湿った夏の日の記憶~初体験の相手に再会した~

越智むう

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1章 中学生

5.中2の雨の日(2)

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「――部活は、休み――」

 それだけ答えてごうは、先ほど横にかきわけられた彼女の前髪が、また雨に流されて額の中央に寄ったのに気がついた。まりんは、鬱陶うっとおしそうにそれを再び指で横に流す。慌てて傘を差し出した。彼女は、驚いたように瞳を大きく広げて、剛を見た。

「――ありがとう」

 彼女の大きな瞳を直視できずに、剛は思わず視線を逸らした。しばらく妙な沈黙が流れる。傘にぼたぼた当たる雨粒の音がうるさかった。

「……濡れてるけど、大丈夫?」

 まりんの困ったような声で、剛は自分の背中に雨が打ちつけているのに気がついた。

「ぜんぜん、大丈夫」

 彼女は自転車と身体を剛の方へ近づけ、手を伸ばすと自分の方に斜めに傾いた傘の持ち手を立てた。剛の手の上に、その手が重なった。剛は、びくっと彼女を見た。まりんは、また眉間に皺を寄せて剛を見ている。

「――風邪とかじゃないよね。部活休みって。帰る時、サッカー部、校庭で練習してたよ」

「ぜんぜん、元気」

  身長が同じくらいなので真正面に彼女の瞳があった。視線を泳がせ答える。

「――だるくて、行くの。暑いし」

「そっか」

 まりんは表情を和らげると、ふっと笑った。剛は泳がせていた視線を、その表情に止めた。
 
『娘さんもかわいい子ね』

 不意に、いつかの母親の言葉が頭に浮かんだ。

(かわいい……よな、やっぱり)

 私服のせいか、いつも学校で感じる印象と違った。学校で見るような強張った感じがなく、いつもより幼く感じた。まりんは、剛の視線に気づいて、また眉間に皺を寄せた。不思議そうにするときの彼女の癖なのだろうか。一気にきつい雰囲気が出る。

(これしない方がいいのに)

 剛は、そう思いながら聞いた。

「田中さんは、どうしたの」

「買い物に行ってたんだけど」

 まりんはちらりと自転車の前カゴを見た。大きなビニール袋が入っている。駅前の薬局の袋だった。

(――駅前の、薬局)

 クラスメイトの話を思い出して、剛は思わず袋の中に視線を移した。そこには『おむつ』と書かれたビニールのパッケージが入っていた。

「――お爺ちゃんの」

 まりんは気まずそうに、カゴの中のビニールを中が見えないように整えた。

「お爺ちゃん?――お婆さんが倒れたって、お母さんが言ってたけど」

 母親と祖母の会話を思い出してそう言うと、まりんは露骨に嫌そうな顔をした。

「お婆ちゃんは、一昨年死んだよ。うち、それで引っ越してきたの。お爺ちゃん動けないから」

「そうなんだ……。ごめん」

 また沈黙が訪れた。雨の勢いは弱くなり、ぼたぼたという音はなくなり、しとしととした振り方に変わっていた。

「傘、いる? 雨弱くなったし、俺は大丈夫だから」

 まりんに傘を押し付けて、剛はその場を去ろうとした。 

「……でも、」

 彼女は、剛の腕を掴んだ。びくっとして立ち止まり、振り返る。またしばらく、沈黙が訪れた。まりんが自転車の前かごを見る。買い物袋は水浸しになっていた。

「――田中さん、家、どっちだっけ」

 その場の止まった空気に負けた剛は自転車の向きに体制を直すと、傘を持ち直した。

「あっち。10分くらい」

 まりんはほっとしたような表情で道路の先を指さした。
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