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最後の夜
しおりを挟むマクシミリアンの立ち合いの元、私たちは離縁届にサインをした。明日役場へ届けられるらしい。実にあっさりと、私たちの離縁は成立した。
元は二年間の契約だった。
わずか半年で離縁になったとウチの両親が知ったらどう思うだろうか。父も母も『お金はいいから、エリオン様と仲良く出来そうなら添い遂げなさい』と言ってくれたのに。駄目になったと聞いたら悲しむだろうか。
マクシミリアンは早期の離縁の原因はエリオンにあったと言い、違約金を払うと申し出てくれたが、エヴニール家は今大変なことになっている。
本音を言えば何も受け取りたくないが、ウチは貧乏だ。一年半後に貰う予定だった、契約満了金の四分の一だけは払ってもらうことになった。
──その夜。
今夜はエリオンと過ごす、最後の夜だ。
別宅にある寝室。二人で並んでベッドに横になった。
ここ数日、私に跨って犬のように盛っていたエリオンは嘘みたいに静かだった。私に背を向け、掛け布団を頭から被っている。
最後まで抱き潰されるのかと身構えていた私は拍子抜けした。安心するよりも残念だと思ってしまう私は淫乱になってしまったのだろうか。ここ数日間、気を失うまで朝晩抱き潰されたというのに、下腹が疼く。
「旦那様……」
私がエリオンの背に声を掛けると、布団からのぞく黒髪がぴくりと動いた。
声をかけたは良いが、何を話せばいいのか分からない。最近の私たちは顔を合わせれば肌を重ねるばかりで、ろくな会話をしていない。
ペーパーバックのポルノ小説ように、ただ欲望のままにお互いの性器を刺激しあうばかり。
情けないが、これが今の私たちだった。
「もう旦那様じゃない……」
エリオンのくぐもった声がした。
スネたような口ぶりに、ほんの少しだけ可愛いと思ってしまった。
「離縁届は受理されておりませんから、まだ私たちは夫婦ですよ」
「そうか……。でももう、君に手出しはできない。……君の身体は最高だった。変な気を回さず、さっさと抱けば良かった」
──こいつ……。
どこまでも喧嘩を売っている。
今夜は二人で過ごす最後の夜だというのに。最後の最後まで、私に最低な事を言うこいつは本当に最低だ、クズだ。
クズだと思うのに、もう逢えなくなると思うと寂しくて仕方がない。
私はエリオンと別れたあと、一度実家へ戻り、その後は王城で働く予定だ。
マクシミリアンが仕事の口利きをしてくれるのだという。義兄はほんとうに申し訳なさそうでこっちが恐縮した。植民地の件でごたごたしているのに手を煩わせるのは悪いなと思ったが、素直に甘えることにした。
うちは下に弟がいて、まだまだお金がかかる。穀潰しの姉が実家に居座るわけにはいかないのだ。
私は王城へ行く。
西国へ出征するエリオンとはもう逢えない。
何かの用事があってエリオンが登城することはあるかもしれないが、あのだだっ広い城内ですれ違うことなど奇跡に近い。
「だん……エリオン様」
はじめて彼の名前を呼んだ。
心のなかでは、ずっと彼の名を呼んでいたけれど。
エリオンはくるりとこちらへ振り返った。
彼は笑っているのか、悲しんでいるのか、よく分からない表情を浮かべていた。
「……はじめて名を呼んでくれたな」
「っ! ……エリオンさま……」
「どうして泣くんだ? やっとクズな男と別れられるのだぞ?」
困ったように笑うエリオンに、また涙が溢れる。
最後まで彼は何がしたいのか、よくわからない人だった。
これで最後なのだ。触ってほしいと強請ろうか迷ったが、なけなしの理性を総動員して自分の欲を押し留めた。
もうあの無骨な手指が私に触れることはない。そう思うと悲しくて悲しくて。
私に快楽を教えこんだエリオンのことが、恨めしくて堪らなかった。
◆
朝、目覚めた時。隣にエリオンの姿はなかった。ナイトドレス姿で急いで本宅まで走ったが、彼はまだ日が上がる前に出ていったらしい。
さよならの挨拶もなく、あの人は行ってしまった。
エリオンは西国の戦いは厳しいと言っていた。命を落とすかもしれないと。
最後に何も告げられなかった。
後悔の念が胸に広がるが、何か言葉を伝える機会が出来たとしても、私はエリオンにろくな言葉をかけられないと思う。
──もっとあっさり嫌いになれる相手に嫁げばよかった。
鼻の奥が痛くなり、また熱い涙が頰を伝った。
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