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1章 中学生
7.神社に行く(1)
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まりんに背中を押されて、家を出た。彼女がばたんと勢いよく扉を閉める。外に出た瞬間剛は思わず息を大きく吸い込んだ。部屋の中のむわっとした空気と違い、外の空気は涼やかだった。雨はほとんど霧雨になっていた。
「時間は、あるけど」
ビニール傘を開いてこちらを振り返るまりんに、剛はもごもごと呟いた。どうせ家に帰ってもすることも、したいこともなかった。「良かった」と彼女は笑った。それから、言いにくそうに言った。
「……さっき言ってた、神社――森神社だっけ、場所教えてくれない?」
「え、結構遠いよ」
「歩いて行ける?」
剛は制服のズボンのポケットからスマホを取り出すと、地図アプリを開いた。
「海沿い、ずっと歩いてけば着くけど。1時間くらいかかるよ。歩くと」
まりんは、「結構遠いんだね」と言いながら地図を覗き込むと、呟いた。
「いいな、スマホ」
「田中さん、ガラケー?」
「どっちもないよ。高校入ったら買おうと思ってるけど」
少し気まずそうに彼女は目を伏せた。部活の連絡がラインで回ってくるので、剛は中学入学と同時に買ってもらった。
(買ってもらうじゃないんだ)
言葉の裏を何となく察して、一瞬黙った。
「俺は、部活の連絡とか、ラインで来るから――いるけど」
そう言って、ちらりと画面を見て「げ」と呟いた。部活仲間からメッセージが入っていた。『また休み』『部長が怒ってる』――そんな文字だけ読み取って、スマホをポケットに突っ込んだ。
「けっこう、ウザいよ。余計な連絡めっちゃ来るし」
まりんは、「そっか」と言うと、剛の顔を見た。
「時間あるなら、神社のとこまで、連れてってくれない? 道、わかんないから」
「歩いてくの?」
「うん」
空を見上げる。雨は大分小雨になっている。この調子なら、しばらくすれば止みそうだ。
(それに、帰ってもやることもないし)
「いいよ」と剛は頷いた。
また来た道を戻って、海沿いの道に出る。後は真っすぐひたすら歩いて行くだけだ。
剛が先を進んで、後ろからまりんがついてくる。何を話していいかわからず、黙々と歩いて、時々傘越しに後ろを振り返った。黒い傘の縁に、彼女の白い足と、白いサンダルが見えた。
「――部活、辞めないの?」
急に話しかけられて、驚いて振り返る。まりんも急に振り返られて、驚いたような顔をしていた。
「え?」
「えっと、部活辞めないのかなって」
「なんで?」
「――いっつも、すごい嫌そうな顔で練習してるじゃん、高梨くん。さっきもダルいって言ってたし」
そう言われて、言葉を失った。
「え、俺そんなに嫌そうな顔してた?」
うん、とまりんは頷いた。
「嫌――嫌なのかな」
そんな顔をしていたつもりはなかったので、そう言われて驚いてしまった。
(最近は、暑いし、部長に怒鳴られるし、練習行くの面倒だなって思ってたけど)
よくよく考えると、そのもっと前から、部活に行くこと自体が嫌だった気もしてきた。
立ち止まって黙ってしまった剛を見て、まりんは慌てたように近づいた。
「ごめんね、変なこと言って。ただ、そんな嫌なら辞めればいいのにって思ったから」
「辞める、」
辞めるということは考えたことはなかった。同学年で部活を辞めたのは1人しかいなかったし、その生徒は怪我で骨折した後に辞めたので、単にだるくて辞めたという生徒は知らなかった。
「は考えたことなかったな」
「そっか」と彼女は、先を歩いて行った。
「ここ真っすぐ行くんだね」
「そうそう、ずっと海沿いに」
しばらく歩いて、剛は口を開いた。
「俺、兄ちゃんもサッカー部だったし」
「高梨先輩でしょ。去年卒業した」
「知ってる?」
「うん。……みんな格好いいって言ってたし」
剛は黙った。女子がそういう話をしてるのは何となく耳に入ってきていた。それが、去年の秋に転校してきた彼女の記憶に残るくらいだと知って、妙にショックだった。大抵、兄が格好良いという話の後は、「でも、剛くんは」と続くんだろうと予想がついた。
「……先輩がサッカー部だったから?」
気づくと、先の方で立ち止まったまりんがじっと見ていた。
「――地域のチームも、小学校で辞めてるんだよね。俺。部活も辞めたら、またかよって言われるし。特にお父さんに」
『剛は、すぐに諦めるな』
チームを辞めたときの、父親の呆れ顔が頭に浮かんで、剛は傘の柄を強く握った。
まりんが眉間に皺を寄せる。
「それ、嫌そうな顔。部活中、高梨くん、いっつもその顔してるよ」
はっとして、剛が表情を戻すと、彼女は小さい声で言った。
「気にしなきゃ、いいのに」
剛はむっとした。そんなに簡単なことではないのに、事情を全然知らない彼女に簡単に言われたのが納得できなかった。
「――田中さんは、何にも気にしてなさそうだよね」
「何にも? って何を?」
自分で言っておいて、剛は気まずくなって傘で顔を隠す。言葉がたどたどしくなった。
「クラスの、みんなが、言ってることとか」
「――例えば?」
「――栗田、先生のこととか。――先生の車乗ってるの見たって、」
「先生、お母さんと付き合ってるから。おじいちゃん倒れちゃって、救急車で運ばれたんだけど、お母さん仕事だったから、先生が車で送ってくれたんだよね」
まりんは事も無げにすらすらと言うと、また歩き始める。彼女の足が動くのを見て、剛は傘を持ち上げた。
「そっか」
そういうことか、と妙に嬉しい気持ちになって、明るい声で顔を上げると、まりんは不思議そうに振り返った。
「時間は、あるけど」
ビニール傘を開いてこちらを振り返るまりんに、剛はもごもごと呟いた。どうせ家に帰ってもすることも、したいこともなかった。「良かった」と彼女は笑った。それから、言いにくそうに言った。
「……さっき言ってた、神社――森神社だっけ、場所教えてくれない?」
「え、結構遠いよ」
「歩いて行ける?」
剛は制服のズボンのポケットからスマホを取り出すと、地図アプリを開いた。
「海沿い、ずっと歩いてけば着くけど。1時間くらいかかるよ。歩くと」
まりんは、「結構遠いんだね」と言いながら地図を覗き込むと、呟いた。
「いいな、スマホ」
「田中さん、ガラケー?」
「どっちもないよ。高校入ったら買おうと思ってるけど」
少し気まずそうに彼女は目を伏せた。部活の連絡がラインで回ってくるので、剛は中学入学と同時に買ってもらった。
(買ってもらうじゃないんだ)
言葉の裏を何となく察して、一瞬黙った。
「俺は、部活の連絡とか、ラインで来るから――いるけど」
そう言って、ちらりと画面を見て「げ」と呟いた。部活仲間からメッセージが入っていた。『また休み』『部長が怒ってる』――そんな文字だけ読み取って、スマホをポケットに突っ込んだ。
「けっこう、ウザいよ。余計な連絡めっちゃ来るし」
まりんは、「そっか」と言うと、剛の顔を見た。
「時間あるなら、神社のとこまで、連れてってくれない? 道、わかんないから」
「歩いてくの?」
「うん」
空を見上げる。雨は大分小雨になっている。この調子なら、しばらくすれば止みそうだ。
(それに、帰ってもやることもないし)
「いいよ」と剛は頷いた。
また来た道を戻って、海沿いの道に出る。後は真っすぐひたすら歩いて行くだけだ。
剛が先を進んで、後ろからまりんがついてくる。何を話していいかわからず、黙々と歩いて、時々傘越しに後ろを振り返った。黒い傘の縁に、彼女の白い足と、白いサンダルが見えた。
「――部活、辞めないの?」
急に話しかけられて、驚いて振り返る。まりんも急に振り返られて、驚いたような顔をしていた。
「え?」
「えっと、部活辞めないのかなって」
「なんで?」
「――いっつも、すごい嫌そうな顔で練習してるじゃん、高梨くん。さっきもダルいって言ってたし」
そう言われて、言葉を失った。
「え、俺そんなに嫌そうな顔してた?」
うん、とまりんは頷いた。
「嫌――嫌なのかな」
そんな顔をしていたつもりはなかったので、そう言われて驚いてしまった。
(最近は、暑いし、部長に怒鳴られるし、練習行くの面倒だなって思ってたけど)
よくよく考えると、そのもっと前から、部活に行くこと自体が嫌だった気もしてきた。
立ち止まって黙ってしまった剛を見て、まりんは慌てたように近づいた。
「ごめんね、変なこと言って。ただ、そんな嫌なら辞めればいいのにって思ったから」
「辞める、」
辞めるということは考えたことはなかった。同学年で部活を辞めたのは1人しかいなかったし、その生徒は怪我で骨折した後に辞めたので、単にだるくて辞めたという生徒は知らなかった。
「は考えたことなかったな」
「そっか」と彼女は、先を歩いて行った。
「ここ真っすぐ行くんだね」
「そうそう、ずっと海沿いに」
しばらく歩いて、剛は口を開いた。
「俺、兄ちゃんもサッカー部だったし」
「高梨先輩でしょ。去年卒業した」
「知ってる?」
「うん。……みんな格好いいって言ってたし」
剛は黙った。女子がそういう話をしてるのは何となく耳に入ってきていた。それが、去年の秋に転校してきた彼女の記憶に残るくらいだと知って、妙にショックだった。大抵、兄が格好良いという話の後は、「でも、剛くんは」と続くんだろうと予想がついた。
「……先輩がサッカー部だったから?」
気づくと、先の方で立ち止まったまりんがじっと見ていた。
「――地域のチームも、小学校で辞めてるんだよね。俺。部活も辞めたら、またかよって言われるし。特にお父さんに」
『剛は、すぐに諦めるな』
チームを辞めたときの、父親の呆れ顔が頭に浮かんで、剛は傘の柄を強く握った。
まりんが眉間に皺を寄せる。
「それ、嫌そうな顔。部活中、高梨くん、いっつもその顔してるよ」
はっとして、剛が表情を戻すと、彼女は小さい声で言った。
「気にしなきゃ、いいのに」
剛はむっとした。そんなに簡単なことではないのに、事情を全然知らない彼女に簡単に言われたのが納得できなかった。
「――田中さんは、何にも気にしてなさそうだよね」
「何にも? って何を?」
自分で言っておいて、剛は気まずくなって傘で顔を隠す。言葉がたどたどしくなった。
「クラスの、みんなが、言ってることとか」
「――例えば?」
「――栗田、先生のこととか。――先生の車乗ってるの見たって、」
「先生、お母さんと付き合ってるから。おじいちゃん倒れちゃって、救急車で運ばれたんだけど、お母さん仕事だったから、先生が車で送ってくれたんだよね」
まりんは事も無げにすらすらと言うと、また歩き始める。彼女の足が動くのを見て、剛は傘を持ち上げた。
「そっか」
そういうことか、と妙に嬉しい気持ちになって、明るい声で顔を上げると、まりんは不思議そうに振り返った。
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