【R18・完結】王女メリアローズの決断

野地マルテ

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言わなければ

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「……私にはかつて、婚約者がおりました。大人になったら、結婚の時期が近づいたら、自分の気持ちを伝えようと考えていたのですが……」

 最後まで言われなくても、結果は想像がついた。アルベルタの婚約者は亡くなったのだ。……戦争で。

「……失って、もう十年になります」

 なんと声をかけたらいいのか分からなかった。「大変だったわね」「辛かったわね」……思い浮かぶ言葉はどれも表面的で、アルベルタの心に寄り添っていないと感じた。

「申し訳ありません、暗い話をしてしまって」
「……いえ」
「……そろそろ行きます。お時間を取らせてしまいましたね」

 砦中の皆の憧れの的で、颯爽としているアルベルタ。一見完璧な彼女の、素顔が垣間見えた気がした。

 ◆

「よっ、どうした? 暗い顔をして」
「……お兄様」

 黒いローブをまとった男が、誰もいなかったはずの中庭にいきなり現れる。婚礼の式が終わったというのにサディアスは「やることがある」と言い、王都になかなか帰らなかった。

「……お兄様は、アルベルタさんの婚約者のことをご存知ですか?」
「なんだ、突然」
「アルベルタさんから、婚約者の話を聞いたのです」

 情報通の兄ならば、アルベルタの婚約者について知っているかもしれない。詮索のはよくないと思ったが、どうしても気になった。

「アルベルタの婚約者、か……。聞かないほうがいいと思うぞ? 無駄に気分が沈むだけだ」
「そんな言い方をされたら、余計に気になります」

 兄の言い方だと、自分が知る人物かもしれない。ここ数年、アルベルタの婚約者になりそうな若い男性の訃報は聞いていないが……。

「……ラントの将軍、アウナスだ」
「っ!! 敵の……!」

 思いがけない人物の名に、メリアローズは後ろから頭を殴りつけられたような衝撃を受ける。

「驚くほどでもないだろ。アルベルタはティンシア領主家に仕える男爵の娘だった。貴族の娘なら、和平のために隣接した土地に嫁ぐことはよくある」
「それはそうですが……」

 よりにもよって、ラントの領主家の嫡男であるアウナスが元婚約者だとは。
 それにアルベルタは、アウナスにまだ未練があるような口ぶりだった。

「まぁ、ティンシアとラントの和平条約は上手くいかなかったんだけどな……。ラントは帝国から独立した領地だが、ティンシア以上に寒さが厳しくて過酷な土地だ。魔石鉱山のような資源もない。ラントはラントで、ティンシアを落としたい理由があるんだ」

 どんな理由があるにせよ、戦争はいけないとメリアローズは思う。
 アルベルタは、アウナスを「失った」と言っていた。かつて婚約していて、情もあった人のことをなくしたと言わなければならない彼女は、どれほど辛い思いをしていることか。しかも、元婚約者は今や敵なのだ。

「……戦争はやめられないのですか?」
「俺的には、今が一番停戦にふさわしい時期だと思うがな。将軍アウナスは片目を失う重症を負い、ティンシアには王女が輿入れした。これ以上ラントはティンシアを攻めるべきじゃない」
「では、停戦を申し出るべきです」
「……もうやってるさ。だが、相手方からの返答はまだない」

 すでにサディアスは動いていた。だが、その表情は浮かなかった。

 ◆

 夜。メリアローズはエリヴェルトの部屋の寝台にいた。

「申し訳ない。待たせてしまったな」

 眉を下げるエリヴェルトからは、石鹸の清潔な匂いがした。軍議が長引き、湯殿に行くのが遅くなってしまったらしい。

「いいえ……」

 メリアローズは首を横に振る。
 一体何から話せばいいか、分からない。自分の気持ちのこと、アルベルタのこと、停戦のこと……。考えることがありすぎて、頭の中はまだまとまっていなかった。

 だが、戦争は終わっていないのだ。考えたくもないが、エリヴェルトが明日にでも命を落としてしまうかもしれないことを考えると、すぐにでも自分の正直な気持ちを伝えたほうがいいと思う。
 それは分かっているのだが……。
 
(……勝手に襲ってしまったことも言わなくちゃ)

 きっとエリヴェルトは軽蔑するだろう。彼の優しい眼差しがなくなってしまうと思うだけで恐ろしい。下手すると、離縁したいと言われてしまうかもしれない。
 だが、それでも言わねばならない。
 
「エリヴェルト……お話しなければならないことがあるのです……」

 心臓を、直接殴られているのではないかと錯覚するぐらい胸は早鐘を打つ。

「私も、君に話があるんだ」

 エリヴェルトの言葉に、顔をあげる。

「何でしょうか?」
「いや、君から話してくれ」
「あ、あの、私は話が長くなりそうなので……お先にどうぞ」
「そうか……では……」

 一体何の話だろうか。もしかして、閨の行為に気がついてしまったのだろうか。

(私……声が大きかったですし……)

 あれだけ嬌声をあげていれば、いくら睡眠薬と入眠魔法を併用していたとはいえ、起きてしまってもおかしくない。

「私が、寝ている間のことなのだが……」
「えっっ!」

 エリヴェルトが発した言葉に、びくりとメリアローズは肩を震わせる。慌てて、両手で口を塞いだ。

「ご、ごめんなさい……! 遮ってしまって」

(どうしましょう……! やっぱり気がつかれていたのだわ)

 ぶわりと背から汗がふき出した。
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