最弱職【掃除士】が実は環境最強でした ~ダンジョンの浄化で世界を救う~

宵町あかり

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第8話 陰謀の正体

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 聖水泉の事件から二日後の朝。

 俺は王都の記録庫で、エリーゼと共に貴族の紋章を調べていた。あの黒いローブの人物が身に着けていた指輪――その紋章の持ち主を特定するためだ。

 分厚い紋章録のページをめくる音だけが、静寂な空間に響く。埃っぽい古書の匂いが鼻を突き、何世紀もの歴史の重みを感じさせる。

「この紋章、見覚えがあります」

 エリーゼが震える指で、一つの紋章を指さす。銀の薔薇に黒い蛇が絡まった、不気味なデザイン。彼女の顔から血の気が引いていくのが分かった。

「レイヴン侯爵家の紋章ですね。王都の東地区に屋敷があります」

 レイヴン侯爵。聞いたことがある名前だ。確か、商業ギルドに強い影響力を持つ有力貴族だったはず。

「でも、レイヴン侯爵は半年前から公の場に姿を見せていません」

 エリーゼが眉をひそめ、不安そうに唇を噛む。

「病気療養中ということでしたが……」

 彼女の瞳には、最悪の事態を想像する恐怖が宿っていた。王国の有力貴族が、もし穢れに侵されているとしたら――

 俺は嫌な予感がした。聖水泉を汚染するような人物が、普通の病気で療養するだろうか。胸の奥で、何か冷たいものが蠢く感覚があった。

「屋敷を訪ねてみましょう」

 俺が提案すると、エリーゼは一瞬躊躇した後、覚悟を決めたように頷いた。

「ええ。王族の立場で、見舞いという名目なら怪しまれません」

 その声には、真実を知ることへの恐れと、それでも前に進まなければならない責任感が滲んでいた。



 レイヴン侯爵邸は、王都東地区の高級住宅街にあった。

 黒い鉄格子に囲まれた三階建ての屋敷は、重厚で威圧的な雰囲気を放っている。しかし、近づくにつれて、違和感が強くなっていく。

 庭の植物が枯れている。窓には一つも明かりが灯っていない。そして何より――

「瘴気……」

 俺は立ち止まり、全身に走る悪寒を感じた。屋敷全体から、薄っすらと紫色の霧が立ち昇っている。まるで屋敷そのものが、巨大な穢れの塊と化しているかのようだった。

「これは、私の時と同じ……」

 エリーゼが不安そうに呟き、無意識に自分の腕を抱きしめる。確かに、彼女を包んでいた呪いの霧に似ている。あの時の恐怖が、彼女の中で蘇っているのが手に取るように分かった。

 門番の小屋も無人だった。扉は開け放たれ、中には誰もいない。机の上には、飲みかけの茶が残されている。まるで、急いで逃げ出したかのようだ。

「入りましょう」

 俺たちは屋敷の正面玄関へ向かった。重い扉を押し開けると、中からさらに濃い瘴気が漏れ出してくる。息を吸うだけで、肺が焼けるような感覚があった。



 玄関ホールは豪華だが、荒廃していた。

 かつては美しかったであろうシャンデリアは、蜘蛛の巣に覆われ、大理石の床には何かを引きずったような黒い跡が残っている。その跡は、まるで巨大な何かが這いずり回ったかのような不規則な模様を描いていた。

「人の気配がまったくしません」

 エリーゼが小声で言う。その声は震えていた。

 俺は鑑定スキルを使った。

【瘴気汚染度:重度】
原因:地下からの漏出
危険度:高

 地下? 何かが地下にある。俺の直感が、そこに恐ろしい真実が隠されていることを告げていた。

「地下室を探しましょう」

 屋敷の中を進む。どの部屋も同じように荒れ果て、瘴気に満ちている。家具は倒れ、絵画は床に落ち、まるで嵐が通り過ぎたあとのようだった。壁には爪で引っ掻いたような跡があり、何者かの苦しみの痕跡を物語っていた。

 そして、厨房の奥に、地下への階段を見つけた。

 石造りの階段からは、濃密な瘴気が噴き出している。普通の人間なら、一歩も近づけないだろう。俺でさえ、本能が危険を告げていた。

「エリーゼ様、ここで待っていてください」

「いいえ、一緒に行きます」

 彼女の瞳には、強い決意が宿っていた。恐怖に震えながらも、それを押し殺して前を見据えている。

「私も王族として、真実を知る義務があります。この国で何が起きているのか、私は知らなければならない」

 その覚悟の強さに、俺は心を打たれた。

 俺は聖剣を抜き、先頭に立って階段を下りる。一段降りるごとに、瘴気が濃くなっていく。背後でエリーゼの息遣いが荒くなっていくのが分かった。



 地下室は、想像以上に広かった。

 いくつもの部屋が連なり、まるで地下迷宮のよう。そして、その中央の大広間で――俺たちは恐ろしいものを発見した。

 床一面に、巨大な魔法陣が描かれている。

 黒い液体――おそらく血――で描かれた複雑な紋様。その禍々しさに、エリーゼが小さく悲鳴を上げた。中心には黒い水晶が置かれ、不気味な光を放っている。

「これは……召喚陣?」

 エリーゼが震え声で言う。彼女の顔は真っ青になっていた。

「王国の中枢で、こんな恐ろしい計画が進んでいたなんて……」

 俺も衝撃を隠せなかった。これほど大規模な魔法陣が、王都のど真ん中で密かに作られていたとは。俺は鑑定スキルを使った。

【汚染拡散陣】
効果:瘴気を生成し、周囲に拡散させる
規模:半径1km
状態:稼働中

 これが、屋敷を瘴気で満たしている原因か。しかも、半径1kmということは、周辺の住民にも影響が及んでいる可能性がある。

 魔法陣の周りには、机が置かれ、大量の文書が散乱している。俺は一枚を手に取った。

『計画書:王都浄化作戦』

 不吉な題名だ。内容を読むと、さらに恐ろしいことが書かれていた。

『第一段階:聖水泉の汚染(完了)
第二段階:貴族邸での実験(進行中)
第三段階:王城への浸透
最終目標:王都全体を穢れで満たし、新たな秩序を築く』

「なんてこと……」

 エリーゼが文書を読んで青ざめる。その手が小刻みに震えていた。

「王都全体を……私たちの国を、穢れで覆い尽くそうとしているなんて」

 別の文書には、組織名が記されていた。

『穢れの教団 ~清浄なる世界の欺瞞を暴く者たち~』

 穢れの教団。聞いたことのない名前だが、明らかに危険な集団だ。

「翔太さん、これを見てください」

 エリーゼが別の文書を見せる。そこには、信じられないことが書かれていた。

『掃除士の能力は、我らの計画にとって最大の脅威となる。早急に排除すべし』

 俺のことを知っている? いや、それ以上に――俺の浄化能力を恐れている。

 掃除士という職業が、彼らにとって天敵であることを理解しているのだ。それは同時に、俺が彼らを止められる唯一の存在かもしれないということでもあった。

 突然、背後から声が響いた。

「まさか、こんなに早く見つかるとはね」

 振り返ると、黒いローブを纏った人物が立っていた。フードで顔は見えないが、声から判断して中年の男性のようだ。

「お前は……」

「レイヴン侯爵、ではもうない。私は穢れの教団の一員。この腐った王国を、真の姿に戻す者だ」

 男の手から、黒い霧が立ち昇る。その瘴気は、今まで見たどれよりも濃密で、邪悪な意志を感じさせた。

「この世界は清浄という嘘で塗り固められている。聖水? 聖剣? 聖職者? 全て欺瞞だ!」

 彼の声には、狂気が滲んでいた。しかし、その奥には何か深い絶望のようなものも感じられた。

「なぜ……なぜそんなことを信じるようになったんですか?」

 俺は問いかけた。かつては王国に仕える貴族だったはずの男が、なぜここまで堕ちたのか。

 男は一瞬沈黙した後、苦々しく笑った。

「私には妻がいた。美しく、優しい女性だった。しかし、原因不明の病に侵され、聖職者も治せなかった。清浄の力など、結局は無力だったのだ!」

 その声には、深い悲しみと怒りが混じっていた。

「だが、穢れの力なら違う。死すらも超越し、全てを作り変えることができる。真実は穢れの中にある。全てを穢れで満たした時、この世界は本来の姿を取り戻す!」

 男が手を振ると、黒い水晶が激しく輝き始めた。瘴気が渦を巻き、俺たちに向かって押し寄せてくる。

「エリーゼ様、下がって!」

 俺は聖剣を構え、全力の浄化を放つ。

「浄化!」

 黄金の光と黒い瘴気が激突する。すさまじい衝撃波が地下室を揺らし、文書が舞い上がる。

 しかし、瘴気は止まらない。むしろ、どんどん濃くなっていく。

「無駄だ! この汚染拡散陣は、教団の技術の結晶。一人の掃除士程度では――」

 男の言葉を遮るように、エリーゼが前に出た。

「翔太さんの力を、侮らないで!」

 彼女が手を翳すと、淡い光が生まれる。それは聖女の力ではないが、王族に受け継がれる古い祝福の力だった。

「私も手伝います! 翔太さんを信じています!」

 その瞬間、俺の心に熱いものが込み上げた。エリーゼが俺を信じてくれている。その信頼に、必ず応えなければ。

 エリーゼの光が、俺の浄化と重なる。すると、相乗効果で光が何倍にも強くなった。二人の心が一つになったような、不思議な感覚があった。

「なっ……まさか、王族の祝福と浄化が共鳴するなど!」

 男が動揺する。

 今だ! 俺は聖剣に全魔力を込める。掃除士として、この穢れを必ず浄化してみせる。

「これで終わりだ! 浄化・解放!」

 聖剣が眩い光を放ち、その光が汚染拡散陣を包み込む。黒い魔法陣が、端から崩れ始めた。血で描かれた紋様が蒸発し、黒い水晶にヒビが入る。

「ぐあああっ!」

 男が苦しみの声を上げる。どうやら、魔法陣と何らかの形でつながっていたらしい。

 そして――

 パリンッ!

 黒い水晶が砕け散った。同時に、瘴気が急速に薄れていく。地下室に、清浄な空気が戻ってきた。



 男は膝をつき、荒い息をしていた。黒いローブがボロボロになり、フードが落ちて素顔が露わになる。

 痩せこけた中年男性。かつては貴族の品格があったのだろうが、今は狂気と悲しみに歪んでいる。

「なぜ……なぜ穢れを拒む……」

 男が虚ろな目で呟く。

「穢れこそが真実なのに……妻を救えるはずだったのに……」

「あなたは間違っています」

 俺は静かに言った。聖剣を下ろし、男に近づく。

「穢れは真実じゃない。ただの歪みです。本来あるべき姿を、ねじ曲げているだけ」

 男が俺を睨む。その目には、深い絶望があった。

「綺麗事を……お前に何が分かる! 愛する者を失う痛みが分かるか!」

「分かりませんよ」

 俺は正直に答えた。

「でも、分かることがあります。俺は掃除士だから。汚れと穢れの違いが分かる。そして、どちらも元の姿に戻せることも」

 手を翳し、優しい光を放つ。

「浄化は、破壊じゃない。本来の姿を取り戻すことなんです」

 光が男を包む。すると、彼の顔から狂気が薄れ、正気が戻ってきた。同時に、堰を切ったように涙が溢れ出した。

「私は……私は何を……」

 レイヴン侯爵が、震える声で言う。

「妻を失った悲しみで、私は……こんな恐ろしいことを……」

 エリーゼがそっと近づき、優しく声をかけた。

「侯爵、教団について教えてください。まだ間に合います」

 侯爵は力なく頷いた。

「分からない……ただ、黒いローブの者たちが来て……気がついたら、この地下室で魔法陣を……」

 記憶が曖昧なようだ。深い洗脳を受けていたのだろう。

「でも、一つだけ覚えている」

 侯爵が顔を上げる。

「奴らは言っていた。『王城に仲間がいる』と。そして、『満月の夜に、全てが変わる』と」

 満月の夜。それは――

「五日後です」

 エリーゼが言う。その声には、緊迫感があった。

「五日後が、次の満月」

 時間がない。俺たちは急いで動かなければ。

 しかし、同時に希望もあった。エリーゼとの共鳴、二人の力を合わせれば、どんな穢れも浄化できる。その確信が、俺の中に芽生えていた。

━━━━━━━━━━━━━━━
【ステータス】
 佐藤翔太 Lv.46
 職業:掃除士
 称号:聖剣の主、宮廷浄化士、聖泉守護者
━━━━━━━━━━━━━━━
 HP  :820/820
 MP  :1280/1280
 攻撃力:102(+300)
 防御力:368
 敏捷 :102(+50)
━━━━━━━━━━━━━━━
【スキル】
 浄化 Lv.10
 └効果:呪い浄化まで可能
 鑑定 Lv.5(NEW)
 └効果:隠された情報も取得可能
 収納 Lv.4
 剣術 Lv.1
 浄化効率:56
 汚染耐性:23
━━━━━━━━━━━━━━━

 レベル46。そして、鑑定スキルがレベル5に上がった。これで、より深い情報を読み取れるようになった。

 穢れの教団との戦いは、これからが本番だ。

 王城に潜む内通者を見つけ出し、満月の夜の計画を阻止する。それが、俺とエリーゼの新たな使命。

 夕暮れの王都を見下ろしながら、俺は決意を新たにした。

 この街を、この国を、穢れから守る。

 それが、掃除士としての俺の役目だから。
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