が、柔らかく震える。このままこの海に身を委ねたい。ずっとこのままでいさせて。

そのままじっと動かないで、中の動きを感じていた。さっきは規則的に震えていた彼女の中。震えの間隔が徐々に長くなり、やがて海は凪ぐ。


彼女の呼吸と共にかすかな膨張と収縮を繰り返す。ふわふわの羽毛布団みたいで、でもピッタリと包み込んでくれて、とても優しい海。温かい海水が、僕を取り囲む。もしかして、母親のお腹の中にいた赤ん坊って、こんな気分だったのかな。そのまま眠ってしまいたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

処理中です...