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頼もしい助っ人
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医局に寄り、診療記録を手にしたメリアローズは、病室の扉を軽く叩く。すぐに複数の返事があった。
停戦しても、砦内には長期的な病や怪我で苦しむ者が多くいた。
治癒魔法は、受ける者の体力が必要だ。一度に回復しては逆に命にかかわることもある。特に体内の魔力が少ない者は、魔法に対する耐性があまりない。だから、毎日少しずつ癒す。
「おはようございます、気分はいかがですか?」
真っ白な寝台に横たわった患者に、にこやかに声をかける。
患者は四十代の男性で、先月右腕の腱を切ってしまった。長らく兵士として戦ってきた彼は全身の消耗が激しく、怪我が治ってももう戦場に立てないだろう。
「……はい。おかげさまで。あの、メリアローズ様……」
男性は乾いた唇を震わせる。
「はい、何か?」
「戦争が終わった、というのは本当でしょうか……?」
外の情報が入りにくい病棟にも、停戦の報が流れたらしい。
メリアローズは、不安と期待が入り混じったような彼の問いに、静かに頷いた。
「はい……停戦しました。もう戦わなくてもいいのです」
この病棟にいる人達は、もう戦場に戻らなくてもいいのだ。何度も傷つき、簡易的な治癒魔法でその場かぎりの治療をして、戦ってきた兵士達。
また戦場に戻る日のことを考え、眠れなくなってしまった者も多くいた。睡眠障害を抱えていたのは、エリヴェルトだけではなかった。
「……ありがとうございます、メリアローズ様。あなた様のおかげです」
「いいえ、ずっとこの砦を守り続けてくれた、あなたやティンシアの皆さんのおかげです。私は何もしておりません」
アウナスを脅したことは、結果的には停戦に繋がったのかもしれない。
だが、この十年、どこかで砦の守りが崩れていたら……デカリア王国自体が危ないことになっていただろう。
「これからは安心して、怪我を癒してください。あなたや、あなたのご家族のために」
「うっうぅ……ありがとうございます、ありがとうございます……!」
中年の元兵士は動く左手で顔を覆うと、嗚咽を洩らした。彼の声を耳にしたのか、カーテンの仕切りの奥でも啜り泣く音がする。皆、長い間耐えてきたのだ。
「メリアローズ様」
病室に、別の医法士がやってきた。
「王都から医法士の一団が到着しました」
◆
「まぁ、院長様……!? と、マリ! アルダン!」
王都からやってきたという医法士の一団がいる部屋に行くと、そこには王城の医法院で働いていた頃に世話になった院長と、かつての同僚が二人いた。
「副院長にすべてを任せて、マリとアルダンと共にここに来てしまいました……。ですが、停戦したそうですね」
院長は困ったような笑顔を浮かべて、頭をかく。
「さっすが、メリアローズ様! 仕事が早い!」
「十年も続けていた戦争を、どうやって停戦に持ち込んだのですか?」
耳の下で栗色髪を二つ結びにした小柄なマリがはしゃいだ声をあげ、癖のない黒髪を肩のあたりで真っ直ぐに切り揃えた、ひょろりと背の高いアルダンが首を傾げている。二人とも、メリアローズより二つ三つ若い。
「……アウナスが攻めてきたから、直接説得しただけよ」
「説得しただけって……」
「わぁ、すごい! やっぱりメリアローズ様、はんぱないですね!」
アルダンは困惑したような顔をし、マリは笑いながら手を叩いている。つい最近まで二人と一緒に働いていたはずなのに、ひどく懐かしく思う。
「二人とも、来てくれてありがとう。院長様もありがとうございます。停戦しましたが、この砦には多くの患者がいます」
停戦したといっても、医局が逼迫している状況はすぐには変わらないだろう。戦がないぶん新たな負傷者は減るだろうが、それでも既存の患者が多くいるのだ。
「……力を貸してください」
メリアローズは深く頭を下げる。
「はい、そのために参りました」
「もちろんです!」
「腕が鳴りますね」
院長は目の端に皺を寄せて笑い、マリは両手に拳を作る。アルダンは得意げに薄く笑った。
マリは裕福な伯爵家の令嬢だったが、王女ながら民のために身を粉にして働くメリアローズに感化されたと言って、実家を出て医法士になった。
アルダンは高明な魔法学者を何人も輩出している名家の出で、マリの婚約者だった。マリが医法士になるならと彼も同じ道に進んだ。
「……アルダン、良かったの?」
きっとマリがティンシアへ行きたいと言い出し、アルダンがそれについて来たのだろう。
「ええ、環境が変わればマリも私と結婚したいと思うようになるかもしれませんし」
「メリアローズ様、聞いてくださいよー。アルダンったら、まだ私のことを諦めないんですよ?」
「諦めるという言葉は、私の辞書にはないですから」
「そう……」
二人は相変わらずだった。アルダンはマリを溺愛していて、マリはそれをちょっと迷惑しそうにしつつも、満更でもなさそうにしている。
医法院で働いていた時も、大変なことはあった。だが、この二人のやりとりを目にしてほんの一瞬なごめた時間がどれだけ貴重だったか、ティンシアに来て思い知った。
砦の医局は常に重たい空気が流れていた。
部屋の扉がふいに叩かれる。返事をすると、扉が開かれた。
「メリアローズ様! 院長様!」
扉の向こう側にいたのは、医局長のモールだった。
停戦しても、砦内には長期的な病や怪我で苦しむ者が多くいた。
治癒魔法は、受ける者の体力が必要だ。一度に回復しては逆に命にかかわることもある。特に体内の魔力が少ない者は、魔法に対する耐性があまりない。だから、毎日少しずつ癒す。
「おはようございます、気分はいかがですか?」
真っ白な寝台に横たわった患者に、にこやかに声をかける。
患者は四十代の男性で、先月右腕の腱を切ってしまった。長らく兵士として戦ってきた彼は全身の消耗が激しく、怪我が治ってももう戦場に立てないだろう。
「……はい。おかげさまで。あの、メリアローズ様……」
男性は乾いた唇を震わせる。
「はい、何か?」
「戦争が終わった、というのは本当でしょうか……?」
外の情報が入りにくい病棟にも、停戦の報が流れたらしい。
メリアローズは、不安と期待が入り混じったような彼の問いに、静かに頷いた。
「はい……停戦しました。もう戦わなくてもいいのです」
この病棟にいる人達は、もう戦場に戻らなくてもいいのだ。何度も傷つき、簡易的な治癒魔法でその場かぎりの治療をして、戦ってきた兵士達。
また戦場に戻る日のことを考え、眠れなくなってしまった者も多くいた。睡眠障害を抱えていたのは、エリヴェルトだけではなかった。
「……ありがとうございます、メリアローズ様。あなた様のおかげです」
「いいえ、ずっとこの砦を守り続けてくれた、あなたやティンシアの皆さんのおかげです。私は何もしておりません」
アウナスを脅したことは、結果的には停戦に繋がったのかもしれない。
だが、この十年、どこかで砦の守りが崩れていたら……デカリア王国自体が危ないことになっていただろう。
「これからは安心して、怪我を癒してください。あなたや、あなたのご家族のために」
「うっうぅ……ありがとうございます、ありがとうございます……!」
中年の元兵士は動く左手で顔を覆うと、嗚咽を洩らした。彼の声を耳にしたのか、カーテンの仕切りの奥でも啜り泣く音がする。皆、長い間耐えてきたのだ。
「メリアローズ様」
病室に、別の医法士がやってきた。
「王都から医法士の一団が到着しました」
◆
「まぁ、院長様……!? と、マリ! アルダン!」
王都からやってきたという医法士の一団がいる部屋に行くと、そこには王城の医法院で働いていた頃に世話になった院長と、かつての同僚が二人いた。
「副院長にすべてを任せて、マリとアルダンと共にここに来てしまいました……。ですが、停戦したそうですね」
院長は困ったような笑顔を浮かべて、頭をかく。
「さっすが、メリアローズ様! 仕事が早い!」
「十年も続けていた戦争を、どうやって停戦に持ち込んだのですか?」
耳の下で栗色髪を二つ結びにした小柄なマリがはしゃいだ声をあげ、癖のない黒髪を肩のあたりで真っ直ぐに切り揃えた、ひょろりと背の高いアルダンが首を傾げている。二人とも、メリアローズより二つ三つ若い。
「……アウナスが攻めてきたから、直接説得しただけよ」
「説得しただけって……」
「わぁ、すごい! やっぱりメリアローズ様、はんぱないですね!」
アルダンは困惑したような顔をし、マリは笑いながら手を叩いている。つい最近まで二人と一緒に働いていたはずなのに、ひどく懐かしく思う。
「二人とも、来てくれてありがとう。院長様もありがとうございます。停戦しましたが、この砦には多くの患者がいます」
停戦したといっても、医局が逼迫している状況はすぐには変わらないだろう。戦がないぶん新たな負傷者は減るだろうが、それでも既存の患者が多くいるのだ。
「……力を貸してください」
メリアローズは深く頭を下げる。
「はい、そのために参りました」
「もちろんです!」
「腕が鳴りますね」
院長は目の端に皺を寄せて笑い、マリは両手に拳を作る。アルダンは得意げに薄く笑った。
マリは裕福な伯爵家の令嬢だったが、王女ながら民のために身を粉にして働くメリアローズに感化されたと言って、実家を出て医法士になった。
アルダンは高明な魔法学者を何人も輩出している名家の出で、マリの婚約者だった。マリが医法士になるならと彼も同じ道に進んだ。
「……アルダン、良かったの?」
きっとマリがティンシアへ行きたいと言い出し、アルダンがそれについて来たのだろう。
「ええ、環境が変わればマリも私と結婚したいと思うようになるかもしれませんし」
「メリアローズ様、聞いてくださいよー。アルダンったら、まだ私のことを諦めないんですよ?」
「諦めるという言葉は、私の辞書にはないですから」
「そう……」
二人は相変わらずだった。アルダンはマリを溺愛していて、マリはそれをちょっと迷惑しそうにしつつも、満更でもなさそうにしている。
医法院で働いていた時も、大変なことはあった。だが、この二人のやりとりを目にしてほんの一瞬なごめた時間がどれだけ貴重だったか、ティンシアに来て思い知った。
砦の医局は常に重たい空気が流れていた。
部屋の扉がふいに叩かれる。返事をすると、扉が開かれた。
「メリアローズ様! 院長様!」
扉の向こう側にいたのは、医局長のモールだった。
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