ごりごりの生娘ですけど、悪い女を演じることになりまして。

野地マルテ

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あこがれの近衛騎士様からの依頼

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 宗国王立騎士団特務部隊──特に私が所属している三十六連隊はクズの巣窟そうくつだと有名だった。
 所属騎士の平均離縁回数は二回。今の結婚は三~四回だという者はザラで、おさたる特務師団長に至ってはバツが上に八つもつく。しかも過去の奥さんは全員近衛部隊の高級将校から寝とったらしい。決起集会で師団長本人がそれはもう自慢げに語っていた。

 ……とにかくまぁ、揃いもそろって皆が皆、異性癖・両性癖・金癖・酒癖が死ぬほど悪く、世間の評判は地に落ちるどころか、めり込んでいる。
 それが特務部隊だ。

 ──まあ、私はごりごりの処女で、お酒は一滴も飲めないし、余分なお金は実家の仕送りで消えちゃうけどね!


「──メニエラ・ジョジアーヌ、君に頼みがある」

 私の目の前には、輝かんばかりに見目麗しい男がいた。
 名は、アヴェラルド・フォン・ミリオノル。
 実家は名門侯爵家、本人の肩書は近衛部隊第二連隊副官。正騎士七年目の二十三歳。どこからどうみても文句なしに高スペックな男だ。
 明るめの癖のない金髪に、夜の海のように深い青の瞳。声質は低めでやや重い。
 彼は近衛騎士だが、特務部隊内にも男女問わずファンは多かった。

「私にですか?」

 皆のあこがれ、エリート近衛騎士様が何の御用だろうかと首をかしげる。
 私が所属する特務部隊がクズの巣くつなら、近衛部隊は皆の羨望を集める──言わば偶像アイドルだ。

 私が小首を傾けると、アヴェラルドはひとつ咳払いをした。黄金を思わせる髪が、さらりとすべらかな額に落ちる。

「……特務部隊は金さえ払えばどんな仕事も引き受けると聞いた」
「あっ、ハイ。そうですね。ご用件は何でしょうか?」

 どんな仕事も……という事もないが、よその部隊ではやらないような任務を受けがちだ。
 例えばそう、暗殺とか闇討ちとか。
 特務部隊の悪評が何かと立ちがちなのも、後ろ暗い任務が多いのもあるだろう。

「出来れば……いや、出来ればというか、君に直接引き受けて貰いたい仕事があるのだが、可能だろうか?」
「私にですか?」

 アヴェラルドはよほど言いにくいのか、宝石のような瞳を左右に揺らしている。眉間に皺を寄せ頬を染め、うつむく。彼のことを知って早四年になるが、いつも毅然としているのに珍しい。

「いいですよ!」

 私はにこりと微笑んだ。
 騎士団は部隊が違っても横の繋がりがある。私は元々、業務の絡みでアヴェラルドと顔見知りだった。
 アヴェラルドには何だかんだお世話になっている。書き方が分からない書類の処理とか、貰いづらい近衛の上長の決裁も、彼が協力してくれたことは幾度もある。
 彼がどんな用件があって私を個室に呼び出したのかは分からないが、たぶん、そんな無茶なものでもないだろう。
 そう推測して、私は気安く頷いてしまった。

「……本当か、メニエラ」
「はい! アヴェラルドさんにはいつもお世話になっていますから。私、何でもしますよ」
「……何でも」

 縋るようなアヴェラルドの青い瞳が、私に向けられる。
 なんて綺麗な顔なのだろう。
 見ているだけで心が浮き、胸の奥がキュンと疼く。
 私のような移民の小娘が、こんなにも上等な男の人と口をきけるだなんて奇跡だ。

 特に私は特務部隊所属なので、他部隊の人からは白い目で見られがちだ。アヴェラルドは顔だけでなく、人間も出来ているので私にも公平に接してくれるけど、そんな人はあまりいない。
 私は真面目で誰に対しても平等な、彼のことがちょっとだけいいなと思っていた。

「遠慮なく、仰ってくださいね!」
「そうか……では。メニエラ」
「はい!」
「俺と、付き合ってくれないか?」
「はい! どこへでもお供しますよ」

 極秘任務だろうか。
 私をわざわざ指名する意図は分からないが、まあ、詮索する必要はないだろう。
 清廉潔白を具現化したようなアヴェラルドが、悪いことをするはずがないし、私に不利益になるような事を頼むはずがない。そんな信頼感があった。

「お供? 俺は君に、俺の恋人になってほしいと言ったのだが」
「えっ」
「……あっ、その、恋人といっても、フリだけどな。君に俺の恋人のフリをして貰いたいんだ。……それが、今回の依頼内容だ」

 私はぱちぱちと瞬きする。
 アヴェラルドは今まで見たことがないほど、顔を赤く染めていた。
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