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王女の正体
しおりを挟む「……殿下は本当に人間なのか? ダンピールとサキュバスをまぜたような不快な臭いがしたぞ」
「さっすが王国軍きっての剣士アシュトスだな~~! 殿下に化けてるやつの正体を一発で見抜くとは」
「茶化すな、答えろロイド」
エイサの兄、ロイドと二人、俺たちはスアレム家へ向かう馬車の中にいた。
騎士服の袖に鼻を近づける。棺桶に入れられる香りのやたらきつい薔薇に似たにおいがした。戦場でもしもリリアンヌと対峙していたら、躊躇することなく彼女を剣の錆にしていただろう。
あの王女からは露骨に魔族のにおいがした。魔族からは何故か死臭を誤魔化すような匂いがするのだ。
「ご名答! あのリリアンヌはリリアンヌじゃない。俺の推測だと少なくとも入れ替わって三年は経ってるな。王女殿下は三年前に魔族軍の拐かしに遭っている。その時に入れ替えが行われたんじゃないかって、うちの団長が言ってたな」
「そこまで分かっていて何故放置している? エイサがたびたびリリアンヌに呼び出されてることをお前だって知ってるだろう!」
「あーあー、お前は本当にもう、エイサのことになるとうるさいな。普段はろくに喋んねえ癖によ!」
エイサのひとつ上の兄、ロイドはうっとおしげに耳穴に人差し指を突っ込む。こいつは伯爵家の嫡男だというのに魔導師団に身を置く変わり者だ。
うちの兄もだが、通常貴族の嫡子は軍属にならない。戦場には常に危険が伴う。跡継ぎがいなくなれば家の存続が難しくなるからだ。
「俺はエイサ以外と結婚するつもりは毛頭ないぞ。魔導師団はリリアンヌ殿下と入れ替わった魔族を始末するつもりなんだろう? 早く何とかしてくれ」
「妹のためにも何とかしてやりたいのはやまやまなんだけどさぁ。決定的な証拠が掴めないんだよ」
「何故だ?」
「リリアンヌは普段、完璧に人間に化けてやがる。ダンピールはそもそも人間と見分けがつかない外見をしているし、サキュバスは変身が得意ときた。そのハーフのリリアンヌは滅多に尻尾を出さない。王家の人間たちが『今の』リリアンヌが本物だと信じてる以上、無闇矢鱈に捕まえて調査することもできないときた」
ロイドは両手を広げて首を振る。窓から差し込む沈みかけの夕日が、エイサと同じ飴色の髪を照らしている。
「なんとか尻尾を出させる方法はないのか?」
「あるが……。言ってもお前、やらないだろ」
「やらない選択肢はない。このまま化け物王女と結婚させられてはたまらん。それにエイサだって」
「わあったよ。あ~~……でもなあ、お前、色仕掛けなんか出来るか?」
「いろじかけ?」
「今のリリアンヌは、ダンピールとサキュバスのハーフが化けている。本性を現すのは閨にいる時だけなんだよ。つまりヤッてる時だけだ」
「……なるほどな」
相手は魔族。正体を現したところを現行で捕まえなくては意味がない。
閨で捕まえるというのは、想像しただけで寒気がするが、魔族研究に最も長けた魔導師団にいるロイドがこう言うのだからこれしか方法が残されていないのだろう。気が重すぎるが仕方ない。
「しかし現行犯で捕らえたとしても、またリリアンヌの姿になられては困る」
「リリアンヌの姿に戻れなくする方法はあるぞ」
「それを先に言え」
「言いづらいんだよなぁ……」
ロイドを睨む。
こいつは昔からまどろっこしいところがあった。結論をなかなか言わないのだ。ロイドはエイサと同じ飴色の髪をぼりぼり掻いて、馬車の天井を見上げている。よほど言いづらい方法らしい。
「エイサの元へ戻るためなら俺は何だってする」
「お熱いねぇ。それを本人に言ってやれよ」
「エイサは言わなくても分かっている」
「……分かってないと思うぞ? お前との婚約を破棄する証書にも何の躊躇いもなくサインしていたからな」
「……何だと?」
「エイサは賢いし、わがままを言わない子だからな。悩んでたぞ~~? お前の気持ちが見えなくて。もうすぐ結婚式だっていうのに、婚約者からはプロポーズされない、好きだとも愛してるとも言われない。父親同士が勝手に決めた青春時代の約束で流されるように結婚。『これでいいのかな』なんて、エイサはため息ばかりついてたぞ?」
「う、嘘だ」
エイサはいつも俺のことを歓迎してくれたし、こちらが蕩けそうになるような笑顔を浮かべて接してくれた。
だが、思い当たらないことがまったくないわけじゃない。
この間の長期の遠征から戻った晩、手出しをしようとして泣かれた。
あと二月後には式を挙げるし、二人で暮らし始める。そろそろ、そういうことをする間柄になっても支障は無いんじゃないか……と考えたのが半分。もう半分は最近ますます綺麗になったエイサ相手に、理性を保てなくなったのもある。
王宮に出入りする頻度が増え、本人も意識せぬ間に磨かれたものもあったのだろう、エイサは綺麗になった。彼女が王宮の廊下を歩くたびに、道行く人間がつきつぎ振り向いていく。中庭の木漏れびを受け、飴色の長い髪を煌めかせながら歩く彼女は、はっとするぐらい美しかった。
俺は焦っていた。俺が躊躇している間に、少し長い遠征に出ている間に、他の誰かがエイサを奪ってしまうのではないかと怖くなった。
あの日はスアレム伯もロイドも屋敷におらず、しかも半月も遠征に行ったあとだった。しばらくエイサの手に触れられなくて、肌寂しく思ったのもある。日を開けずに次の長期遠征に出ることもあり、なんというか焦っていた。
エイサが泣きださなかったら、本懐を遂げるつもりでいた。
──俺との結婚に迷っていたから泣いたのか。
確かに言葉では何も伝えていなかったような気がする。いずれ時がくれば婚姻をむすび、家族になるものだと信じていたから。敢えて言葉にする必然性を感じなかったのだ。
確かに親が勝手に決めた婚姻だが、俺は流されているつもりなぞなかった。エイサを幸せにする為に、自分なりに努力してきたつもりだった。難関の王宮騎士になったのも、エイサを養っていくためだ。彼女に食うに困る生活をさせるつもりはなかった。
「リリアンヌを始末したら、すぐにエイサに求婚する。父親に命令されたからじゃない、俺自身の意思だ」
「……今度こそは言うんだぞ? エイサはお前が父親の命令に背けない、流されて結婚するような腑抜け野郎だと思っていたからな」
「エイサとの結婚に異論は一切なかったからな……」
エイサは子どもの頃から聡明で可愛らしい女の子だった。父親同士が親友でよかったと心からこの運命に感謝したものだった。
……ただ、思春期の頃の自分は素直じゃなかったのも事実。
エイサに『このまま私と結婚してもいいの?』と不安げに問われ、そのまま頷くのがどうしてもはずかしくて『父の命には背けない』などと心にもないことを言ってしまったことも幾度かあった。
彼女が自分との結婚に不安を感じても仕方がない……思い返せば返すほど、自分はエイサに甘えていたと思い知らされた。
「──それで。リリアンヌの正体を暴き、魔族の姿のままで捕まえる方法は何だ?」
甘えていた分、今度は自分が返さねば。ロイドの方へ、あらためて身体を向き直した。
「うちの団長が言うにはだなぁ。男根を切り落とせばいいそうだ。理屈はよくわからんが……」
「は?」
ロイドは顎に手をやり、斜めをみやる。こいつはふざけたことをよく言うやつだが、今のロイドにふざけた様子は見当たらない。
「……リリアンヌの閨に行った男どもは皆直腸を抉られて殺されていた」
「だからって、付いてると仮定するのは先走りすぎじゃないか? 棒状の魔道具を直腸へ入れられた可能性だってある」
「それも考えたが、魔族は雌雄両方の性器をもつ個体も多いぞ? それにダンピールの子は純粋なる雌はまず生まれない。両性具有が一割、雄が九割と言われている。それにリリアンヌに化けてるやつはサキュバスの血も引いている。性欲は強いぞ」
俺には男色の気はまったくない。自分にもあるものがついている魔族に誘われたかと思うと、ぞっとするのを通り越してもはや嫌悪しかない。
「顔色悪いなァ。まあ分かるぞ、記念すべきはじめてのお相手が両性具有の魔族だなんて嫌だよな。お前だったら最後までする前に何とかするだろうが……。まぁ何があるか分からんし、とりあえずエイサで童貞を捨てといたらどうだ?」
「……お前最低だな」
「妹も話せば分かってくれると思うけどなぁ」
どこの世界に、これから魔族に色仕掛けにいくから、先に童貞を捨てさせて欲しいと言える男がいるのか。しかも相手は最愛の女性だ。
「……エイサは今日」
「屋敷に一人でいると思うぞ? 今の時期、親父は忙しいからな。頼んでみたらどうだ? やらせてくれって」
「……殴るぞ?」
「まてこら、俺は本気だぞ? 閨のこと、何も知らないのに百戦錬磨の魔族を相手にするのは厳しくないか?」
「……そうか。じゃあロイド、お前が教えてくれ」
「えっ?」
「お前の遺伝子はエイサと同じものだ。ロイド、お前相手でもかまわないぞ?」
無論、俺は冗談のつもりだった。ふだんから腐れ縁のロイドの冗談にはほとほと困らされてきた。だからちょっとした意趣返しのつもりだったのだが。
「わりぃ! 俺は妻ひと筋なんだ! もうすぐ子どもも生まれるのに、男と不倫なんて出来るかよ!」
ロイドは手と手の間に光の球を出すと、それを俺に向かってぶっ放した。
いきなり全身が淡い光に包まれる。
「ロイド! 何をした!」
「転移魔法だよ。……オマケもつけておいた。じゃあな、うまくやれよ」
視界には羅列した青白い古代言語が浮かび上がる。俺は何度か受けたことがあるが、転移魔法は大の苦手だった。
というか、オマケって何だ?
「くそっ、ロイド!」
──叫んだが、無駄だった。視界がぐるりと暗転した。
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