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2章 高校生

12.高1の雨の日(2)

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 午後14時の電車は空いていた。座席に座って、揺れに身を任せながら、どこに行こうかと考える。40分くらい乗った駅に駅ビルが入っているので、そこに行ってブラブラするか、と決めた。

 その駅は、自宅から一番近い繁華街で、駅ビルに洋服屋や本屋、映画館が入っている。中学生のときに、クラスメイトと映画館に行ったときを思い出した。高校生になってから、友達と遊びに行ったことがなかったから、この駅に来るのはそれ以来だった。

(本屋でも行くか)

 漫画の新刊が出ていた気がする。他に欲しいものもなかったので、とりあえず駅ビルの本屋に向かった。

(あ、出てる)

 目当ての新刊を手に取った時、本の表紙越しに、前の参考書コーナーに男子高校生と女子高校生がいるのが見えた。二人とも真っ黒に日焼けしている。どくっと心臓が鳴るのが聞こえた。その制服は、ここから電車で1時間半くらい先にある、国立高専の制服だった。男子は学ラン、女子は赤いリボンのセーラー服。その制服がどこの制服か、剛はすぐにわかった。田中まりんの進学した学校の制服だったから。そして、その制服をこの近辺で着ている生徒はそんなにいないはずだ。

 二人は楽しそうに話していた。女子高生の笑い声が響く。ごうは目を見張った。日焼けした顔は以前とは雰囲気が違っていたが、さらりとした黒髪のポニーテールは中学の頃と変わらない。彼女は田中まりんだった。まりんは楽しそうに何かを話していた。その姿は、中学時代の彼女からは想像ができなかった。

 じっと見ていると、二人は剛の視線に気がついた。

「――剛?」

 その男の方に名前を呼ばれて、剛は驚いて彼を見た。まりんにばかり気をとられていて気がつかなかったが、彼も知り合いだった。

「――たかちゃん」

 それは地元のサッカーチームの兄の同級生で友人の持田 貴文もちだ たかふみだった。兄と仲が良く、別の学校に通っていたが親同士も仲が良かったので、たまに家族で車で剛の家に遊びに来ることもあった。ここ数年は剛は会っていなかったので、彼がどこの学校に進学していたかは知らなかった。中学の途中で、怪我が原因でサッカーチームを辞めたというところで、貴文についての情報は途切れていた。

「久しぶりだなー! 背、伸びたな。てゆうか、お前何でそんなに白いんだよ」

 貴文は気さくに、数年前と同じように話しかけてきた。まりんは二人の顔を見比べた。

「――先輩、知り合いですか」

「うん。こいつの兄ちゃんが、友達」

 貴文は黙り込んだまりんと剛を不思議そうに見た。

「あれ、うみちゃん、知り合い? そういえば、第四中だったよね」

「うみちゃん?」

 聞き慣れない呼び名に、剛は顔をしかめる。まりんは剛に目を合わせると、じっと見てから、答えた。

「そうなんです。ね、高梨くん」

 言葉が出てこない剛に、まりんは「ね」と再度念押しをした。

「……そう」

 剛はもやもやした気持ちのまま頷いた。まりんは、貴文の腕を引っ張った。
 
「先輩、いろいろありがとうございます。ちょっと、もう帰らないと。明日課題あるし」

 貴文は、「ああ」と戸惑うように答えた。それから、剛に笑いかけた。

「この前、柊人と会ったんだけどさ。こんど免許とれたらお前の家に遊びに行くよ」

「はい……」

 剛の返事を待たずに、まりんは貴文を引っ張って人混みの中に消えていった。

(「うみちゃん」ね)

 それを見送って、剛は手に持った漫画を見つめた。まりんの言葉を思い出す。

『海でまりんとか、そういう名前つけるような親だから』

(かわいいと思うんだけどな、「まりん」。読み方って変えられるもん?)

 悲しい気持ちになった。彼女はたぶん、中学や母親を含め、色々としがらみを切り捨てて新生活を送っているのだろうと思った。

(あんな風に話すんだな)

 貴文と楽しそうに話してた姿を思い出す。中学時代、自分と話しているときでも、彼女はいつもどこか憂鬱そうで、あんな笑顔は見たことがなかった。

 そう考えていると、とんとんと肩を叩かれた。

「剛くん」

 振り返ると、まりんがいた。記憶の中の彼女のように、眉間に皺を寄せて剛を見ていた。

「久しぶり。――貴文先輩、知り合い?」

「兄ちゃんの、友達」

で知り合いってほどじゃ、と全部言い切る前に、まりんは剛を見据えて言った。

「言わないでね」

「何を」

「私の、中学のこととか。――噂とかさ」

 急に頭にかっと血が上った。

(そんなこと、言うわけねーだろ)

 声を上げそうになって、ぐっと飲み込む。それからすっと息を吐いて言った。

「――いいけど、これから、時間潰すの付き合ってくんない」
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