海底の魔素採掘師と竜人の約束

宵町あかり

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第3話 聖域の守護者

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アビス・パレス。

マリナが目にしたのは、言葉では表現しきれないほど美しい海底宮殿だった。

深海の暗闇の中に浮かび上がる巨大な建造物は、青白い魔素の光で輝いている。まるで水中に浮かぶオーロラのような、幻想的な光景だった。

「これが...竜人族の宮殿」

マリナが感嘆の声を漏らした。

宮殿の壁面には、複雑な魔法陣が刻まれており、それらが規則正しく明滅している。前世の海洋学知識と魔法理論を組み合わせても、この技術水準の高さは驚異的だった。

「我が一族が千年をかけて築き上げた聖地です」

リヴァイアが誇らしげに説明した。

「海底の魔素流を利用した、完全に自然と調和した建築技術です」

「信じられません」

ベックが息を呑んだ。

「帝国の最高技術でも、これほどの魔素制御は不可能です」

~~~

宮殿の内部は、さらに驚くべき光景だった。

広大な空間が魔法によって水で満たされているにも関わらず、竜人族たちは普通に呼吸をしている。人間たちも、魔法の加護により快適に過ごすことができた。

「水中でありながら、呼吸ができるなんて」

カイトが不思議そうに呟いた。

「海を見てそんな笑顔されたら、漁師の僕でも負けちゃいますよ」

「竜人族の高等魔法です」

リヴァイアが説明した。

「海中の酸素を魔法で抽出し、呼吸可能な環境を作り出しているのです」

マリナは学者としての興味で一杯だった。この技術を理解できれば、人間の海底調査技術は飛躍的に向上するだろう。

宮殿の中央には、巨大な魔素結晶が浮遊していた。それは宮殿全体の魔力源のようで、規則正しく脈動している。

「美しい...」

マリナが魅入られたように呟いた。

~~~

大広間に案内されると、そこには多くの竜人族が集まっていた。

年配の者から若い者まで、様々な竜人族がマリナたちを興味深そうに見つめている。中には警戒の眼差しを向ける者もいたが、多くは好奇心に満ちた表情だった。

「皆様、こちらが帝国からの調査団です」

リヴァイアが紹介した。

「マリナ・アクアリス技師と、彼女のチームです」

竜人族の中から、威厳のある老人が進み出た。長い白髭を蓄え、深い知性を感じさせる瞳をしている。

「私はセラフィム・エルダー、この一族の長老です」

老人が丁寧に挨拶した。

「リヴァイアから話は聞いています。あなたの提案する『持続可能な採掘』について、詳しく伺いたい」

「光栄です」

マリナが深々と頭を下げた。

「私たちの技術が、この美しい海を守ることに役立てれば幸いです」

~~~

セラフィムの案内で、宮殿の奥深くにある図書館を訪れた。

そこには、竜人族が長年蓄積してきた海洋魔法の知識が収められていた。古い巻物や魔法書が整然と並び、中には千年以上前の文献もある。

「これらの知識は、我々が海と共に生きる中で築いてきたものです」

セラフィムが説明した。

「海の生態系、魔素の流れ、深海の秘密...すべてがここに記録されています」

マリナは興奮を抑えきれなかった。これらの知識と自分の技術を組み合わせれば、革命的な採掘システムが作れるかもしれない。

「もしよろしければ、私たちの技術資料も提供します」

マリナが提案した。

「お互いの知識を共有することで、より良い解決策が見つかるはずです」

「それは興味深い提案ですね」

セラフィムが頷いた。

~~~

しかし、その時、図書館に急いで駆け込んできた竜人族がいた。

「長老様、大変です!」

息を切らしながら報告した。

「近海に帝国の戦艦が接近しています。しかも、魔法兵器を搭載している様子です」

場の空気が一瞬で張り詰めた。

「戦艦?」

マリナが驚いた。

「私たちは調査団として来ただけです。戦艦の派遣は聞いていません」

ダゴンが険しい表情でマリナを睨んだ。

「やはりこれは罠だったのか。人間の狡猾な計略だ」

「違います!」

マリナが必死に弁明した。

「私は本当に協力のつもりで来ました。戦艦の件は初耳です」

リヴァイアが仲裁に入った。

「マリナの言葉を信じましょう。彼女に嘘を言う理由はありません」

~~~

緊急事態に、宮殿全体が慌ただしくなった。

竜人族の戦士たちが武装を整え、防御魔法の準備を始めている。千年の平和を守ってきた聖域に、突然の脅威が迫っていた。

「帝国軍の目的は何でしょうか?」

セラフィムがマリナに尋ねた。

「おそらく...」

マリナが考え込んだ。

「私たちの調査報告を受けて、上層部が軍事的価値を見出したのかもしれません」

「軍事的価値?」

「竜人族の高度な魔法技術や、この海域の豊富な魔素資源に目をつけたのでしょう」

マリナの説明に、竜人族たちの表情がさらに険しくなった。

「結局、人間は我々を利用しようとしているのか」

ダゴンが憤慨した。

~~~

「お待ちください」

マリナが立ち上がった。

「私に解決策があります」

「解決策?」

リヴァイアが期待を込めて見つめた。

「私が帝国軍の指揮官と交渉します。この海域の重要性と、竜人族との協力の意義を説明すれば、武力行使を止めることができるかもしれません」

「危険すぎます」

セラフィムが心配した。

「帝国軍があなたの意見を聞くとは限りません」

「でも、やってみる価値はあります」

マリナが決意を込めて言った。

「このまま武力衝突になれば、両方に大きな損失が出ます。それだけは避けたい」

リヴァイアがマリナの手を取った。

「危険な任務です。私も一緒に行きます」

「リヴァイア様、それは」

ダゴンが反対した。

「王子様が危険にさらされるわけにはいきません」

~~~

「王子?」

マリナが驚いた。

「リヴァイアさんは王子様だったのですか?」

「ええ」

セラフィムが説明した。

「リヴァイアは我が一族の次期継承者です。それゆえ、この交渉に大きな意味があります」

マリナは改めてリヴァイアを見つめた。王子という立場でありながら、自ら危険を冒して協力しようとしている。その勇気と責任感に、深い感動を覚えた。

「では、二人で行きましょう」

マリナが決意を固めた。

「人間と竜人族の代表として、平和的解決を目指します」

準備が整うと、リヴァイアの魔法により、二人は海上へと向かった。

「マリナさん、お気をつけて」

ベックが心配そうに声をかけた。

「戦艦の魔法砲は魔素流を乱す可能性があります。交渉が失敗すれば、この聖域にも影響が...」

「ありがとう、ベック」

マリナが振り返った。

「必ず平和的に解決してみせます」

帝国の戦艦は確かに近海に停泊しており、威圧的な姿を見せていた。

「あれが帝国の最新戦艦『トライデント』です」

マリナが確認した。

「魔法砲を10門搭載している強力な艦です」

~~~

戦艦に接近すると、帝国軍の兵士たちが警戒態勢を取った。

「何者だ!」

見張りの兵士が叫んだ。

「私は帝国魔素省所属のマリナ・アクアリスです」

マリナが身分を証明した。

「指揮官との面会を求めます」

しばらくして、艦橋から威厳のある男性が現れた。帝国軍の制服に身を包んだ中年の軍人で、鋭い眼光を放っている。

「私は第三艦隊司令官、アダムス大佐だ」

男性が名乗った。

「君たちの調査報告を受けて派遣された。この海域の戦略的価値を評価するためだ」

「大佐、この海域は軍事利用すべきではありません」

マリナが懸命に説明した。

「竜人族との平和的な協力により、より大きな利益を得ることができます」

~~~

アダムス大佐は興味深そうにリヴァイアを見つめた。

「これが竜人族か。確かに高度な魔法能力を感じる」

「我々は平和を望んでいます」

リヴァイアが堂々と言った。

「人間との協力により、両種族が繁栄する道を模索したい」

「興味深い提案だが...」

大佐の表情が険しくなった。

「しかし、帝国の国益を考えれば、この海域の軍事的価値は見過ごせない。豊富な魔素資源を軍事独占できれば、我が国の魔法兵器は飛躍的に向上する」

その言葉に、リヴァイアの瞳が鋭く光った。

「軍事独占...やはり人間は武力を優先するのですね」

緊張が高まる中、マリナが間に入った。

「お待ちください、大佐」

マリナが新しいアイデアを提示した。

「もし竜人族との協力により、帝国の魔法技術が飛躍的に向上したらどうでしょう?独占ではなく協力による軍事力の増強です」

「技術協力...?」

大佐が興味を示した。

「具体的にはどのような?」

「海底建築技術、魔素制御技術、海洋魔法...これらは全て軍事応用が可能です。しかも、独占による一時的な優位性より、継続的な技術革新が得られます」

マリナの説明に、大佐の表情が変わった。

リヴァイアも頷いた。

「我々の技術は、平和的な協力によってこそ真価を発揮します。武力による略奪では、その本質は決して理解できません」

彼女の勇気に、王子としてではなく男として惹かれる。この人間の女性は、危険を顧みず両種族の平和のために立ち上がった。聖域の守護者として、そして一人の男として、彼女への敬意と何か特別な感情が胸の奥で芽生えていく。

「なるほど...」

大佐が考え込んだ。

技術協力という新しい選択肢に、希望の光が見えてきた。

「では、正式な協定を結ぶことを提案します」

リヴァイアが建設的に提案した。

「互いの利益を尊重し、平和的な関係を築きましょう」

「分かった。本国に技術協力による利益を報告しよう」

大佐が決断した。

夕日が海に沈む中、三者の間で新たな未来への道筋が見え始めていた。

戦争ではなく協力を。対立ではなく共存を。

マリナとリヴァイアの努力により、両種族に希望の光が差し込もうとしていた。
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