お見合いをすっぽかされた私が、いつの間かエリート将校様の婚約者になっていた件

野地マルテ

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意味がわからない!

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「リーリエさん、お願いです! 私と結婚してください!」

 あれから何日かして。
 お見合いの『埋め合わせ』に来たはずのロジオンは、開口一番、求婚の言葉を口にした。
 九十度に腰を折る彼の大きな右手は、私の前におずおずと突き出されている。

 突然すぎて理解が追いつかず、私はすぐに声を発することが出来なかった。口をあんぐりと開けたまま、ロジオンのつむじを見つめるのが精一杯だった。

 私はこの場で自分から愛の告白をするつもりだったのに。何故か向こうはあらゆる段階をすっ飛ばしてプロポーズしてきたのだ。

 私はロジオンに好意を持っている、が、突然結婚して欲しいと言われてすぐさま喜べるほどお気楽にはなれない。

 『埋め合わせ』に呼び出された場所も高級ホテルの最上階だったが、誰かの入れ知恵かなと思っていた。眺めの良いスイートは、仲直りデートに最適だと聞いたことがある。いや、私たちは別に喧嘩しているわけでも、そもそも付き合っているわけでもないが。

 ──とにかく、意味が分からないわね。

 ロジオンから差し出された手をすぐに取ってしまいたい気持ちももちろんあったが、とりあえず彼から事情を聞いてみることにした。

「えっと、あの、これはどういう事ですか……?」
「あなたの上官の奥方様から聞きました。私の態度や言葉は非常に分かり辛いと……! だから、今日は素直に自分の欲求を伝えにきました。私はリーリエさんのことを愛しています! 自分の家族になって欲しいです!」

 天才軍師と名高い、ロジオン。
 今まで彼は聡明な策士だというイメージがあったが、これはどういうことだろう。ど直球にも程がありすぎる。
 私たちは今まで事務的な会話しか、交わしたことがないのだ。プロポーズはどうみても性急すぎる。

 突然愛してると言われても、私の心には油の膜が張られているのか、水のごとく、ぱんっと弾いてしまう。

 後から分かったことだが、彼は兵法と外見以外はとにかくポンコツらしい。これだけ見た目が良くて若くして上級の将校になったというのに、二十八年間、恋人はおろか遊び相手すらろくに出来なかったのも納得のダメダメさらしい。

「君のことがずっと好きでした……! 君が準騎士になった頃から」

 何せ、私が十六で準騎士になって四年、二十で正騎士になって五年。合計九年間も私にこっそり片思いをしてきたと言うのだから驚きだ。

 確かに私は軍で働きはじめた当初からロジオンのことは知っていた。ロジオンも私のことを知っていたとしてもおかしくはない。軍の人間関係はとても狭いから。

 でも──

 ──今まで仕事の話しか、してこなかったじゃない!

 今までロジオンから食事のひとつ誘われたことがない。『彼氏がいるの?』とか、男女の関係に探りを入れられたことすらない。
 私に並々ならぬ好意を長年持っていたのなら、作戦の打合せにかこつけて食事や遊びに誘うだとか、それとなく甘い言葉を囁くとか、そんなことはいつでも簡単に出来ただろうに、彼は一切しなかったのだ。

 私はよっぽど誘いにくい存在だったのだろうか。言い寄りにくい女だったのだろうか。
 ロジオンがどれだけ長い期間、私のことをこっそり思っていたのか熱烈に語るほど、悲しくなった。
 せっかく愛していると言われたのに。

「私、誘いにくかったですか? 隙が無さすぎましたか……?」
「リーリエさんに問題はないです。私が女性を誘うすべを持たなかっただけで……。たくさん調べたんです。それとなく女性を誘う方法も……。でも、いざリーリエさんを前にしたら実行出来なかった。……う、上手くいく確率をどうしても計測できなくて」

 ──兵法学じゃないんだから……。

 モジモジしている彼に思わず舌打ちしたくなった。

 私がいつまでもロジオンから差し出された手を取らないので、彼の右手がそろそろと下がってしまった。

「で? お見合いの埋め合わせをするために、呼び出した場所はホテルのスイートルームですか?」
「──はい。ここでリーリエさんの純潔を奪ってしまえば、私は責任を取ることが出来ますから。私は負け戦はしません!」

 なんだか頭が痛くなってきた。
 若き天才軍師様は賢すぎてバカなのかもしれない。

 今までロジオンとは仕事の話しかしてこなかったので分からなかったが、彼の思考は突拍子もなさすぎる。零か百の極端な選択肢しか取れないのだろうか? 軍師らしいと言えば軍師らしいが。

 ──仕事が出来すぎる人って、偏っているのかしら。

 ため息をつきたくなったが、仕事人間でかつ、コミュニケーション能力に難があるのは私も一緒だった。

 私だって、今まで何度もロジオンと話す機会があったのだ。自分から誘えばよかったのに、彼を自分の中の聖域だと勝手に決めつけて、一歩を踏み出そうとしなかったのだ。人の事をまったく言えないではないか。


「……なんて、嫌ですよねえ。この歳まで童貞の男の初めての相手だなんて」
「私も良い歳して処女ですから、おあいこですよ」

 よくも童貞でいられたなぁと思う。
 ロジオンは上背があって、優しげな顔をした大層な美男子だ。軍は部門によっては女性騎士も多い。普通はもっと若い頃に食べられてしまうものだろう。

「私は男ですが、好きな相手じゃないと交合したくないと思ってきました」
「こっ……⁉︎ ……ロ、ロジオンさんはどうして私のことが好きなんですか? 私、こう言っては何ですけど、すっごく地味な顔をしてますよ? 」
「地味? リーリエさんの入団試験の様子を見てましたけど、円規の先のように、スッと鋭利な視線で弓矢の的を見据えている貴女の姿を見て、一目惚れしました。私はリーリエさんの顔、好きですよ!」

 円規の先とは。また兵法学に喩えてると呆れたが、よっぽど好きなのだろう。兵法が。気持ちはわからないでもない。私も兵法学が得意だったから。

 何だかワケがわからなくて少し笑えてきた。
 そして、ロジオンに呆れるのと同時に、なんだか愛しさが込み上げてきた。仕事はあれだけできるのに、恋愛面がこんなにもポンコツだなんて。

 気が緩み、思わず自分の気持ちをぽろりと溢してしまった。
 
「私も、ロジオンさんのことが好きです」
「では……!」
「あっ、でも、いきなり結婚はハードルが高いので、お付き合いから始めたいです!」

 精一杯にっこり微笑んでそう言ったら、ロジオンの顔色がサッと変わった。
 何故だろう? 変なことを言っただろうか? と首を傾げると、ロジオンは自身の隣に置いていたトランクをぱかりと開け、中をがさごそと漁ると、一枚の厚紙を取り出した。そして、それを恐る恐る私に差し出したのだ。

「……婚約証明?」
「ええ、閣下の奥方様からあなたの気持ちを聞いて、居ても立ってもいられなくて……。勝手ながら婚約してしまいました」
「……誰と?」
「私とリーリエさんの婚約証明です! ああ、でも! リーリエさんが嫌なら簡単に破棄できますから! 」

 ──公的文書を偽造したのか……。

 普通に犯罪だ。この軍師、大丈夫なのだろうかと不安になるが、私はこの二十五年、本っ当にモテない人生を歩んできた。
 目の前にいるこの人を選ばなくては、ずっと男に縁がないまま人生を終えてしまうのではないかと怖かった。

 私は騎士。荒事だってする。
 いつ命を落とすか分からないのだ。

 死ぬ前に、せめて好きな人との交合セックスぐらい、経験したいと思うのは無理のない話だと思う。

 私はこのまま婚約を受け入れ、ロジオンの身体も受け入れることにした。
 ちょっと、いや、かなり混乱していて、流された感はあるけど。

 ロジオンの作戦は成功したのだ。
 やはり彼は天才軍師かもしれない。
 ……馬鹿かもしれないけど。
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