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最悪な出会いだった
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「何? これ……」
決闘から三日後、マイヤは王立騎士団特務部隊の詰所にいた。
相談室の小さな机の上に置かれた小切手に、彼女は目を丸くさせる。
彼女の向かいに座るレジナンドは、翡翠色の瞳に弧を描くと、小切手を指差した。
「あげるよ、それ」
「あげるって……どういうこと?」
金額はマイヤが支払った依頼料よりも桁が一つ多い。こんな高額を受け取る謂れはない。
「う~~ん。端的に言うと、これは示談金だ」
「示談金?」
「俺、マイヤさんのことをさんざん抱き潰したじゃん? 依頼料を肩代わりするって言ってさ。あれ、軍法に引っかかるんだよね~~。マイヤさんに訴えられたら俺は確実に負けちゃうから、金で許して欲しいな、なんて……。あ、ちなみにその金、うちの実家の金だから。変な出所の金じゃないよ?」
「レジナンド……あなた……」
(もしかして、わざと私を……?)
買い被り過ぎかもしれないが、レジナンドは自分へ金を渡す口実にわざと何度も抱き潰したのだろうか。
レジナンドにされた行為の数々を思い出すと、身体が熱くなり、下腹が落ち着かなくなった。
「別にあなたを訴えないわ。あなたに身体を開くことを決めたのは私だもの。それに、あなたにはとても快くして貰ったし……」
「マイヤさんは優しいねえ。じゃあ、これはお礼として受け取ってよ。俺、マイヤさんとセックス出来て嬉しかった。マイヤさん、俺の理想そのものなんだもん。君と過ごせた時間は夢みたいだったよ」
屈託のない笑顔を浮かべるレジナンドに、マイヤは少しだけ泣きそうになる。身体を求めてくる彼をクズだと思った。でも、憎めないと思ったのも事実。彼から与えられる快感に悦びを覚えたのも……事実だ。
「分かった。このお金は受け取っとく。私も、あなたとのセックスは良かったと思う」
「そっか、良かった」
二人はどちらからともなく席を立つ。
マイヤの頭に、レジナンドから何度も『結婚したい』と言われていたことがよぎるが、あえて尋ねなかった。
おそらく、レジナンドは自分と結婚する気はないのだろう。当たり前だ。何度も断ったのだから。
「レジナンド、ここでいいわ」
詰所の入り口まで来たところで、マイヤはレジナンドの方を振り向く。
「エリオン様……お父様のこと、お大事にね」
「ありがとう、マイヤさん。いやぁ、親父にマイヤさんのことを紹介したかったよ! ……でも、諦めなきゃな。俺、何度も振られてるし」
「レジナンド……」
「その金でさ、今度はマトモな男を捕まえなよ。もう、自分を粗末にしちゃダメだよ?」
「あなたがそれを言うの?」
「お前が言うな! って感じだよな~~ははっ」
がしがしと、癖のある黒髪をかくレジナンドの笑顔には元気がない。マイヤの胸の奥がきゅうっと締め付けられる。
「もう男の尻は追わないわ」
「それがいい。マイヤさんは綺麗なんだから、男に追わせなきゃね」
「ありがとう、レジナンド。元気でね」
「マイヤさんこそ元気でな。またお金が必要になったら巻き上げに来てよ。俺は伯爵になるから多少は何とかなるよ?」
二人はひとしきり笑い合い、そして別れた。
出会いは本当に最悪だった。
でも、今マイヤの心の中には爽やかな風が吹いている。
レジナンドと共に生きていきたいと、少しでも思わなかったと行ったら嘘になる。彼に好意をまったく抱かなかったと言えば嘘だ。でも、ここで別れるのが正しいだろう。
この後マイヤは王城侍女を辞め、レジナンドから受け取った金を元手に王都で商売を始めた。
王都で働く女性向けの化粧品を売る店だ。
マイヤの商売は軌道に乗り、十年後には彼女がプロデュースした口紅が王都の一大ブランドになる。
社交界でもマイヤのことが話題になり、彼女に求婚する男は多く現れたが、彼女は誰のことも相手にしなかった。
しかし、マイヤが三十五歳になった時、彼女は共に店を大きくした知人へ商売の権利を譲り、表舞台から退く。
タブロイド紙には同年代の伯爵との電撃結婚の記事が載り、世間を騒がすのだが、それはまた別の話である。
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