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第38話 自分なりのやり方で
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ワインをアザレアへぶっかけてやろうと、グラスを手にしたストメリナ。彼女は魔法で気配を消し、そっとアザレアに近づこうとしたのだが。
「えっ……!?」
突然、足が動かなくなった。長いピンヒールの底が床にぴったり張り付いたようになり、足を上げようにもびくともしない。
(これは、……『捕縛』?)
ストメリナは咄嗟にサフタールの方を見た。彼に変わった様子はない。他の来客達と楽しそうに言葉を交わしている。
ブルクハルト王国の医法院が作り出した魔法「捕縛」。身体の動きを一時的に止める効果があり、主に医療現場で使われている。
高等技術が必要な捕縛を、魔道具もなしに使える人間は限られていた。
サフタールは属性攻撃魔法は使えないが、補助系・強化系魔法のスペシャリストで、その名を公国にも轟かせている。
(こんな芸当が出来る人間は、サフタール以外いないわ……!)
ストメリナはサフタールが掛けたであろう「捕縛」を解こうと必死でスペルを唱える。だが、一向に解除されない。
「くっ……!」
ストメリナは額に汗を浮かべながら、瞳を左右に動かす。彼女はディルクを探していた。彼は軟派な見た目や言動とは裏腹に、ありとあらゆる魔法を習得している。
ディルクならば、捕縛を解除できる。そうストメリナは考えたのだが。
(あいつ……!)
いつのまにか、ディルクはクレマティスの隣にいた。急に腹が痛いと言い出し、彼はいなくなっていた。
ストメリナは、遥か前方の壁際にいるディルクを睨みつける。彼ならば気がついてくれるだろうと思って。しかし、ディルクがストメリナの視線に気づく様子はない。
「あっ……!?」
捕縛の魔法から逃れようと、必死になって足を上げようとしていたストメリナ。彼女にまた、異変が起こる。
ストメリナに掛かっていた魔法の効果が、一度に無くなったのだ。
(嘘……!?)
ストメリナの脚が思いっきり振り上げられる。身体のバランスを崩した彼女は、そのまますっ転んで尻餅をついてしまう。ひっくり返ったグラスはばちゃりと音を立て、ストメリナの腹の上に着地した。
銀色のドレスに、ワインの赤い染みがじわりと広がっていく。
「なっ……! なっ……!?」
自分でも、何が起こったのかよく分からない。
ただ一つ言えるのは、尻餅をつきワインを被ってしまった自分のことを、皆が目を点にして見つめているということだ。
(サフタール、よくも……!)
自分に恥をかかせたのはサフタールに違いない。そう思ったストメリナは、頬を熱くさせて立ち上がったが、後ろから聞こえた声に背筋を凍らせた。
「さっさと着替えてこい、ストメリナ」
声の主は大公だった。
冷ややかな父親の声と視線に、ストメリナの背にぶわりと汗がわく。
「おっ、お父様……。あっ、あの! これは!」
「お前が馬鹿みたいに高いヒールの靴を履いているから転んだのだろう」
「違います! 私は今、魔法をかけられていて……!」
「言い訳は聞きたくない。さっさと会場から出て行け。……売女のような格好をして、恥ずかしいと思わないのか?」
ストメリナから、さあっと血の気が引いていく。
美しさを誇示しようとこの装いを選んだ。
高貴な血を引く自分は、どれだけ露出しようともその崇高さは失われないと思っていた。
だが、大公からは売女と言われてしまった。
「そんな……。売女だなんて」
「売女と言われたくないのなら、少しは慎みを持つことだな」
ストメリナは長い爪が折れそうになるほど、拳を握りしめる。痛いほど顔が熱を持つ。
ストメリナは俯いたまま足を踏み出そうとしたが、またもや不運が彼女を襲う。
「あっ……!」
ばきりと何かが折れる嫌な音がした。あっと思った時には遅かった。体勢を崩したストメリナは、再びすっ転ぶ。
彼女の長いピンヒールがへし折れたのだ。
怒りで頭がいっぱいになる彼女に、信じられないものが耳に入ってくる。
微かに、笑い声が聞こえたのだ。
公女を笑うなど、信じられない。
「誰よ、私を笑ったのは!」
「ストメリナ、いい加減にしないか!」
またも、大公から叱責が飛ぶ。
ストメリナは奥歯を噛み締めると、靴を脱ぎ、そのまま裸足で会場を後にしたのだった。
◆
(やったか……)
サフタールの薄紫色の瞳に、陰鬱な光が宿る。
彼は次々に声をかけてくる要人達の相手をしながら、ストメリナにある魔法を掛けていた。
半月前、イルダフネ港で賊相手に掛けた魔法「捕縛」の弱体版だ。
医法院が開発した「捕縛」は、効果が強過ぎて周囲の人間にも魔法を掛けたことがすぐにバレてしまう。掛けられた人間の時間が止まったようになってしまうからだ。
そこでサフタールは、捕縛の弱体版の魔法を作り出した。主に自由を奪うのは足や腕など部分的なところのみで、強化魔法や補助魔法にありがちな光やバリアなどの演出効果も出ないようにしたのだ。
「ストメリナ……」
サフタールの隣りにいるアザレアは、会場から出て行くストメリナの後ろ姿を心配そうに見つめている。
アザレアは、サフタールが魔法を使ったことに気がついていないようだ。
(なんとか上手くストメリナを追い払うことが出来たな……)
ディルクやクレマティス、大公のことも気掛かりだが、まずはアザレアを護らなくてはならない。
(私は属性攻撃魔法が使えない。……だが、それでもアザレアを護ってみせる)
サフタールは覚悟を新たにする。
アザレアとの幸せを掴むために。
「えっ……!?」
突然、足が動かなくなった。長いピンヒールの底が床にぴったり張り付いたようになり、足を上げようにもびくともしない。
(これは、……『捕縛』?)
ストメリナは咄嗟にサフタールの方を見た。彼に変わった様子はない。他の来客達と楽しそうに言葉を交わしている。
ブルクハルト王国の医法院が作り出した魔法「捕縛」。身体の動きを一時的に止める効果があり、主に医療現場で使われている。
高等技術が必要な捕縛を、魔道具もなしに使える人間は限られていた。
サフタールは属性攻撃魔法は使えないが、補助系・強化系魔法のスペシャリストで、その名を公国にも轟かせている。
(こんな芸当が出来る人間は、サフタール以外いないわ……!)
ストメリナはサフタールが掛けたであろう「捕縛」を解こうと必死でスペルを唱える。だが、一向に解除されない。
「くっ……!」
ストメリナは額に汗を浮かべながら、瞳を左右に動かす。彼女はディルクを探していた。彼は軟派な見た目や言動とは裏腹に、ありとあらゆる魔法を習得している。
ディルクならば、捕縛を解除できる。そうストメリナは考えたのだが。
(あいつ……!)
いつのまにか、ディルクはクレマティスの隣にいた。急に腹が痛いと言い出し、彼はいなくなっていた。
ストメリナは、遥か前方の壁際にいるディルクを睨みつける。彼ならば気がついてくれるだろうと思って。しかし、ディルクがストメリナの視線に気づく様子はない。
「あっ……!?」
捕縛の魔法から逃れようと、必死になって足を上げようとしていたストメリナ。彼女にまた、異変が起こる。
ストメリナに掛かっていた魔法の効果が、一度に無くなったのだ。
(嘘……!?)
ストメリナの脚が思いっきり振り上げられる。身体のバランスを崩した彼女は、そのまますっ転んで尻餅をついてしまう。ひっくり返ったグラスはばちゃりと音を立て、ストメリナの腹の上に着地した。
銀色のドレスに、ワインの赤い染みがじわりと広がっていく。
「なっ……! なっ……!?」
自分でも、何が起こったのかよく分からない。
ただ一つ言えるのは、尻餅をつきワインを被ってしまった自分のことを、皆が目を点にして見つめているということだ。
(サフタール、よくも……!)
自分に恥をかかせたのはサフタールに違いない。そう思ったストメリナは、頬を熱くさせて立ち上がったが、後ろから聞こえた声に背筋を凍らせた。
「さっさと着替えてこい、ストメリナ」
声の主は大公だった。
冷ややかな父親の声と視線に、ストメリナの背にぶわりと汗がわく。
「おっ、お父様……。あっ、あの! これは!」
「お前が馬鹿みたいに高いヒールの靴を履いているから転んだのだろう」
「違います! 私は今、魔法をかけられていて……!」
「言い訳は聞きたくない。さっさと会場から出て行け。……売女のような格好をして、恥ずかしいと思わないのか?」
ストメリナから、さあっと血の気が引いていく。
美しさを誇示しようとこの装いを選んだ。
高貴な血を引く自分は、どれだけ露出しようともその崇高さは失われないと思っていた。
だが、大公からは売女と言われてしまった。
「そんな……。売女だなんて」
「売女と言われたくないのなら、少しは慎みを持つことだな」
ストメリナは長い爪が折れそうになるほど、拳を握りしめる。痛いほど顔が熱を持つ。
ストメリナは俯いたまま足を踏み出そうとしたが、またもや不運が彼女を襲う。
「あっ……!」
ばきりと何かが折れる嫌な音がした。あっと思った時には遅かった。体勢を崩したストメリナは、再びすっ転ぶ。
彼女の長いピンヒールがへし折れたのだ。
怒りで頭がいっぱいになる彼女に、信じられないものが耳に入ってくる。
微かに、笑い声が聞こえたのだ。
公女を笑うなど、信じられない。
「誰よ、私を笑ったのは!」
「ストメリナ、いい加減にしないか!」
またも、大公から叱責が飛ぶ。
ストメリナは奥歯を噛み締めると、靴を脱ぎ、そのまま裸足で会場を後にしたのだった。
◆
(やったか……)
サフタールの薄紫色の瞳に、陰鬱な光が宿る。
彼は次々に声をかけてくる要人達の相手をしながら、ストメリナにある魔法を掛けていた。
半月前、イルダフネ港で賊相手に掛けた魔法「捕縛」の弱体版だ。
医法院が開発した「捕縛」は、効果が強過ぎて周囲の人間にも魔法を掛けたことがすぐにバレてしまう。掛けられた人間の時間が止まったようになってしまうからだ。
そこでサフタールは、捕縛の弱体版の魔法を作り出した。主に自由を奪うのは足や腕など部分的なところのみで、強化魔法や補助魔法にありがちな光やバリアなどの演出効果も出ないようにしたのだ。
「ストメリナ……」
サフタールの隣りにいるアザレアは、会場から出て行くストメリナの後ろ姿を心配そうに見つめている。
アザレアは、サフタールが魔法を使ったことに気がついていないようだ。
(なんとか上手くストメリナを追い払うことが出来たな……)
ディルクやクレマティス、大公のことも気掛かりだが、まずはアザレアを護らなくてはならない。
(私は属性攻撃魔法が使えない。……だが、それでもアザレアを護ってみせる)
サフタールは覚悟を新たにする。
アザレアとの幸せを掴むために。
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