3 / 5
意味がわからない!
しおりを挟む「リーリエさん、お願いです! 私と結婚してください!」
あれから何日かして。
お見合いの『埋め合わせ』に来たはずのロジオンは、開口一番、求婚の言葉を口にした。
九十度に腰を折る彼の大きな右手は、私の前におずおずと突き出されている。
突然すぎて理解が追いつかず、私はすぐに声を発することが出来なかった。口をあんぐりと開けたまま、ロジオンのつむじを見つめるのが精一杯だった。
私はこの場で自分から愛の告白をするつもりだったのに。何故か向こうはあらゆる段階をすっ飛ばしてプロポーズしてきたのだ。
私はロジオンに好意を持っている、が、突然結婚して欲しいと言われてすぐさま喜べるほどお気楽にはなれない。
『埋め合わせ』に呼び出された場所も高級ホテルの最上階だったが、誰かの入れ知恵かなと思っていた。眺めの良いスイートは、仲直りデートに最適だと聞いたことがある。いや、私たちは別に喧嘩しているわけでも、そもそも付き合っているわけでもないが。
──とにかく、意味が分からないわね。
ロジオンから差し出された手をすぐに取ってしまいたい気持ちももちろんあったが、とりあえず彼から事情を聞いてみることにした。
「えっと、あの、これはどういう事ですか……?」
「あなたの上官の奥方様から聞きました。私の態度や言葉は非常に分かり辛いと……! だから、今日は素直に自分の欲求を伝えにきました。私はリーリエさんのことを愛しています! 自分の家族になって欲しいです!」
天才軍師と名高い、ロジオン。
今まで彼は聡明な策士だというイメージがあったが、これはどういうことだろう。ど直球にも程がありすぎる。
私たちは今まで事務的な会話しか、交わしたことがないのだ。プロポーズはどうみても性急すぎる。
突然愛してると言われても、私の心には油の膜が張られているのか、水のごとく、ぱんっと弾いてしまう。
後から分かったことだが、彼は兵法と外見以外はとにかくポンコツらしい。これだけ見た目が良くて若くして上級の将校になったというのに、二十八年間、恋人はおろか遊び相手すらろくに出来なかったのも納得のダメダメさらしい。
「君のことがずっと好きでした……! 君が準騎士になった頃から」
何せ、私が十六で準騎士になって四年、二十で正騎士になって五年。合計九年間も私にこっそり片思いをしてきたと言うのだから驚きだ。
確かに私は軍で働きはじめた当初からロジオンのことは知っていた。ロジオンも私のことを知っていたとしてもおかしくはない。軍の人間関係はとても狭いから。
でも──
──今まで仕事の話しか、してこなかったじゃない!
今までロジオンから食事のひとつ誘われたことがない。『彼氏がいるの?』とか、男女の関係に探りを入れられたことすらない。
私に並々ならぬ好意を長年持っていたのなら、作戦の打合せにかこつけて食事や遊びに誘うだとか、それとなく甘い言葉を囁くとか、そんなことはいつでも簡単に出来ただろうに、彼は一切しなかったのだ。
私はよっぽど誘いにくい存在だったのだろうか。言い寄りにくい女だったのだろうか。
ロジオンがどれだけ長い期間、私のことをこっそり思っていたのか熱烈に語るほど、悲しくなった。
せっかく愛していると言われたのに。
「私、誘いにくかったですか? 隙が無さすぎましたか……?」
「リーリエさんに問題はないです。私が女性を誘う術を持たなかっただけで……。たくさん調べたんです。それとなく女性を誘う方法も……。でも、いざリーリエさんを前にしたら実行出来なかった。……う、上手くいく確率をどうしても計測できなくて」
──兵法学じゃないんだから……。
モジモジしている彼に思わず舌打ちしたくなった。
私がいつまでもロジオンから差し出された手を取らないので、彼の右手がそろそろと下がってしまった。
「で? お見合いの埋め合わせをするために、呼び出した場所はホテルのスイートルームですか?」
「──はい。ここでリーリエさんの純潔を奪ってしまえば、私は責任を取ることが出来ますから。私は負け戦はしません!」
なんだか頭が痛くなってきた。
若き天才軍師様は賢すぎてバカなのかもしれない。
今までロジオンとは仕事の話しかしてこなかったので分からなかったが、彼の思考は突拍子もなさすぎる。零か百の極端な選択肢しか取れないのだろうか? 軍師らしいと言えば軍師らしいが。
──仕事が出来すぎる人って、偏っているのかしら。
ため息をつきたくなったが、仕事人間でかつ、コミュニケーション能力に難があるのは私も一緒だった。
私だって、今まで何度もロジオンと話す機会があったのだ。自分から誘えばよかったのに、彼を自分の中の聖域だと勝手に決めつけて、一歩を踏み出そうとしなかったのだ。人の事をまったく言えないではないか。
「……なんて、嫌ですよねえ。この歳まで童貞の男の初めての相手だなんて」
「私も良い歳して処女ですから、おあいこですよ」
よくも童貞でいられたなぁと思う。
ロジオンは上背があって、優しげな顔をした大層な美男子だ。軍は部門によっては女性騎士も多い。普通はもっと若い頃に食べられてしまうものだろう。
「私は男ですが、好きな相手じゃないと交合したくないと思ってきました」
「こっ……⁉︎ ……ロ、ロジオンさんはどうして私のことが好きなんですか? 私、こう言っては何ですけど、すっごく地味な顔をしてますよ? 」
「地味? リーリエさんの入団試験の様子を見てましたけど、円規の先のように、スッと鋭利な視線で弓矢の的を見据えている貴女の姿を見て、一目惚れしました。私はリーリエさんの顔、好きですよ!」
円規の先とは。また兵法学に喩えてると呆れたが、よっぽど好きなのだろう。兵法が。気持ちはわからないでもない。私も兵法学が得意だったから。
何だかワケがわからなくて少し笑えてきた。
そして、ロジオンに呆れるのと同時に、なんだか愛しさが込み上げてきた。仕事はあれだけできるのに、恋愛面がこんなにもポンコツだなんて。
気が緩み、思わず自分の気持ちをぽろりと溢してしまった。
「私も、ロジオンさんのことが好きです」
「では……!」
「あっ、でも、いきなり結婚はハードルが高いので、お付き合いから始めたいです!」
精一杯にっこり微笑んでそう言ったら、ロジオンの顔色がサッと変わった。
何故だろう? 変なことを言っただろうか? と首を傾げると、ロジオンは自身の隣に置いていたトランクをぱかりと開け、中をがさごそと漁ると、一枚の厚紙を取り出した。そして、それを恐る恐る私に差し出したのだ。
「……婚約証明?」
「ええ、閣下の奥方様からあなたの気持ちを聞いて、居ても立ってもいられなくて……。勝手ながら婚約してしまいました」
「……誰と?」
「私とリーリエさんの婚約証明です! ああ、でも! リーリエさんが嫌なら簡単に破棄できますから! 」
──公的文書を偽造したのか……。
普通に犯罪だ。この軍師、大丈夫なのだろうかと不安になるが、私はこの二十五年、本っ当にモテない人生を歩んできた。
目の前にいるこの人を選ばなくては、ずっと男に縁がないまま人生を終えてしまうのではないかと怖かった。
私は騎士。荒事だってする。
いつ命を落とすか分からないのだ。
死ぬ前に、せめて好きな人との交合ぐらい、経験したいと思うのは無理のない話だと思う。
私はこのまま婚約を受け入れ、ロジオンの身体も受け入れることにした。
ちょっと、いや、かなり混乱していて、流された感はあるけど。
ロジオンの作戦は成功したのだ。
やはり彼は天才軍師かもしれない。
……馬鹿かもしれないけど。
38
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。
四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」
突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
公爵夫人は愛されている事に気が付かない
山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」
「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」
「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」
「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」
社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。
貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。
夫の隣に私は相応しくないのだと…。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる