4 / 22
1章 中学生
4.中2の雨の日(1)
しおりを挟む
だんだん気候が暑くなってくるにつれ、剛は身体を動かすのを億劫に感じるようになってきた。梅雨の雨でグラウンドで練習できないと、運動部は体育館でそろって活動することになる。蒸した中、人口密度が濃くなったそこはサウナのようだった。
兄の学年が卒業してからサッカー部は練習試合でも負け続けていて、3年生の現部長はイライラしていて、剛はよく怒鳴られた。
「部長の弟だろ!」
――今の部長はお前だろ、と心の中で悪態をつきながら、「すいません」と謝る。それにも疲れた。
サッカー部の活動は週6で平日は毎日だったが、だんだんと行くのが億劫になり、休むことが増えた。
剛の父親と母親は、自宅から車で5分くらいの、父方の祖父母の家の1階で電器屋をやっている。日中は二人ともそちらにいるので、家に帰っても誰もいない。部活をサボって誰もいないキッチンでアイスを食べていると、荷物を取りに帰ってきたらしい母親が訝し気な顔をした。
「あんた、帰ってきてるなら、お店ちょっと手伝ってよ」
面倒だったが、他にやることもないので、母親の車に乗って店に行く。父親と祖父は外に出ているらしく、店には母と祖母がいるだけだった。倉庫の荷下ろしをやってくれと言われて、店の裏で作業をしていると二人の会話が耳に入ってくる。
「――栗田先生、離婚したじゃない。真由美ちゃんが原因みたい――」
思わず耳をすませた。母親の言う『真由美ちゃん』は、田中まりんの母親のことだ。
「田中さんとこの娘さんでしょ。お父さんに似ちゃったのかね。お母さんが亡くなって、ようやく戻ってきたと思ったら、結局、男関係かい。栗田さんところの息子もねえ、子どももいたのに」
要約すると、田中まりんの母親の真由美が『栗田先生』と不倫をして、双方ともに離婚したという話らしい。『栗田さんのところの息子』という祖母の言い方に耳が慣れなかった。栗田もこの町の出身で、自分の卒業した中学校に教員として戻ってきたというのは知っていたけれど。
(栗田って結婚してたっけ)
剛は思わず首を傾げた。一度、部活終わりに顧問の栗田に車に乗せてもらって家に行ったことがあった。駅の近くのアパートだったと記憶していた。家族はいなかったと思う。
「お母さん」
奥から顔を出すと、母と祖母はぎょっとしたような顔を向けた。二人の顔を見て、剛は思わず息を飲んだ。父親の母親である祖母と、母は血は繋がっていないはずなのに、その顔がとても似て見えたからだ。
「――あんた、聞いてた?」
母親は気まずそうな顔をする。剛は「何が」と返した。
――本当は、もっと田中まりんの家のことを聞こうと思ったのだが。
(気まずいなら、はじめから、息子に聞こえるところで話すなよ)
どすん、と棚から下した家電製品の段ボールを床に置いて、二人に言う。
「全部降ろしたから帰っていい?」
「いいけど、雨降りそうだから、傘持ってきなさい」
母親は、剛の手に父親の黒い大きい傘を握らせた。
海沿いの道を歩いて帰る。母親と祖母の話を思い出した。
(――栗田は、そっか、まりんのお母さんと)
彼女が栗田の車に乗ってるのを見た、というクラスメイトの情報の真相がわかった気がして、剛は妙に明るい気持ちになった。
(そりゃ、そうだよな。中学生が先生となんて、ないだろ普通)
でも、じゃあ、彼女が『ゴム』を買ってたというのは何だろう、と考えた。
その時、ぽたぽたと、水滴が顔をつたった。
空を見上げると、真っ黒な雲から雨粒が落ちてきた。
(傘持ってて良かった)
慌てて母親に持たされた黒い傘を開くと、あっという間にぽたぽたという音はザーっという音に変わった。
ふーっとため息をつき歩き始めると、前から自転車をひいて歩いてくる同年代の少女が目に入った。
オレンジの半袖のパーカーに、ジーンズのショートパンツ。ポニーテールにされた長い黒髪が、雨でびっしょり濡れて重たそうに見える。
「まりん」
彼女と目が合う。剛は驚いて、思わず下の名前を呼んだ。
「――高梨くん? 部活じゃないの?」
まりんは、顔に貼りついた前髪を横に分けながら、眉間に皺を寄せて剛を見つめた。
兄の学年が卒業してからサッカー部は練習試合でも負け続けていて、3年生の現部長はイライラしていて、剛はよく怒鳴られた。
「部長の弟だろ!」
――今の部長はお前だろ、と心の中で悪態をつきながら、「すいません」と謝る。それにも疲れた。
サッカー部の活動は週6で平日は毎日だったが、だんだんと行くのが億劫になり、休むことが増えた。
剛の父親と母親は、自宅から車で5分くらいの、父方の祖父母の家の1階で電器屋をやっている。日中は二人ともそちらにいるので、家に帰っても誰もいない。部活をサボって誰もいないキッチンでアイスを食べていると、荷物を取りに帰ってきたらしい母親が訝し気な顔をした。
「あんた、帰ってきてるなら、お店ちょっと手伝ってよ」
面倒だったが、他にやることもないので、母親の車に乗って店に行く。父親と祖父は外に出ているらしく、店には母と祖母がいるだけだった。倉庫の荷下ろしをやってくれと言われて、店の裏で作業をしていると二人の会話が耳に入ってくる。
「――栗田先生、離婚したじゃない。真由美ちゃんが原因みたい――」
思わず耳をすませた。母親の言う『真由美ちゃん』は、田中まりんの母親のことだ。
「田中さんとこの娘さんでしょ。お父さんに似ちゃったのかね。お母さんが亡くなって、ようやく戻ってきたと思ったら、結局、男関係かい。栗田さんところの息子もねえ、子どももいたのに」
要約すると、田中まりんの母親の真由美が『栗田先生』と不倫をして、双方ともに離婚したという話らしい。『栗田さんのところの息子』という祖母の言い方に耳が慣れなかった。栗田もこの町の出身で、自分の卒業した中学校に教員として戻ってきたというのは知っていたけれど。
(栗田って結婚してたっけ)
剛は思わず首を傾げた。一度、部活終わりに顧問の栗田に車に乗せてもらって家に行ったことがあった。駅の近くのアパートだったと記憶していた。家族はいなかったと思う。
「お母さん」
奥から顔を出すと、母と祖母はぎょっとしたような顔を向けた。二人の顔を見て、剛は思わず息を飲んだ。父親の母親である祖母と、母は血は繋がっていないはずなのに、その顔がとても似て見えたからだ。
「――あんた、聞いてた?」
母親は気まずそうな顔をする。剛は「何が」と返した。
――本当は、もっと田中まりんの家のことを聞こうと思ったのだが。
(気まずいなら、はじめから、息子に聞こえるところで話すなよ)
どすん、と棚から下した家電製品の段ボールを床に置いて、二人に言う。
「全部降ろしたから帰っていい?」
「いいけど、雨降りそうだから、傘持ってきなさい」
母親は、剛の手に父親の黒い大きい傘を握らせた。
海沿いの道を歩いて帰る。母親と祖母の話を思い出した。
(――栗田は、そっか、まりんのお母さんと)
彼女が栗田の車に乗ってるのを見た、というクラスメイトの情報の真相がわかった気がして、剛は妙に明るい気持ちになった。
(そりゃ、そうだよな。中学生が先生となんて、ないだろ普通)
でも、じゃあ、彼女が『ゴム』を買ってたというのは何だろう、と考えた。
その時、ぽたぽたと、水滴が顔をつたった。
空を見上げると、真っ黒な雲から雨粒が落ちてきた。
(傘持ってて良かった)
慌てて母親に持たされた黒い傘を開くと、あっという間にぽたぽたという音はザーっという音に変わった。
ふーっとため息をつき歩き始めると、前から自転車をひいて歩いてくる同年代の少女が目に入った。
オレンジの半袖のパーカーに、ジーンズのショートパンツ。ポニーテールにされた長い黒髪が、雨でびっしょり濡れて重たそうに見える。
「まりん」
彼女と目が合う。剛は驚いて、思わず下の名前を呼んだ。
「――高梨くん? 部活じゃないの?」
まりんは、顔に貼りついた前髪を横に分けながら、眉間に皺を寄せて剛を見つめた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
婚約破棄に応じる代わりにワンナイトした結果、婚約者の様子がおかしくなった
アマイ
恋愛
セシルには大嫌いな婚約者がいる。そして婚約者フレデリックもまたセシルを嫌い、社交界で浮名を流しては婚約破棄を迫っていた。
そんな歪な関係を続けること十年、セシルはとある事情からワンナイトを条件に婚約破棄に応じることにした。
しかし、ことに及んでからフレデリックの様子が何だかおかしい。あの……話が違うんですけど!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる