政略結婚した夫の恋を応援するはずが、なぜか毎日仲良く暮らしています。

野地マルテ@2月27日『帝国後宮録』発売

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話を聞いてください!

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「師匠、お願いです。話を聞いてください……!」
「嫌だと言ったら?」
「聞いて貰えるまでねばります」

 妻のマフローネに枕を投げつけられ、どうしようもなくなった私は、かつての職場の上司の元を訪ねていた。今日は休みだったらしく、師匠──ロアンヌ・ハイゼルは眉毛の無いぼやけた顔で部屋から出てきた。
 私が石畳の上に両膝をつく姿をみて、ただ事ではないことが起こったのを察してくれたのか、額に手をあて、盛大なため息をつきつつも、医院兼自宅に招きいれてくれた。

「はぁ~? マフローネに帰ってくるなと言われて枕を投げつけられただと?」

 やかんに水を入れながら、師匠はこちらを振り向いて素っ頓狂な声を出した。

「浮気でもしたのか?エルンスト」
「するわけないでしょう! 私は兄とは違います!」
「まあ、お前さんほど堅物なやつは今時そうはおらんからな。じゃあアレだ、むりやりマフローネに手を出そうとしたんだろ? 夫婦間だって無理やりしたら犯罪になるんだぞ?」
「出してません!」

 ──やはり相談相手を間違えたか……

 この元上司は女性なのにも関わらず、口調が男性のようで行動も大雑把だった。発言にデリカシーがまったくない。
 医師は変わった人間が多いが、その中でもこのロアンヌ・ハイゼルは飛び抜けていた。

 しかしマフローネのことを知り、自分のこともよく知る人物は彼女しかいないのだ。

「彼女の言葉をよくよく思い出してみろ。最近何かあっただとか、誰かと会ったとか、言ってなかったか? お前は女経験ゼロだからな~~。たぶんアレだ。お前が話聞くのが下手くそすぎて、マフローネはキレたんだろ」

 ぐうの音も出ない。自分が聞き下手、会話下手なのは十分すぎるほど自覚していた。何せ私が良かれと思って言った言葉に、マフローネは一度は嬉しそうな顔をするものの、すぐに怪訝な顔になる。背中を睨まれたことは数しれない。あまり好かれていない自覚はあった。

 
 マフローネは師匠ロアンヌが経営する医院の通院患者で、私は研修医だった。

 腰までのばした癖のないプラチナブロンドに、紫水晶の瞳を縁取る長いまつげ、透けるように白い肌。私は可憐なマフローネに一目で恋に落ちた。受付の時にでも話しかけて、すぐにでも仲良くなりたいと思ったが、師匠に止められた。

 ──『患者をナンパするようなクソ野郎はクビだ』と言われて。

 マフローネがあまりにも可愛すぎる女の子だったので我を忘れていたが、たしかに弱った患者に下心を持って接する医者はクソ野郎だ。一度は納得したものの、やはり彼女のことは忘れられず、マフローネの受付も、問診票の確認も、会計も、次回診療の予約も、すべて自分がやった。回診の都合で担当できない時でも、帰りの挨拶ぐらいはしようとロビー付近でいつもウロウロ待ち伏せしていた。

 その期間、約二年。マフローネは月に二、三回は医院を訪れていた。これを聞いたひとはこう思うだろう。
 『顔、覚えられてるんじゃない?』と。

 私は身分を隠して医師をしていた。貴族出身の医者は珍しくないが、家の都合で家督を急に継ぐこともある。もしもの時に備えて開業医以外は口覆いをして、医療用のキャップを被る。目元以外を完全に隠し、名前すらも偽って患者と接するのだ。


 ──可愛かったな。

 マフローネはそれはもう、愛らしかった。こちらがどきどきしながら『お大事に』と言うと、はにかみながらお礼を言ってくれた。問診票の内容を確認する時も、いつもにこにこしながら答えてくれて、天使かななんて浮かれた頭で思っていた。彼女が尊すぎて四つん這いになって床を打ち叩きたかったが、そんなことをすればクビ間違いなしなので出来なかった。それぐらい、マフローネは自分にとって至高の存在だった。

 師匠ロアンヌ横暴パワハラがひどく、医院が開いている時間帯はすべて出勤というなかなかブラックな労働環境だったが、マフローネの声を聞くだけで全身に溜まった毒素が浄化されるような気がした。

 そんな不健全な日々が続いていたある日、私に転機が訪れた。チェコヴァ家をついでいた兄が恋人の一人に刺されて亡くなったのだ。

 兄はとんでもなく女癖が悪かった。昔から観劇を好んでいた兄はよく女優に手を出しては揉め事を起こしていた。ぜったいにまともな死に方はしないと思っていたが、案の定だった。
 兄が死んでも女優たちのパトロン契約は家単位だったのですぐに切ることが出来ず、私は兄の側近だったモーリスに対応を丸投げした。私は派手でうるさい女が苦手だったからだ。

 領地運営は新鮮で楽しくもあったが、マフローネに会えなくなった毎日はひどく味気なかった。医師の仕事には意外にも未練はなかった。まだ研修医の身であったし、やりがいを感じる前に辞めることになったからだ。

 医師の仕事への未練はなくなっても、マフローネへの未練はどうしても断ち切れず、私は彼女の身辺を調べてしまった。
 そして分かったのが、彼女の家、ブライ家は何年も困窮していたという事実だ。ブライ領の特産物は天候に左右されやすく、何年も赤貧状態であったらしい。

 私はどうしてもマフローネのことがほしかった。彼女が家にいてくれたらどれだけ素晴らしいことだろう。
 研修医をやっていた頃も、彼女の可憐な笑顔に何度救われたか分からない。
 今度は自分が彼女を救う番だと、私は行動に移してしまった。


「マフローネは私のことを軽蔑してるんですかね……。彼女の人生を金で買うような真似をしましたから」

 彼女が私と恋人関係であったなら、結婚とともに実家の借金を肩代わりするのも自然な事だったかもしれないが、求婚時、マフローネにとって自分は初対面の男だった。
 いきなり現れた貴族の男が、借金を代わりに返済するから妻になって欲しいと言ってきた。怪しさ満点だろう。

「その分幸せにしたらいいだろう?」
「それはまあ、そうなんですが……。ただ私は彼女とのやくそくを破りましたしね」

 たしかに結婚前は、自領の運営が忙しいからあまり屋敷に帰れないかもしれないなどと、マフローネに伝えていたが、実際は毎日欠かさず帰っていた。彼女がいる生活があまりにも幸せすぎて、当初の約束をあっさり破ってしまっていた。

 マフローネが愛しすぎて忘れていたが、私達はいわゆる政略結婚だった。恋人あがりの夫婦でもないのに、毎日毎日夫が帰ってくる生活は、そりゃあキツかっただろう。しかも食事を共にしたがる上に、眠る直前まで一緒にいたがるのだ。
 本当は共寝もしたかったし、それ以上のこともしたかったが、我慢した。まだマフローネにとって自分は出会って二月しか経っていない人間なのだ。
 そんな人間からむりやり触れられたら。彼女の心はますます離れていくだろう。


「あまり帰れないという約束を破って、毎日屋敷に帰って、食事を共にしていたんです……」
「それは別にいいんじゃないか?」
「でも帰ってくるなって言われたんですよ?」
「言葉をそのまま受け取って良い時と悪い時があんだよ。マフローネはたぶん、お前が毎日帰ってくる分には嬉しかったんじゃないのか?」
「嬉しかった?」

 師匠が言っていることの意味が分からなかった。

「マフローネは貧しい貴族家の長女だったからねえ、そりゃ家のために苦労したんだよ。子どもの頃から我慢を強いられて、嫌なことを嫌だと言えない娘になっちゃったんだよ。……なんか他にないのか? 最近誰それに会ったとか言ってなかったのか?」
「あ、言ってましたよ。イリーナっていう舞台女優に会ったとか」
「うちの娘じゃないか!」
「そうなんですか? うちの兄がパトロンをやっていたみたいです」

 ただそれが何の関係があるのだろうか。イリーナの名を出したとたん、師匠の表情が険しいものになった。

「うちの娘はお前の嫁になりたがっていた」
「そんなの初耳ですけど」
「イリーナが嫌がらせしたかもな……マフローネに」
「なぜ?」

 不穏なことばに、出されたコーヒーを吹き出しそうになった。イリーナは亡くなった兄のたくさんいた遊び相手のうちの一人で、チェコヴァ家がパトロンを務めている舞台女優の一人だ。自分は直接会ったこともない。いつも金銭のやりとりは家令のモーリスに任せているからだ。

「そのモーリスってやつも怪しいな。イリーナと何回も会ってるんだろ?」
「頼りになる家令ですけどねー」
「エルンスト、お前は領主になったんだから、少しは誰かを疑うことも覚えたほうがいいぞ? 少なくとも、今マフローネは追い詰められている。マフローネがおかしくなったのは、最近なんだろ? そして、イリーナにあったのも最近だ」
「そうですね……。イリーナに会った話をしたのは昨夜ですけど、何日か前に彼女と遭遇したようです」

 そういえば、イリーナの話が出たあと閨に誘われた。マフローネは責任感の強い娘なのか、この二月の間に何回か誘われたことはあったが、彼女が無理をしているのは明らかで、誘いを受けたことは一度もなかった。

 ──イリーナに嗾けられたのか。

「まだお前らは性交渉はしてないんだろ? イリーナが嘘言ったかもな。自分はエルンストと寝てるとか言って」
「そんなすぐにバレるような嘘、言ってどうするんですか」
「いやいや~~男女関係には『火のないところには煙は立たない』なんつー言葉があってな。実際にやってるやってないは関係ないんだよ。それにお前がイリーナとの関係を否定したところでマフローネは信じないだろ?」
「信じないんですか⁉︎」
「だって、ほら。お前は女にモテそうな顔してるし、人当たりだって悪くない。舞台女優と寝ててもおかしくなさそうだぞ?」
「……兄と一緒にしないでください」

 師匠には悪いが、兄の遊び相手だった人間と関係をもつなんて想像する事すら嫌だった。会うことすら億劫で、パトロン関係のやりとりはすべて家令のモーリスに頼んでいたぐらいだ。

「ま、とにかく。信じて貰えるかどうかは置いておいて。マフローネがイリーナに何言われてたのかしっかり聞いて、モーリスとかいう家令のことを調べたほうがいいな」
「了解です」

 半信半疑だが、昔から師匠の言うことは不思議と的を得ていた。それにこのままマフローネと距離を置くのも嫌だった。師匠がいう『言葉をそのまま受け取って悪いこと』の方に賭けようと思った。

「さて、私も協力してやる。善は急げ、だ」
「えっ?」
「ほらほら、マフローネと仲直りしたいんだろ? さっさと動けっつーの!」
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