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動き出す
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翌日、レジナンドは早速動き出していた。
大きく腕を横に振るレジナンドの目の前には、首の後ろで黒髪を纏めた男がいた。
二人とも同じ灰色の騎士服に身を包んでいる。
「ムスカリせんぱーい!」
「何だ、いきなりやってきて」
「へへっ、ムスカリ先輩の顔が急に見たくなってぇ」
「嘘を言うな。何か魂胆があるのだろう?」
「はは、バレちゃいますか」
レジナンドは新人時代に世話になった、かつての上官を呼び出していた。
ムスカリ・プラディオール。元はレジナンドと同じ特務部隊所属だったが、結婚を機に近衛部隊へ異動。仕事ぶりは勤勉そのもので、今では近衛師団長の副官の一人を務めている。
胸の前で腕を組む、その表情は厳しい。ムスカリは周囲から強面と評されているが、レジナンドは平然と軽口を叩く。
「すごいっすよねえ、ムスカリ先輩。他の副官はばりばりの貴族の子息ばかりなんでしょ? 平民出身の叩き上げの騎士で、近衛師団長の副官にまで成り上がる人なんてそうはいませんよ」
「デリング閣下は部下の生まれを気にされない方だからな。……まぁ、俺のことはいい。お前の要件を教えてくれ」
「せっかちだなぁ」
かつての後輩のごますりに顔色一つ変えない。レジナンドはムスカリの堅物なところは嫌いではなかった。
「特務部隊になかなか厄介な依頼が来まして」
「楽天家のお前が厄介と言うとは。騎士団の他部隊か他部門絡みか」
「ご名答! さすがムスカリ先輩!」
「特務部隊と普段から関わりのあるところか? 軍部か、監査部か……」
「軍部の司令官がホシなんすよ」
「それは厄介だな」
「でしょう?」
ホシとは特務部隊内で使われている隠語で、ターゲットを指す。
マイヤの依頼のホシは、軍部司令官のリュボフだ。
「まぁでも、命を取らなきゃいけないわけじゃないんで」
「何が目的だ?」
「婚約破棄です。依頼者はホシが部下と浮気をしているところをばっちり見ちゃったらしくて。絶対結婚したくないって必死なんです」
「軍部は騎士団の中でも特に男所帯だからな……。部下は男か。男色家がバレたらまずいホシが、身よりの無い女性をお飾りの妻にしようとする話は王城内でもあった」
「あっ、もしかしてムスカリ先輩知ってるんですか?」
「マイヤさんのことか?」
「おわっ、当たりっす!」
「マイヤさんは王城勤めの侍女だからな。近衛は侍女と接する機会が多い」
「羨ましい……。あんなに美人でエッチな女の子と知り合えるなんて」
レジナンドの言葉に、ムスカリは片眉を吊り上げる。スッと通った鼻梁には皺が寄っていた。
「お前、マイヤさんに手出ししてないだろうな?」
「あはは……」
「まったく、仕方のないヤツだ。不誠実な真似ばかり繰り返すといつか女に刺されるぞ」
「そっすね……」
「マイヤさんの婚約者はリュボフだと聞いた。婚約破棄まで持ち込めそうなのか?」
気まずそうに人差し指同士をつんつん突き合わせているレジナンドを見て、ムスカリは話題を戻す。
「色々手は考えたんですけど、ムスカリ先輩ならどうするかなって思いまして」
「そうだな……。マイヤさんが出せる金額はどうなんだ? それによって手立ては変わってくる」
「マイヤさんが出せる金額、すか?」
レジナンドはきょとん顔で聞き返す。
「身の丈に合わない金額の見積もりを出しても仕方ない。マイヤさんは王城勤めの侍女と言ってもまだ三年ぐらいしか働いていない。身よりのない一人暮らしだ。用意出来る金は限られているはずだ。そう考えると、手立ては限られてくる。少なくとも、人手を掛けることは出来ないだろうな」
ムスカリが淡々と述べるド直球の正論に、レジナンドはウッと言葉を詰まらせる。
レジナンドはマイヤがとても用意出来ないような金額の見積もりを作成し、依頼料の三分の二を肩代わりすることを条件に性的な関係を迫っていた。
「俺がお前の立場ならば、自分一人で出来ることをマイヤさんに提案するだろう」
「な、なるほど……」
「まさかお前、人手を掛けるような高額なプランを提示してはいないよな?」
「はは……まあ……」
「はぁ……。まったくお前は仕方のないヤツだ。とりあえずは一人で何とか出来そうな方法を考えろ。マイヤさんの結婚式まで後三ヶ月ある。充分考える時間はあるだろう」
「あ、ちょっと! ムスカリ先輩! どこ行くんですか?」
ムスカリはレジナンドに背を向ける。用は済んだと言わんばかりに。
レジナンドは慌てて腕を伸ばす。
「俺のこと、助けてくれないんですか⁉︎」
「俺には俺の務めがある。お前だってもう伍長だろ? 少しは頭を使え。いつまでも新人気分でいるな」
「ええ~⁉︎」
当てが外れてしまったレジナンドはがっくり肩を落とす。
レジナンドはいくらお金が掛かっても、かつての上官に助けてもらう気満々でいた。
(仕方ない、次行くか……。と、その前に)
レジナンドの頭にマイヤの顔が浮かぶ。
今日の午後も会う約束をしている。
任務が上手くいかなくても、女の子と会う約束があるだけで気分が上がった。今夜もみだらで卑猥で楽しいことをいっぱいしたい。
「マイヤさんっ、待っててね~~!」
レジナンドはその場で飛び上がると、マイヤと約束している宿へ向かってスキップし始めた。
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