【R18・完結】王女メリアローズの決断

野地マルテ

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封印した想い

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「ふわぁっ……」

 翌日。メリアローズは救護室にて、次々にやってくる兵士の怪我を癒していた。患者が一時的に途切れたタイミングでつい、欠伸が出る。怪我や体力は魔法で回復させることができても、寝不足だけはどうにもできない。ここに来てから毎晩エリヴェルトと睦あっているメリアローズには睡眠が足りていなかった。
 それに昨夜は「俺だけを見てほしい」と衝撃的なことを言われてしまった。あの縋るような彼の目を思い出すと、叫び出したい気持ちになる。


「……お疲れですか、メリアローズ様」

 背後から声を掛けられる。振り向くと、そこにはアルベルタがいた。救護室にいる他の女性医法士達から「アルベルタ様よ」と黄色い声が次々に飛ぶ。男装の麗人のような彼女を見て、皆色めきたっている。

「油断してごめんなさい。あまりよく眠れていなくて……」
「……申し訳ございません。不躾なことを申しました」
「えっ」

 アルベルタは形の良い眉を下げ、すべらかな頬を赤く染めている。新婚夫婦の寝不足の理由は、通常一つしかない。

「い、いいのです! 心配してくださってありがとうございます」
「……お許しいただき、ありがとうございます。あの、もしよろしければ少しお時間をいただけませんか?」

 アルベルタはおずおずと口を開いた。

 ◆

 二人は砦内にある中庭に出る。灰色の無骨な空間が広がる砦だが、渡り廊下の間にはちょっとした中庭があった。中庭にはコスモスに似た白い花が咲いていて、砦内で過ごす人の憩いの場になっている。
 今は業務時間帯だからか、他に人の姿は見えない。

 アルベルタは懐から白いハンカチをさっと取り出すと、木製のベンチの上に広げた。

「どうぞ」

 彼女の隙のない所作に、メリアローズは「ふふ」と小さく笑う。エリヴェルトがいつもそうしてくれたことを思い出したのだ。
 だが、すぐに人の親切を笑う行為は失礼だと気がつき、慌てて頭を下げた。

「あっ、ごめんなさい! せっかくハンカチを敷いてくださったのに、笑ってしまって……。エリヴェルトがいつもそうしてくれたから」
「……いいえ、将軍と仲が良いのですね」

 仲が良いと言われると、嬉しいが恥ずかしくなる。なんと答えればいいのか迷っていると、隣に座ったアルベルタが口を開いた。

「メリアローズ様、私とエリヴェルト将軍の噂はお聞きになられましたか?」
「噂……ですか?」

 アルベルタは女性達に大人気で、西の塔から戻ってきたばかりだったこともあり、救護室も彼女の話題で持ち切りだった。
 だが、彼女のエリヴェルト絡みの噂は何も聞いていない。救護室の女性達が配慮したのかもしれないが……。

「……私とエリヴェルト将軍が、恋仲だという噂です」

 メリアローズは一瞬、息を詰める。彼女が言ったことは考えなかったわけではない。乳兄弟とはいえ、同い年の男女だ。二人ともハッとするような美形で、何かの機会に恋仲になっていたとしてもおかしくはない。

「恋仲だったのですか?」
「いいえ……。ずっと実の兄弟のように育ちましたから、エリヴェルト将軍を男性として見たことはありません」

(これはどうなのかしら……?)

 メリアローズは、ずっとエリヴェルトへの気持ちを誤魔化し続けていた。副官として彼を支えていたアルベルタもそうなのではないかと考える。だが、ここで彼女の言うことを否定したところでどうにもならないだろう。

「そうなのですか……。実は私は……ずっとエリヴェルトへの気持ちを誤魔化していました」

 ここは、自分の話をすることにした。
 そうすれば、彼女の本心が分かるかもしれないと思ったから。

「エリヴェルトと出会ったのはもう十年も前になります。彼はまだ、士官学校を卒業したばかりの新任の少尉でした」

 王城の内で迷っていたエリヴェルトと偶然出会った。メリアローズは自分の立場を明かすことなく、彼を叙任式が行われる謁見の間まで案内したのだ。
 無事、謁見の間にたどり着いた時のエリヴェルトのほっとしたような笑顔は今でも忘れられない。
 もしかしたら、あの時に恋に落ちていたのかもしれないと思う。

「……謁見の間まで案内したことがきっかけで、私達は顔を合わせるたびに話す間柄になりました。私は、いつも優しくて穏やかなエリヴェルトに好感を持ちました……好きだったと思います。でも……」

 自分の気持ちを認めるわけにはいなかった。
 エリヴェルトは領主の息子、自分は王女と言っても三番目、立場的には降嫁してもおかしくはない。
 だが……。

「私はエリヴェルトへの気持ちを封印しました……」

 エリヴェルトの存在は、メリアローズには眩し過ぎた。軍人らしく背が高く逞しい体躯、整い過ぎていて酷薄そうな印象を受けるが、笑うと途端に可愛らしくなる顔。穏やかで優しい口調、たまに寂しそうに笑うところ、彼の何もかもが魅力的に思えた。

「どうしてですか?」
「わ、私は……彼にふさわしくなかったから」

 色々理由をつけて、エリヴェルトへの気持ちを否定し続けた。
 自分は王女だから、戦争で大変な思いをしているエリヴェルトとティンシア領を支えなくてはならない。私的な恋心など、持ってはいけないと。
 だが、彼への気持ちを否定した一番の理由は、自分自身の自信のなさからだった。
 姉達のように美しくない自分は、魅力に溢れたエリヴェルトにふさわしくないと思った。

「……メリアローズ様、今は戦時中でございます。この砦にいる者は、皆明日の命がどうなるのか分かりません」

 アルベルタの言葉に、俯いていたメリアローズは顔をあげる。

「僭越ながら、素直なお気持ちを将軍にぶつけることをお勧めいたします」
「でも、……迷惑だと思われてしまったら?」
「あなたの愛した方は、妻から好意を伝えられて迷惑に思う器の小さな男なのですか?」

 メリアローズは首を横に振る。エリヴェルトはずっと誠実だった。好意を伝えれば、好意を返してくれる人だと思う。

「ならば、今夜にでもお気持ちを伝えるべきです。私は……」

 アルベルタは視線を外す。

「私は、伝えられませんでした……」
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