契約妻と無言の朝食

野地マルテ

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義兄の帰還

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「エリオン、アレクシア! 元気だったか!」
「お兄様……!」

 三日後の昼、マクシミリアン一家は無事エヴニールへ戻ってきた。
 想像していた以上に元気そうな義兄を見、涙が出そうになった。義姉もお子さん二人も五ヶ月前に別れた時と何ら変わりはない。いや、お子さん達は少し大きくなったかもしれない。

「アレクお姉ちゃん、泣かないで?」
「ううっ、ごめんねえ……! アリシアちゃん!」

 涙脆すぎてまだ七歳のアリシアちゃんに心配されてしまった。
 だって嬉しいのだ。
 義兄の家族が戻ってきた。
 これで私はエリオンと二人きりでなくなる。
 朝食も無言のまま食べなくてもよくなるのだ。

 私はあれからエリオンに毎晩抱かれた。気持ちが悪いことをつぶやかれながら、欲望のかぎりを尽くして犯されたのだ。

 二日前の晩からは『どうせお兄様たちが戻られたら別れるし』と思い、私はエリオンの好きなようにさせていた。抵抗するのは無駄だし、イヤイヤ言っているのに感じているのは明らかだったので、こっちもいっその事愉しんでやろうと思い、思いっきり股を開いてあんあん喘いでやった。

 今思えば、エリオンはたぶん、私に嫌われようと思って敢えて気色の悪いことを言いながら私を抱いたのだろう。
 エリオンの行為は自分本位なようでそうじゃなかったと思う。私があれだけ気持ちよくなれたのだから。

 そうは思っても、今更エリオンと添い遂げようなんて考えられないが。
 今からエリオンに泣きついて、『あなたが西国へ行っても待ってます』なんて、そんなことを言う気にはなれない。

 あの人の思考がよく分からないし、とにかく説明不足なのが解せない。私とエリオンは相性が悪いのだ。だからもう、私はこのままエリオンと別れるつもりだ。


「……兄上、すまないが執務室へ来てくれないか?」

 やっと義兄一家が戻ってきたというのに、エリオンは淡々と言う。もう少しこう、感情を表に出して感動の再会を喜べないのか。この人は。
 不器用なのかもしれないが、私は感情を露わにしてくれる人のほうが好きだ。

「アレクシアも来てほしい」

 今朝も私の乳首を吸った形の良い口が、私の名を紡ぐ。
 ここ数日の情交の影響で、名前を呼ばれただけで脚の間がムズムズするようになってしまった。あの人が腰を振る最中、ずっと私の名前を呼ぶからだ。くやしい。


 ◆


「……離縁?」

 マクシミリアンの翡翠色の瞳が見開かれる。この兄弟は髪の色は違うが、瞳の色はよく似ていた。
 義兄は窓際にある執務椅子に腰掛けている。
 エリオンとは違う、明るい金髪が日の光を受けて煌めいていた。

 この兄弟の出自については何も聞かされていないが、もしかしたら母親が違うのかもしれない。エリオンの、移民に多い黒髪を見て思う。私は金髪よりも黒髪のほうが好きだけど。


「俺は明日の朝、西国へ出征する。急がせて悪いが、兄上には離縁届の保証人としてサインをして貰いたいんだ」
「おいおい……。エリオン、まずは事情を説明してくれよ。君らの結婚は二年の約束だっただろう? それを半年で離縁だなんて」

 エリオンは実兄相手でも朴訥だった。
 いっそ私が事情を説明しようかと思ったが、主人を差し置いて妻が発言することなど、この国の貴族には許されていない。
 じっとエリオンの様子を伺っていると、彼はとんでもないことを言い出した。

「事情? 俺はアレクシアを追い詰めてしまった。彼女は俺との結婚生活に絶望して、飛び降り自殺を計ろうとしたんだ。一刻も早く彼女を実家へ帰したい」
「ま、まって下さい!」

 自殺じゃない! ……と言いたかったが、傍目から見れば投身自殺以外の何ものでもない。しかし、もっと言い方はあるだろう。この人は本当に口べた過ぎる。

 マクシミリアンは無言で執務椅子からすくっと立ち上がると、エリオンに詰め寄り、なんと彼の頰を拳骨で殴った。
 ガッッという鈍い音がし、私はショックで動けなかった。

「……お前たちの様子はフレデリクから逐一報告を受けている。お前はずっとアレクシアのことを無視していたそうだな? 金で買った一時的な妻だと思い、彼女を侮ったのか?」
「ちがう……!」

 地を這うようなマクシミリアンの声。三十代半ばになる義兄は、エリオンと見劣りしない体格を持つ。
 元々エヴニール家は王家に仕える騎士の家系で、マクシミリアンも数年前までは王立騎士団の近衛部隊にいたらしい。
 そんな屈強な義兄に殴られたら、いくらエリオンとは言えひとたまりもないだろう。

「お兄様、暴力はやめてください……! 旦那様は飛び降りた私を庇い、頭を負傷しています!」

 エリオンは私を庇い、頭を負傷してからまだ三、四日しか経ってないのだ。
 それなのに明日もう出立するなんて。

 エリオンの傷がこれ以上増えるのは嫌だと思い、私は二人の間に割り込んだ。
 彼とはもう一緒に暮らせないし、彼と過ごした半年間はひどいものだったけど、それでも私は彼が傷つくところを見たくないのだ。

 下唇を噛み目に涙を浮かべる私を見、マクシミリアンは拳をおろした。

「……エリオン、お前は馬鹿だ。こんなに気の良い女性を逃して。お前はろくな死に方をしないだろうな」

 いつも快活だった義兄から出たとは思えない言葉に息をのむ。後ろを見ると、エリオンは俯いていた。

 ──この契約結婚は、誰も幸せにしなかった。

 お金のためもあったが、私はエリオンと短い間でも仲良くしたくてここに来たのに。
 ぐっと涙を堪えた。
 もう泣いてもどうしようもない。
 別れは決まってしまったのだから。
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