契約妻と無言の朝食

野地マルテ

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新たな日々

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 エリオンと別れた半年後。
 私は王城にいた。

 約束どおりマクシミリアンが紹介状を書いてくれたのだ。
 私はそんなに頭が良いわけではなく、実家も力のある貴族家ではない。あきらかに品もない。淑女らしくない私が王女様に仕えられるわけもなく、体力自慢の私は客室の掃除係になった。
 王城はとにかく広くて宿泊部屋も多い。
 そして王城の客室を使う人間は大抵要人だ。
 私は神経を使いながらも、毎日頑張って豪奢な部屋の掃除をしている。

 汗水流しながら働くのは良い。
 余計なことを考えなくてもいいからだ。


「ねえ、アレクシア! 知ってる?」

 私が暖炉を磨いていると、同僚のヘレナが声を掛けてきた。
 彼女は男爵家の末っ子で、騎士様と出会いたくて王城勤務を志願したというなかなかの肉食系女子だ。
 そんな彼女が少々上ずった声で私に話しかける時は、大概男絡みの話題だ。
 あまり聞きたくないなと思いながらも、相槌を打つ。

「何よヘレナ」
「つい最近、近衛部隊に客員騎士様が入られたのよ」
「へえ」
「半年間の期間限定で、近衛部隊の指南役を務めるらしいんだけど~」

 ヘレナはいわゆる枯れ専で、オジさんが好きだ。近衛部隊の指南役・客員騎士と聞き、私は歴戦の戦士然とした筋骨隆々の壮年男性を思い浮かべた。
 ヘレナ曰く、新しく来た客員騎士は馬上で戦う槍の名手で、西国の反乱軍の将を討ち取った凄腕の戦士らしい。
 客員騎士は正規の騎士ではなく、臨時の騎士の事で、この国では主に騎士の指南役を担うことが多いと侍女長が言っていた。
 
「なんか汗臭そうね」
「……アレクシアって、武闘派の男の人が嫌いよね。変わってる!」
「……別に嫌いじゃないわ」


 エリオンは服の上からだとすらりとして見えたのに、脱ぐと戦神の彫像のような鍛え上げられた身体をしていたなとふと思い出しそうになり、慌てて頭を振る。
 エリオンと別れて半年になるのに、未だに私は彼の事を思い出さない日はなかった。
 我ながら未練がましいと思う。
 自分でも己が愚かだと思うが、心はどうにもままならないのだ。

「ねえ、アレクシア! ここの掃除が終わったら客員騎士様を見に行かない? ぎりぎり近衛部隊の演習に間に合うと思うの!」

 同僚の女の子がきゃっきゃとはしゃいでいるのに。私の心は深く沈んだままだ。まだ二十一なのに枯れたのだろうか。

「ヘレナ、先に上がりなさいよ」
「えっ、でも」
「こことあそこを拭いたら終わるし、別に私一人でも大丈夫よ。ヘレナ、客員騎士様を見たいんでしょ?」

 ヘレナの顔がぱああっと明るくなる。
 妹がいたらこんな感じなのだろうか。

 ヘレナは『ぜったい借りは返すからね‼︎』と叫びながら部屋から出ていった。

 ──客員騎士か……。

 西国の反乱を止めた凄腕の戦士。エリオンも西国へ行った。彼のことを何か知っているだろうか。

 エヴニール家はごたごたが続いているのか、手紙を出してもろくに返事が来ない。
 別にエリオンの近況が知りたくて義兄一家へ手紙を出しているわけではないが、彼が今どうしているのか気になった。
 エリオンの事はクズだと思っているが、彼が傷ついたり死んだりするのは嫌なのだ。
 王城にいれば西国で起きた武力蜂起について何か情報が得られるかもと思ったが、私の周りにいるのは自分と似たような立場の使用人だけだ。
 入ってくるのは、どこかで脚色されたであろう噂話ばかり。正そうな情報は得られなかった。

「エリオン様……」

 誰もいない客室に、最低最悪野郎の名が響く。別れて半年も経つのにあんなヤツのことをまだ忘れられない、自分に腹が立った。
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