王女様と幼馴染の騎士の仲を取り持とうとしたのですが、私はどうやら愛されていたようです。

野地マルテ@2月27日『帝国後宮録』発売

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夢かもしれない

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 湿った吐息と、少しかさついた唇の感触。私はそう、気がついた時にはアシュトスに唇を奪われていた。

「──‼︎」

 何気にこれが初めての接吻だったりする。こんな寝起きにされるだなんて、思いもよらなかった。
 ここまでしなかったのなら、結婚の儀式が初キスになるのかな、なんて漠然と考えていたら。不意打ちも不意打ちだ。

「あ、アシュトス……」
「……嫌か?」

 ──嫌じゃない、ぜんぜんいい。

 私は顔を火照らせたまま、首を横に振った。アシュトスはふっと小さく笑うと、今度は私の口の隙間に舌先をあててきた。
 しようとしている事の意図が分かって、私の心臓はうるさいぐらい高鳴っている。口をそろそろと開けると、彼の熱く滑った舌が入ってきた。
 
 ──どうしよう。

 はじめてのキスで、しかもこんな深いのをされて、混乱したけど嬉しかった。
 リリアンヌからアシュトスが欲しいと言われたばかりだけど、キスぐらいならいいだろう。証拠なんて残らないし、それに、私もアシュトスとキスがしたかった。

 息つぎの仕方がわからない。苦しいけどやめたくない。胸を上下させて、アシュトスの顔に両手をあてて、私も彼が与えてくれるものに応えようと思った。
 口の中で、彼と自分との境目が曖昧になる。心地よくて、温かくて、ずっとこうしていたい。これから先も、ずっと。

「……っ」
「……エイサ」
「な、何?」
「──いいか?」

 何の了解だろう。暗がりにも目が慣れてきて、彼の虹彩がかすかに見えた。私を求めている、そんな目に見えた。

 さすがに最後までしないだろうという楽観的な気持ちと、ここで本懐を遂げるつもりかもしれないという期待とで、胸が押しつぶされそうになる。
 私も最初はぜったいに彼が良かったし、最後も彼が良かった。迷いなく、私は頷いた。

「うん、大丈夫。アシュトスがしたいことをして」

 私は再度彼の身体に腕を伸ばした。今夜は一体どうしたのだろう。遠征先で何か辛いことでもあったのだろうか? 普段、彼はこんな事はしない。夜中に目が覚めても黙ってソファのところへ行く。間違っても眠った私を襲ったり、身体を求めたりはしない。彼は真面目なひとだから。

 伸ばした腕はやんわりと掴まれる。そして。
 むきだしになった首筋にきゅっと吸いつかれた。甘い痛みがはしり、声が出そうになる。あまり人目につくところに痕は残してほしくないが、中途半端に制限すると彼は行為をやめてしまうかもしれない。
 私の弱いところに執拗に吸い付く彼の頭を撫でた。すべらかで柔らかで、でもしっかりとした黒髪。この手触りが好きだった。

 胸元の華奢なボタンに手をかけられる。その手の動きは性急なのに、ボタンを引きちぎったりはしない。
 肌が少しずつ、彼の前に晒されていく。

 美しい王女リリアンヌの顔が頭に浮かぶ。彼女はアシュトスに求婚すると言っていた。恐らくは彼の実家に圧力をかけて、私との婚約を破棄させるのだろう。
 婚約破棄されては、アシュトスと情交をかわすことなど叶わなくなる。

 一瞬、熱い吐息が、剥き出しになった肌に当たった。びくりと震えた。心臓がうるさい。頭の奥が痛くなって、何も考えられなくなる。

 まろびでた胸の双丘をわしづかみされ、ぼんやりし始めていた思考がはっきりする。こんな性的なやりとりは初めてで、恥ずかしくて堪らないが、今夜を逃せばもうこんなことをするのは難しくなるのかもしれない。

 膨らみがたらない胸に、無骨な指を突き立てられて痛みを感じるが、慣れてないのだなと思って愛しく思った。彼は嫡子ではないから、こういうことの教育も受けてないのだろう。それに率先して娼館にいくタイプにも見えない。

 「下手ですまない」とアシュトスは殊勝にも謝る。私は嬉しいから大丈夫だと答えた。情熱的で燃えるような恋じゃなくても、年の割には拙い性的なやりとりでも、私は十分嬉しかった。彼に触れられているところすべてが熱い。身体の奥が疼くのを感じた。

 ──私はこんなにもアシュトスのことが好きだったんだなぁ

 王女に気持ちを聞かれた時はまだピンときていなかった。時間が立つにつれてじわじわと、私の中で彼を失うことが現実味を帯びてくる。

 心が冷えた。今しているこのやりとりも、過去の思い出になってしまうのかと思うと、鼻の奥がツンと痛くなってきた。この瞬間がとても尊いものに思えて、堪らなくなる。

「……エイサ?」
「ごめんね、続けて」
「いきなりこんなの嫌だよな」
「違うよ。違うの、お願いだからやめないで……」

 上半身を脱がされた状態で、私は起き上がる。急に手を止めてしまった彼に抱きついた。

「お願い、アシュトス」

 彼の首にすがりつぎ、今度は私から口づけた。しょっぱいと思った。私は泣いていたのだ。声は震え、視界は緩んで彼の顔がよく見えない。涙を流したくないのに、もう私の頰はびっしょり濡れているらしい。顎から水滴がしたたり落ち、むき出しになった膨らみの上に垂れている。

「──やっぱりやめよう」

 決定的な事を言われて、手を押し返されてしまった。

「アシュトス」
「こんなに泣かれるだなんて思わなくて」
「……っ⁉︎ こ、これは嫌だから泣いてるわけじゃなくて」

 そう、美しい王女に貴方を取られてしまうから泣いているのだ。でもそんなことは言えない。彼はまだ何も知らされてないのだろう。私と結婚するつもりでいるから、今夜抱こうとしているのだ。

 最後までして欲しかった。せめて思い出がほしい。そう心から願っているのに、彼の黒曜石の瞳は暗く沈んでいた。

「……帰る」
「えっ、こんな時間に……?」
「当主のいない家に泊まるのはよくない」

 いや、父も兄もいないからこそ、今夜彼にはここにいて欲しかった。うちは従者も年寄りばかりで、若い働き手は少ない。心細いのだ。

 しかし彼はさっさと服を着込んでいく。

「またしばらく王都を出る」
「……帰ってきたばかりなのに?」
「魔族軍との、国境沿いの争いがなかなか鎮圧しないんだ」

 彼は王宮騎士だ。本来なら城内で警備にあたるはずの彼は、何故か遠征任務が続いていた。うちの兄は『アシュトスは剣の腕が立つからな』とため息混じりに言っていたが、私は彼が志願しているのではないかと心配していた。手柄を、爵位を得るために。私に良い生活をさせるために。

「無理しないでね」
「エイサが心配するようなことはしない」
「うん」

 夜着の前ボタンを止めて、飴色の髪を手ぐしで整える。かんたんに身なりをととのえて、屋敷のアプローチまで彼を見送ることにした。

 夜風は冷たい。身体に巻いたストールをかじかむ手で手繰り寄せると、アシュトスに肩を掴まれて身体を引き寄せられた。

「もう泣くな」
「涙もろくなったのは年のせいだって言ったじゃない」
「まだそんな年じゃない」

 誰かに見られたらと思ったが、私たちは婚約者同士であと二月後には式を挙げる。見送りする時に抱き合っていても不思議ではない。

 ──もしかしたら、夢かもしれないな。

 今も、私は顎を上げられて、唇を重ねられている。今夜以外にこんな行為をされた事はいちどもない。

 朝起きたら、首や胸元につけられた鬱血も消えているのかもしれない。嫌だった。どうか夢ではありませんようにと願った。
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