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第39話 流出
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(くそっ……! サフタールめ!)
会場の外へ出たストメリナは自身に魔法をかける。
ドレスについた、ワインの染みがみるみるうちに消えていく。折れてしまった靴のヒールも直した。
「ちょっと、早く回復魔法をかけなさいよ!」
「も、申し訳ありません!」
駆けつけてきた医法士達を急かせる。何度も転んでしまったストメリナは、脚や臀部に打ち身を負っていた。
(許せない……! この私に恥をかかせて!)
サフタールになんとか一泡吹かせたい。そう考えたストメリナは、やってきた側近達に命令する。
「魔道具の映像機の用意をしなさい! なるべく大きく映像が映し出せるものがいいわ」
「はっ……!」
(ディルクとアザレアが口づけ合ってる映像を、会場で流してやる……!)
アザレアに執心しているであろうサフタールは、彼女の裏切りに驚愕するはずだ。
それにサフタールとアザレアの婚姻は、公国と王国の関係強化のために結ばれたもの。二国間の関係を壊すのに、これほど威力のあるものは無いだろう。今、記念式典の会場には二国の支配者が揃っているのだから。
たとえサフタールがアザレアの裏切りを許したとしても、二人の結婚は許されないはずだ。
「ストメリナ様、準備が整いました!」
「行くわ」
直ったピンヒールをつかつかと鳴らしながら、ストメリナは会場へ戻る。人々は皆、彼女に注目した。
「アザレア!」
ストメリナは、忌々しく思っている妹の名を呼ぶ。
「あなたに見せたいものがあるの」
◆
「ストメリナ……大丈夫なの?」
ストメリナが転ぶところを見ていたアザレアは、心配そうに眉を下げる。
グラスを持ったまま、あんなに派手に転んで怪我でもしていないだろうか。
平気なのかアザレアが尋ねると、ストメリナはフンッと鼻を鳴らした。
「余裕な顔をしていられるのも今のうちよ、アザレア。権力のある家に嫁いで強くなったつもり?」
「別にそんなつもりじゃ……」
転んだ人間が無事か、心配するのは当たり前の感情だとアザレアは思う。
だが、ストメリナはどうも嫌味だと思ったようだ。
「ストメリナ様。あなたを心配したアザレアに、そんな言い方はないと思いますが?」
アザレアを守るように、サフタールが一歩前に出る。
「サフタール、私は大丈夫ですから」
(……サフタールの雰囲気がいつもと違うわ)
アザレアはサフタールの変化に気がついていた。近づいてきた他の来客達にはにこやかに接していたが、目の奥が笑っていなかったような気がする。
今、サフタールは敵意を剥き出しにしてストメリナを睨みつけている。
ストメリナは唇の端を吊り上げた。
「サフタール……。これを見て驚くがいいわ。……映像! 準備なさい!」
ストメリナは天井へ向かって指示を飛ばす。
すると、壇上の上に巨大な白い幕のようなものが張られた。
「おい、ストメリナ、何をするつもりだ?」
「ふふっ、お父様もぜひご覧くださいませ」
大公はストメリナの肩を掴むが、彼女はこれからすることを止めるつもりはないらしい。
(も、もしかして……)
ここで、アザレアは七日前のことを思い出す。
ディルクはクレマティスを伴い、イルダフネを訪れていた。彼はストメリナの命で、アザレアをたぶらかすように言われていたのだ。
しかし、ディルクの本業は大公の間者。
クレマティスの姿をアザレアに変え、アザレアの姿になったクレマティスに口づけた。そしてそれを映像にして、彼女をたぶらかした偽の証拠にしたのだ。
おそらく、偽の証拠はストメリナの手に渡っているはずだ。
ディルクは言っていた。他所にその偽の証拠が流出すると、アザレアの姿で映っていたはずのものが、クレマティスの姿に戻ってしまうと。
「や、やめて……!」
このままでは、ディルクとクレマティスが口づけを交わしている場面が晒されてしまう。
アザレアは叫んだ。
会場の外へ出たストメリナは自身に魔法をかける。
ドレスについた、ワインの染みがみるみるうちに消えていく。折れてしまった靴のヒールも直した。
「ちょっと、早く回復魔法をかけなさいよ!」
「も、申し訳ありません!」
駆けつけてきた医法士達を急かせる。何度も転んでしまったストメリナは、脚や臀部に打ち身を負っていた。
(許せない……! この私に恥をかかせて!)
サフタールになんとか一泡吹かせたい。そう考えたストメリナは、やってきた側近達に命令する。
「魔道具の映像機の用意をしなさい! なるべく大きく映像が映し出せるものがいいわ」
「はっ……!」
(ディルクとアザレアが口づけ合ってる映像を、会場で流してやる……!)
アザレアに執心しているであろうサフタールは、彼女の裏切りに驚愕するはずだ。
それにサフタールとアザレアの婚姻は、公国と王国の関係強化のために結ばれたもの。二国間の関係を壊すのに、これほど威力のあるものは無いだろう。今、記念式典の会場には二国の支配者が揃っているのだから。
たとえサフタールがアザレアの裏切りを許したとしても、二人の結婚は許されないはずだ。
「ストメリナ様、準備が整いました!」
「行くわ」
直ったピンヒールをつかつかと鳴らしながら、ストメリナは会場へ戻る。人々は皆、彼女に注目した。
「アザレア!」
ストメリナは、忌々しく思っている妹の名を呼ぶ。
「あなたに見せたいものがあるの」
◆
「ストメリナ……大丈夫なの?」
ストメリナが転ぶところを見ていたアザレアは、心配そうに眉を下げる。
グラスを持ったまま、あんなに派手に転んで怪我でもしていないだろうか。
平気なのかアザレアが尋ねると、ストメリナはフンッと鼻を鳴らした。
「余裕な顔をしていられるのも今のうちよ、アザレア。権力のある家に嫁いで強くなったつもり?」
「別にそんなつもりじゃ……」
転んだ人間が無事か、心配するのは当たり前の感情だとアザレアは思う。
だが、ストメリナはどうも嫌味だと思ったようだ。
「ストメリナ様。あなたを心配したアザレアに、そんな言い方はないと思いますが?」
アザレアを守るように、サフタールが一歩前に出る。
「サフタール、私は大丈夫ですから」
(……サフタールの雰囲気がいつもと違うわ)
アザレアはサフタールの変化に気がついていた。近づいてきた他の来客達にはにこやかに接していたが、目の奥が笑っていなかったような気がする。
今、サフタールは敵意を剥き出しにしてストメリナを睨みつけている。
ストメリナは唇の端を吊り上げた。
「サフタール……。これを見て驚くがいいわ。……映像! 準備なさい!」
ストメリナは天井へ向かって指示を飛ばす。
すると、壇上の上に巨大な白い幕のようなものが張られた。
「おい、ストメリナ、何をするつもりだ?」
「ふふっ、お父様もぜひご覧くださいませ」
大公はストメリナの肩を掴むが、彼女はこれからすることを止めるつもりはないらしい。
(も、もしかして……)
ここで、アザレアは七日前のことを思い出す。
ディルクはクレマティスを伴い、イルダフネを訪れていた。彼はストメリナの命で、アザレアをたぶらかすように言われていたのだ。
しかし、ディルクの本業は大公の間者。
クレマティスの姿をアザレアに変え、アザレアの姿になったクレマティスに口づけた。そしてそれを映像にして、彼女をたぶらかした偽の証拠にしたのだ。
おそらく、偽の証拠はストメリナの手に渡っているはずだ。
ディルクは言っていた。他所にその偽の証拠が流出すると、アザレアの姿で映っていたはずのものが、クレマティスの姿に戻ってしまうと。
「や、やめて……!」
このままでは、ディルクとクレマティスが口づけを交わしている場面が晒されてしまう。
アザレアは叫んだ。
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