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3 友との再会
しおりを挟む「では、改めて。ご無沙汰いたしておりますです。乙支文徳閣下」
高建武は体重を感じさせない優雅な足取りでふわりと馬から下りると、右足を斜め後ろの内側に引き左足の膝を軽く曲げながらスカートの裾を軽く持ち上げるような仕種をして腰を曲げつつ深々と頭を下げた。
もちろん鎧姿の彼女は実際にスカートなどは穿いていないので真似だけであるが。
「長旅お疲れさまでした。無事お帰りになられて我々部下一同、謹んでお喜びを申し上げます」
「……なんだよ、急にそんな改まって。気色悪いなあ」
畏まった様子の高建武に、乙支文徳は眉をひそめ戸惑いながら声をあげた。
「おれたちは子供の頃からの友人同士で幼なじみなんだから。普通に乙支文徳、と呼んでくれればいいよ」
「とんでもない! 確かに閣下はこれまでなんの武勲も立てたことはなく、運とコネだけで出世なされたへっぽこ将軍です。でも一応は我が国の重鎮の一人ですし。そんな閣下に対していくら幼なじみとは言え、あたしのような一介の兵卒が身分もわきまえず対等に話すなんて、そんな失礼なことは出来ませんよ」
「話しかたは丁寧でも、言っていることは充分失礼だと思うのはおれの気のせいか? て言うか、身分なんか気にすることはないと思うがな。おれなんか相手が国の重鎮だろうが上級貴族だろうが国王だろうが、平気で対等に話しているし」
「それはそれで、かなり問題ある気がするんですけどねえ……」
高建武は傍らに立つ馬の腹を優しく撫でさすりながら、ふっと笑みをこぼした。
「三年経って閣下も少しは大人になられたかと思ってましたけど、中身は全然変わっておられませんね。そのほうが閣下らしいと言えば閣下らしいですけど。ね? 松風」
「松風だって? 高建武。もしかしてその馬は……」
「はい。覚えておられましたか。三年前、閣下が国を出られる少し前。あたしが歩兵長に昇進した時、お祝いとして閣下がくだされた黒王号の子馬です」
「やっぱりか。あのチビだった黒王号の息子が、もうこんなに大きくなったのか。久しぶりだな松風。おれのことを覚えてるか? お前は難産で予定日を過ぎてもなかなか生まれてこなかったから、おれは三日三晩お前の母馬につきそって世話をしてやってたんだぞ」
乙支文徳は松風の口の回りを軽く叩いたが、松風はお前なんか知るかと言わんばかりのうなり声をあげ、そのままぷいとそっぽを向いてしまった。その素振りがどこか人間臭くておかしかったので、乙支文徳は高建武と顔を見合わせ笑い声をあげる。
「ところでいまふと気がついたのですけど、閣下はここまでずっと歩いてこられたのですか? 馬はどうなされたんです。荷物もないみたいですし。もしかしてトラブルに巻きこまれたのですか?」
「え? まあトラブルに巻きこまれたと言えば、そう言えないこともないかなあ」
あまり触れてほしくないことを尋ねられたせいで、乙支文徳は少し口ごもる。だが当然高建武は、そんな説明では納得出来ないと言うように首をかしげた。
「どういうことです? 説明してくれないと分かりませんよ。もしかして、敵国の兵士に襲われたとかですか?」
「いや、そういうんじゃなくてだな。そのだから……二、三日前にこの季節にしては珍しくぽかぽかした暖かい日があっただろう? あまりに気持ち良かったものだから、旅の道すがら一休みしようと思って草の上で寝っ転がったんだけど。うっかり馬を繋いでおくのを忘れてたんだ」
「はあ?」
「しかもそのうちうとうとしてきて本当に寝ちゃってさ。目が覚めた時には積んでおいた荷物ごと、馬がどこかに逃げちゃっていたってわけだ。幸い、着替えだけは別に持っていて無事だったけど」
「それで仕方なく独りでとぼとぼ歩いていたんですか。ものすっごい馬鹿ですね」
呆れたような口調の高建武に、乙支文徳は面目ないと応えて肩をすくめる。彼女はやれやれと言わんばかりのわざとらしいため息をつくと地面を軽く蹴ってふわりと宙に浮かび上がり、そのまま松風の背中に着地すると乙支文徳に右手を差し出した。
「国王陛下もお待ちかねですし、早く帰りましょう。乗って下さい、閣下」
「悪いねえ、高建武」
言われた通り、乙支文徳は高建武の手をとって松風の背に乗ろうとした。だがあまりに厚着をしすぎたためか鐙に足をかけた瞬間、バランスを崩して後頭部から地面に落っこちてしまう。
「だ、大丈夫ですか、閣下!?」
馬車に轢かれた蛙のようにひっくり返っている乙支文徳に向け、高建武は心配げな声をあげた。
「あの、閣下。そんなダルマさんのような格好では馬に乗るのは無理ですよ。もう少し薄着になられたほうがいいんじゃないですか?」
「えー? この寒いのにー?」
乙支文徳は後頭部をさすりながら抗議したが、結局渋々ながらも上着を脱ぎ捨てて皮服とズボンだけの軽装になった。そんな乙支文徳のいでたちを見て、高建武は満足げに小さく頷いて見せる。
「うん。そのほうが男前で格好いいですよ、閣下」
言っていたずらっぽく微笑み、高建武は再び右手を差し出した。乙支文徳はそりゃどうもなどと応えながらその手をつかみ、鐙に足をかける。今度はうまく松風の背に乗ることが出来た。乙支文徳は内心でやれやれと胸を撫で下ろしながら、高建武の腰に手を回す。
「とばしますからしっかりつかまってて下さい、閣下」
「とばすって……どのくらい?」
そういやこいつ結構……いや、かなりのスピード狂だったなということを思い出し、乙支文徳は不安な気持ちになって尋ねた。そんな彼に向けて高建武は決まっているじゃないですかと言わんばかりに快活な笑い声をあげ、
「サラマンダーより、ずっと速く!」
と、こともなげに応えてくる。
それは一体どういう意味かと問い返そうとする乙支文徳だったが、高建武はそれよりも早く思い切り鞭を振るうといきなり全速力で松風を走らせたのだった。そのため、乙支文徳は声にならない悲鳴をあげながら、再び落ちることがないように、自分よりもずっと小柄な少女の腰にしっかりしがみついているしかなかった。
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