【R18・完結】お飾りの妻なんて冗談じゃありません! 〜婚約破棄するためなら手段を選びません〜

野地マルテ

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どうしても婚約破棄したい

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 衝立で間仕切りしただけの、殺風景な部屋の一角。
 淡い金髪を肩まで伸ばした女は、青い顔をして俯いていた。彼女の名前はマイヤ。普段は王城で侍女として働いている。
 そんな沈痛な面持ちの彼女の元へ、一人の男がやってきた。

「すみませーん。お待たせしました! 前の任務が長引いちゃって~」

 マイヤは明るい声におずおずと顔を上げる。
 そこには灰色の詰襟服に身を包んだ若い男がいた。少し癖のある短い黒髪に日に焼けた肌。整った口許からは綺麗に生え揃った白い歯が覗く。
 ここは王立騎士団特務部隊の詰所。特務部隊は王立騎士団内でも後ろ暗い任務を担うこともあり、マイヤは怖い雰囲気の騎士が来るのではないかと内心びくびくしていたのだが、同年代らしき男の笑顔に、ほんの少しだけ肩の力を弛ませる。

「マイヤ・アリョーナさん、二十一歳で良かったかな?」
「は、はい。よろしくお願いします!」
「マイヤさん、俺と歳近いじゃん。俺、二十三なんだ~」
「そうですか……」
「ははっ、固いなぁ。もっと肩の力抜いてこ?」

 何だか軽い感じの男が来た。騎士らしくきっちり制服を着込んでいるが、口調は街によくいるナンパ男とさして変わらない。
 大丈夫だろうかとマイヤは不安に思う。
 彼女には悩みがあり、この王立騎士団特務部隊の戸を叩いていた。特務部隊は金さえ積めばどのような任務でも引き受けると、別の意味で評判の部隊。マイヤも、特務部隊ならば自分の悩みを解決してくれるのではないかと考えたのだ。

 男はマイヤの向かいの席に座った。彼らを隔てるテーブルはかなり間口が狭い。書類を置いてしまえばスペースはいっぱいになってしまう。

「おっと、紹介が遅れたね。俺の名はレジナンド。この特務部隊で伍長をやってます! これが仕事じゃなきゃ、茶でも飲みながらゆっくり君の話を聞いてあげられるんだけど、残念ながら任務だからなぁ……。で、マイヤさんのお悩みは何かな?」
「あの……その」
「ああ、ゆっくりでいいよ。話を無理にまとめようとしなくていいから」
「は、はい。私、実は婚約者がいて……。その人との婚約を解消したいと思っているんです」
「はー、なるほどなるほど。婚約破棄ね。原因は相手の浮気? それとも借金が見つかったとか? ウチの部隊、そーゆーのの解決得意だから安心してね♪」
「浮気……というか、浮気相手の方が本命だと思います。浮気相手との関係を隠すために、婚約者は私と結婚したいみたいで……。私は婚約解消を望んでいるんですが、相手は取り合ってくれないんです」
「ふーん……。マイヤさんは平民だっけ? 婚約者の浮気相手は既婚者かな?」

 レジナンドと名乗った男は、マイヤが記入した紙束を手に取る。ふんふんと頷きながら、書類に目を通していく。

「いえ、婚約者の浮気相手は未婚ですけど、婚約者の……部下なんです」
「なるほど、婚約者は部下の男と浮気してた、と」
「なぜ……。何で浮気相手が男性だと分かったんですか?」
「よくある案件だからだよ。マイヤさんの婚約者はさしずめ、騎士ってとこかな? しかもそれなりの地位にいる男でしょう?」
「当たっています」

 レジナンドは万年筆を手に取ると、受付用紙にマイヤの依頼内容をさらさらと記述していく。外見と口調は遊んでいそうな印象を受けるが、字は綺麗だとマイヤは思った。

「婚約者は誰?」
「軍部司令官のリュボフ様です」
「おわ、エリートじゃん」
「無理ですか? リュボフ様相手では」
「そんなことないよ。大丈夫。俺は特務部隊の伍長だぜ? 相手がたとえ近衛師団長でも婚約破棄へ持ち込んでやるさ」

 マイヤが眉尻を下げると、レジナンドはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

「問題はお金なんだよなぁ。マイヤさんの職業は王城侍女か。ご実家からお金は借りられそう? 」
「あ……。私に実家は無いんです。両親はもう亡くなっていて」
「なるほど。リュボフさんは後ろ盾の無いお嬢さんをお飾りの妻にしようとしたのか」
「そう、ですね……」

 リュボフのようなエリートが、何故一介の王城侍女でしかない自分を選んだのか。マイヤはリュボフから結婚を前提とした交際話を持ちかけられた時、浮かれながらも頭の片隅で理由考えていたが、他人からすっぱり『後ろ盾が無いから』と言われてしまうと胸に刺さるものを感じた。


「概算だけど、見積もりはこんな感じかな」

 レジナンドがその場で作成した見積もり金額は、マイヤがなけなしの貯金をかき集めた額の約三倍だった。想像以上に高い依頼料に彼女は白目をむく。

「こ、こんなにするんですか?」
「まぁね。相手は軍部のエリートだ。婚約破棄に持ち込むには、軍部や監査部在職者の協力が不可欠だ。人件費が掛かる分、高額になる。俺だけでリュボフさんを説得出来ればそれに越したことはないけど……。多分無理だね」

 特務部隊の依頼料が高額なことは知っていたが、まさかここまでとは。リュボフと婚約破棄したい。だが、金は用意できない。
 娼館で働く考えも一瞬だけ頭に浮かんでしまったが、職場にバレたらクビは免れない。王城侍女は副業禁止なのだ。
 リュボフの浮気に目を瞑り、このまま結婚するしかないのか。
 マイヤは瞼を閉じると、自分の膝をぎゅっと握り締めた。

「マイヤさん、諦めちゃダメだよ」
「でも、こんな大金……。私には用意できません」
「良かったら、マイヤさんが払えない分は俺が肩代わりしようか?」
「どういうことですか?」

 目の前にいる男は、マイヤが払えない分を払うと言っている。明らかにあやしい申し出に彼女は身構える。彼女は今日、初めてレジナンドと出会った。
 マイヤは王城で働いているので、近衛部隊とはそれなりに面識はあるものの、特務部隊の詰所は城外にあるため、特務部隊と顔を合わせる機会が殆ど無かったのだ。

「おっと、警戒しないでよ?」
「だって、こんな……。すごい大金ですよ?」

 マイヤの一年分の給金がまるまる吹っ飛ぶような金額だ。彼女は王城の侍女になってまだ三年。寮住まいとはいえ、一人暮らしの彼女に多額の貯金は難しい。

「俺は高給取りの騎士だぜ? それに十六歳から働いてるから、金が有り余ってるんだ」
「……私に何を望むのですか?」

 見返り無しに大金を肩代わりするなんてあり得ない。
 マイヤは自分の身を守るように、胸の前で腕をクロスさせた。

「君が考えている通りのことだよ。俺と付き合ってほしいな。この任務が終わるまででいいからさ~」
「そんな……。私はまだ、リュボフ様の婚約者です。不貞がバレたら……」
「向こうだって部下と不貞行為をしているじゃないか」
「だからと言って、私が不貞をしても良い理由にはなりません」
「バレなきゃいいんだよ」
「そういう問題では」
「じゃあ、婚約破棄できなくてもいいの?」

 レジナンドの言葉に、マイヤは下唇を噛む。

「……少し、考えさせてください」

 絞り出すように、そう言うのが精一杯だった。
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