35 / 57
第35話 怒り
しおりを挟むアザレアとサフタールが王城の客室へ向かって歩いていたところ、二人は後ろから声を掛けられた。
「アザレアか?」
聞き覚えのあるしわがれた声に、アザレアは心臓を跳ねさせる。
振り向くと、そこには黒い肋骨服を着た男がいた。
白髪まじりの銀髪を後ろに流しているその男は、アザレアの父親──大公であった。
「お父様……」
「元気だったか?」
「はい……」
「大公閣下、ご無沙汰しております」
すかさずサフタールが前に出る。つい先ほどまで顔を青ざめさせていたとは思えないほど、はきはきと大公に挨拶をする。
「婿殿か。堅苦しい挨拶はいい。じき、我々は親子になるのだから」
「はっ……」
「ちょうどいい、二人と話したいことがある。まだ式典まで時間があるだろう?」
アザレアは自分で返事をする前に、隣りに立つサフタールの顔を見上げた。
客室にはディルクを探しに来ていた。彼に一番、危険が迫っていると判断したからだ。だが、大公関連でもサフタールは危険予知をしている。
「私達も、大公閣下にお伝えしたいことがございます」
「そうか、では私の客室で話そう」
◆
ローテーブルを挟み、奥のソファに大公が。扉に近い位置のソファにはアザレアとサフタールが腰掛ける。
ソファに腰を沈めるなり、大公は口を開く。
「君達が私に話そうとしているのは、朱い魔石バーミリオンのことか?」
「……ご存じだったのですね、お父様」
「先ほど、ブルクハルト国王から直々に報告を受けた。朱い魔石は膨大な魔力を持つゆえ、加工が難しい。我が公国に技術協力を願いたいと。もちろん私は協力を惜しまないつもりだ。他の魔石同様、朱い魔石を折半する約束もした」
「そうですか……」
サフタールは胸に手を当てて、ほっと息を吐いている。ここで朱い魔石の魔力に目が眩み、どちらかの国が独り占めしようとすれば争いの火種になってしまう。
国王と大公が今まで通り協力関係を望んでいる。それが知れただけでもアザレアは安心できた。
「朱い魔石が発掘された魔石鉱山は、公国と王国とが力を合わせて守っていくべきだろう。一国で所有していては、他国に狙われてしまうからな」
「大公閣下の仰る通りかと」
「だが、公国も王国も、国内には朱い魔石の独占を望む者も出てくるだろう。……油断は出来ん」
大公の言葉に、アザレアはストメリナの顔を思い浮かべる。彼女は、魔法で呼び出した氷製のゴーレムに魔石を食べさせ、巨氷兵という殺戮兵器を作り出していた。
ストメリナは巨氷兵を使い、王国を落とすつもりなのだ。
(ゾラは私の魔法でも、巨氷兵を溶かすのは難しいかもしれないと言っていた……)
巨氷兵に朱い魔石が使われたら。寒気を覚えたアザレアは、二の腕をさする。
大公はそんなアザレアに視線を向けると、目を細めた。
「その雪鈴草のコサージュ……。とても似合っているぞ」
「えっ……は、はい?」
「それを付けていることにすぐに気がついてはいたのだが、誉めるタイミングを失っていた。すまないな」
アザレアは自分の胸元に視線を落とす。彼女はストメリナの企みを思い出し、寒気を覚えて二の腕をさすっていただけなのだが、大公はどうも勘違いしたらしい。
せっかく付けてきた結婚祝いのコサージュについて言及されないので、「気がついてないのでは」とアザレアが思い、二の腕をさすってアピールしたと大公は考えているようだ。
アザレアから見れば、大公は娘にあまり関心のない父親だ。大公自身が贈った物を身につけても、それに対して何も言われないだろうと思っていた。
「ありがとうございます、お父様……」
アザレアはぎこちない笑みを浮かべる。もっと嬉しそうな反応をすれば良かったと彼女はすぐに後悔したが、大公は特に気にしていないようで、すぐに話は移った。
「ところで婿殿、私からも話があるのだが」
「何でしょう?」
「アザレアの髪の色のことだ」
「アザレアの、髪の色……?」
「ああ、実は娘の髪は魔力の影響で朱く染まっている」
大公の言葉に、アザレアは息を詰める。
(お父様は、知っていた……?)
アザレアが、一族の誰も持っていない髪色をしている理由。それを大公は知っていた。
「……ご存じだったのですか」
サフタールの声が微かに震えている。怒りを押し止めているようだ。
「ああ」
「ならば何故、そのことを公表しなかったのです?」
サフタールはアザレアの事情を知っている。大公がアザレアの髪が朱い理由を分かっていたのに、それを公表し、アザレアの名誉を護らなかったことに怒りを覚えているのだろう。
「証拠がなかったのだ。アザレアの髪に含まれている魔力は強力でな。どんな魔石を用いても、無効化できなかった。しかし、今回朱い魔石が見つかった。朱い魔石を使えば、アザレアの髪色を元の色に戻せるかもしれん」
大公もサフタールと同じことを考えていた。
その事実に、アザレアはどう反応してよいか分からなかった。
サフタールはなおも、大公に問いただす。
「アザレアの髪の色が戻せたらどうするおつもりで?」
「娘の髪が銀髪ならば、公表する。不義の子との疑惑を払拭したい」
「証拠がなくても、アザレアは実の娘だと強く主張すれば良かったのでは? アザレアは何年も苦しんできたのですよ。あなたの娘ではないかも知れないと、悩んできたのです……!」
サフタールは膝の上で、震えるほど拳を握り締めている。その一方で大公は落ち着いていた。
「……まるで娘のことを、ずっと近くで見ていたかのようなことを言うな?」
「ゾラ殿から聞きました……」
「ふん、そういうことにしておこう」
(お父様は、サフタールの能力を知っている?)
大公は何をどこまで知っているのか。
色々調べられていると思うと良い気はしなかったが、髪色を元の色に戻せるようになったことは、こちらから報告した方がいいとアザレアは思った。
「サフタール、コンパクトを貸してもらえますか?」
「……大公閣下にお見せするのですね?」
サフタールはフロックコートの内ポケットに、コンパクトを忍ばせていた。
大公と話す機会が来るのではないかと、念の為持ってきていたのだ。
サフタールはコンパクトを出すと、アザレアに手渡した。
「お父様、今から……私の本当の髪色をお見せします」
44
あなたにおすすめの小説
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる