王女様と幼馴染の騎士の仲を取り持とうとしたのですが、私はどうやら愛されていたようです。

野地マルテ@2月27日『帝国後宮録』発売

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涙のわけ

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「エイサ!」

 ふいに背後から声をかけられた。
 王宮の渡り廊下。大股で駆け寄ってくるのは、黒髪黒目のよく見知った顔だった。彼は騎士服の灰色の外套をはためかせ、額に汗を浮かべていた。

「アシュトス……」
「驚いた。今日は王宮に来る日だったんだな」

 短く切られた少々癖のある黒髪を手で撫でつけながら、彼はわずかに掠れた声で言う。
 アシュトス・ラードリー。遠征帰りで疲れた顔をしていても、彼の容貌は損なわれない。普段は羨ましくなるぐらいぴかぴかでキレイだった肌はやや荒れているけれども、それでも十分すぎるぐらい──今日も今日とて彼は美しかった。

「うん。アシュトスは遠征帰り?」
「ああ、報告がすべて済んだらお前の家に行こうと思っていた。ちょうどいい、待っていてくれるか?」

 彼は今日も私を愛馬に乗せて、屋敷うちまで送り届けてくれるつもりなのだろう。当たり前にようにそう言ってくれる彼の優しさに、嬉しくて胸がはずむが、今日はちょっとだけ切ない。
 この瞬間が何よりも大切だったと、そう思い返す日が近いうちに来る。そんな風に思うと胸がいっぱいになった。

「エイサ? どうした?」

 下唇をかむ。どうしてだろう。何故だか急に視界が緩んだのだ。

「ごめんね。アシュトスが無事で良かったなぁって思ったら、うるうるしちゃった」
「そんなに心配したのか? 特に危険な任務でも無かったが」
「あはは、最近年をとったから、涙もろくなったのかも!」

 私は誕生日に彼から貰った銀のチェーンのネックレスを取り出して見せて、笑って誤魔化したが、彼の眉尻は困ったように下がったままだ。
 彼は淡々としているようで、私の涙には弱かったりする。私が急に目を潤ませた理由をいま必死で考えているに違いない。そして、涙を止める方法も。

「送ってくれなくても大丈夫だよ。リリアンヌ様がね、馬車を用意してくださったのよ」
「馬車を? 殿下が?」
「アシュトスは疲れてるでしょう? 今日のところは詰所で休んだほうがいいよ。うちへの報告なんて明日でもぜんぜん大丈夫だし」

 アシュトスは生真面目なので、遠征から帰ったその日のうちに私の家まで報告にくる。婚約者に真っ先に無事を伝えるのは当然だと言い、どれだけ疲れていても夜遅くなっても訪ねてくる。そして私に戦果を話しているうちに限界がきてしまうのか──私の肩や膝の上で眠りこけてしまうのだ。
 私はアシュトスのかわいい寝顔が見れて役得だなと思うけど、彼は辛いだろう。本当はすぐにでも休みたいに違いない。
 しかし彼は神妙な顔をして首を横に振る。

「駄目だ」
「私には今、顔を見せてるじゃん」
「スアレム伯にもご報告しなくては」

 ──クソ真面目め。
 
 報告と言っても、うちの父と彼が話すのはいつも一言二言だ。父はにやにやしながら「一刻も早くエイサと乳くりあいたいんだろ?」と言ってアシュトスをすぐに解放する。

 ちなみに私たちは乳くりあったことは一度もない。部屋に二人きりになったことは何度もあるし、同じベッドで寝たこともあるが、子どもの頃から付き合いがあると、どうしてもそういう雰囲気にならないのだ。

 結婚したら没・性交渉になるのではないか。私はアシュトスとそういうことをしなくても平気だけど、彼はどうだか分からない。

 リリアンヌ王女の豊満な身体を思い浮かべる。出るとこはしっかり出ている女性らしい身体、真珠のようにつやつやと白い肌。金の髪はきらきらと煌めていて、まさしく男の夢が詰まっていると言わんばかりの美貌をしている。

 それに比べて──いや、比べるのもおこがましいけど、私は飴色の髪に緑目というちょっと地味な色彩をしている。胸もお尻も控えめで、美人とは言いがたい顔だ。

 ──アシュトスも、リリアンヌ様のほうがいいよね……

 たぶん、私だから手出しする気になれないのだろう。結婚まで初夜を待つというのも、率先して抱きたくなるような身体じゃないからだ。

「……エイサ?」

 ちょっとぼおっとしすぎたかもしれない。彼は数回瞬きすると、顔をのぞきこんできた。

「大丈夫! 気をつけてきてね!」
「……ああ」

 私は二、三歩下がると彼に手を振った。何だろう、半月も離れていたからかもしれないが、ここでアシュトスと別れるのは嫌だと思ってしまった。
 寒気がするような寂しさを感じて、私は両腕を急いでさすった。
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