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第27話 海から来た天然娘
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夕暮れの帝都港。オレンジ色に染まる空を背景に、静かな海面が波紋一つなく広がっていた。
そして次の瞬間——
「きゃあああぁぁぁ~~~! たのし~~~い!」
突如、港の中央に巨大な水柱が立ち昇った。高さ三十メートルはあろうかという水の塔が、螺旋を描きながら天に向かって伸びていく。夕日を受けて黄金色に輝く水しぶきが、まるで無数の宝石のように散らばった。
港にいた人々が一斉に叫び声を上げる。荷物を放り出して逃げ惑う商人、剣を抜く帝国兵、祈りを捧げる巡礼者——混乱が一瞬にして広がった。
水柱の中心に、人影が浮かび上がる。青い髪を海風になびかせた少女が、まるで水のエレベーターに乗っているかのように、優雅に降りてきた。
いや、優雅に……見えただけだった。
「あっ、もう着いちゃった~! 止まれ止まれ~!」
ドンッ!
石畳に激突した少女は、派手に転んだ。水柱が崩れ、大量の海水が周囲に降り注ぐ。びしょ濡れになった兵士たちが、困惑しながら剣を構える。
「あいたたた……お姉さまぁ~! 会いに来ましたぁ~!」
少女——マリーナ王国第一王女アクアマリンは、膝を擦りむいたまま満面の笑みで立ち上がった。海水でびしょ濡れの青い髪から雫が滴り落ちているが、本人は全く気にしていない。
「わぁ! 建物がいっぱい! 石でできてる! 実験したい! 石の熱伝導率って水より低いよね!? 比較実験したい~!」
彼女のキラキラした瞳が、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように輝いていた。
---
帝都研究棟。レオンは実験データの整理をしていた。
「プリマの粘性係数の温度依存性は……ふむ、やはり相転移点が存在する」
ぷるん、とプリマが反応した。まるで褒められたことを喜んでいるかのようだ。
その時、フィルミナが突然立ち上がった。
「レオン様……何か来ます」
彼女の半透明の髪が、微かに振動している。まるで遠くの音叉と共鳴しているかのようだった。
「何か? スライムの新種ですか?」
レオンの目が研究者特有の輝きを帯びた。新しい研究対象の予感に、心が躍る。
「いえ……私と同じような……でも違う……なんだか、すごく……元気?」
フィルミナが首を傾げた瞬間、窓の外から大きな水柱が見えた。
「なんだあれは!?」
ガイウス隊長が剣を抜く。リヴィエルは冷静に紅茶を淹れながら、窓の外を眺めていた。
「坊ちゃま、お客様のようですね。それも、かなり派手な」
---
港に到着したレオンたちが見たものは、兵士たちに囲まれながら、楽しそうに水たまりで遊んでいる少女だった。
「見て見て! 水の表面張力で球体作れるの! ほら、完璧な球! あ、でも重力の影響で下が少し平たくなっちゃう~。地球の重力加速度は約9.8メートル毎秒毎秒だから~」
マリーナは水を操りながら、誰に向けてでもなく説明を続けていた。兵士たちは、剣を向けるべきか困惑している。
「あの……君は?」
レオンが声をかけると、マリーナがパッと振り向いた。
そして——
「お姉さま~~~!」
フィルミナに向かって突進した。
「えっ?」
フィルミナが驚く間もなく、マリーナは彼女に抱きついた。いや、抱きつこうとして——
すり抜けた。
「あれ? なんで? お姉さま、すり抜けちゃった! 面白い! これって屈折率の問題? それとも密度? 実験したい!」
地面に転がったマリーナは、すぐに起き上がって目を輝かせた。
「私、あなたを知らないのですが……」
フィルミナが困惑して言った。
「そっかぁ~、記憶がないんですね! 大丈夫大丈夫! 私が全部教えてあげる! えっと~、私たちは三百年前に~……あれ? 三百年前に何してたんだっけ? まぁいいや! とにかく仲間です!」
マリーナの天真爛漫な笑顔に、周囲の緊張が少しだけ和らいだ。
しかし、その発言は別の波紋を呼んでいた。
「三百年前の同志だと!?」
港に潜んでいたヴァレリアのスパイ、ブリッツが眼鏡を落とした。慌てて拾い上げ、震える手でメモを取る。
「これは……古代兵器の一部が集結している!」
帝都の大会議場では、各国代表団が緊急会議を開いていた。
「海から現れた少女……明らかに人間ではない」
ガルヴァン将軍が拳を握りしめた。
「しかも『三百年前』と言った。魔王事件との関連は明白だ」
メルキオール大司教が十字を切る。
「神よ、これは預言の成就なのでしょうか……」
チェン・ロン商会の会頭は、算盤を弾きながら呟いた。
「海流操作が可能なら、海上貿易路の完全支配も……」
---
その頃、レオンの研究室では、マリーナが実験器具に興味津々だった。
「これ何これ何!? ビーカー? フラスコ? わぁ~、ガラスの透明度高い! 屈折率測りたい!」
彼女は勝手に器具を手に取り、プリマの入った容器に近づいた。
「きゃ~! 生きてるスライム! 可愛い~! ねぇねぇ、一緒に実験しよ~?」
「ちょっと待って! それは精密な観察対象で——」
レオンが止める間もなく、マリーナは水を操作してプリマの周りに水流を作った。
「ほら見て! スライムさんと水の相互作用! 粘性の違いで面白い模様ができる~! あ、でも水圧上げすぎた!」
ボンッ!
小さな爆発が起き、虹色の水しぶきが研究室中に飛び散った。
「きゃ~! 楽しい~! 成功成功~!」
「いや、これは明らかに失敗では……」
レオンが頭を抱える横で、フィルミナが不思議そうに呟いた。
「でも……なんだか懐かしい感じがします」
「マリーナです! 海の研究してます!」
水しぶきまみれのまま、彼女は自己紹介を始めた。
「スライムさんたちと一緒に海流を作るの! ほら、こうやって~」
研究室の床にこぼれた水で、小さな渦を作り始めた。水が螺旋を描きながら回転し、その中心に小さな竜巻のような水柱が立つ。
「これが循環! エネルギー保存の法則! 熱力学第一法則! あ、でも実際はエントロピーが増大するから第二法則も考慮しないと~」
レオンの目が輝いた。
「循環! それは生態系の基本原理! 物質循環、エネルギーフロー、そして情報の流れ!」
二人は急速に意気投合し、学術的な議論を始めた。
「海流の温度勾配による密度差が~」
「それによる鉛直混合がプランクトンの分布に~」
「そうそう! 光合成の効率が変わって~」
周囲は完全に置いてけぼりだった。
しかし、廊下の陰で聞いていたガイウスは、全く違う解釈をしていた。
「海流操作……つまり海上封鎖が可能。これは軍事的に革命的だ」
商人たちは算盤を弾いていた。
「海流を支配すれば、貿易路の独占も可能に……」
メルキオールは震え声で呟いた。
「海の支配……それは神の領域への挑戦」
そして、マリーナの何気ない一言が、更なる誤解を生んだ。
「みんなで世界を回そう! ぐるぐる~!」
彼女は純粋に、海流による地球規模の循環システムのことを言っていた。しかし——
「世界を回す……世界支配の婉曲表現か!」
---
「ねぇねぇ、一緒に実験しよう!」
マリーナがレオンの袖を引っ張った。
「どんな実験を?」
「スライムと水の相互作用! 場所は~……あ! あそこの噴水がいい!」
彼女は窓から見える帝都中央の大噴水を指差した。
「あれは公共の施設ですが……」
「大丈夫大丈夫! ちょっと借りるだけ~!」
噴水広場。夕暮れ時で市民も多く集まっている中、マリーナは早速実験を開始した。
「プリマちゃん、ここに~」
プリマを噴水の縁に置き、水を操作し始める。最初は小さな水流から始まり、徐々に複雑な模様を描いていく。
「見て! 層流から乱流への遷移! レイノルズ数が臨界値を超えると~」
水とスライムが作り出す模様は、確かに美しかった。虹色に輝く水の渦が、まるで生きているように踊る。
しかし——
「あ、水圧の計算間違えた!」
ドォォォン!
噴水が大爆発した。巨大な水柱が天高く吹き上がり、虹色の水しぶきが帝都全体に降り注いだ。
「きれい~~~! 大成功~!」
マリーナは両手を広げて、降り注ぐ水を浴びながら回っていた。
「これは明らかに失敗では……」
レオンの呟きは、市民たちの歓声にかき消された。
「虹の雨だ!」
「奇跡だ!」
「帝国の新兵器実験か!?」
子供たちが集まってきた。
「お姉ちゃん、すごい! もう一回!」
「いいよ~! でも今度はもっとすごいの!」
「待って待って!」
レオンが慌てて止めようとしたが、マリーナはすでに次の「実験」の準備を始めていた。
リヴィエルがため息をつきながら、片付けの準備を始めた。
「まったく、坊ちゃまも人のこと言えませんね。この前の爆発事故をお忘れですか?」
「あれは事故じゃなくて、予期せぬ化学反応の発見で……」
「同じことです」
「お手伝いします~!」
マリーナが片付けを手伝おうとして、更に水を撒き散らした。広場は完全に水浸しになり、市民たちは笑いながら、あるいは怒りながら散っていく。
その混乱の中、フィルミナが小さく呟いた。
「なんだか……楽しそう」
彼女の表情に、初めて微かな笑みが浮かんでいた。
---
夜、レオンの研究室に戻った一行。マリーナは研究室の椅子に座り、足をぶらぶらさせながら、興味深そうに周囲を見回していた。
プリマがマリーナに近づき、ぷるんと震えた。すると、フィルミナも同じように体を震わせた。
「あ……」
三者の間に、不思議な共鳴が生まれた。研究室の空気が微かに振動し、ビーカーやフラスコがかすかに音を立てる。
「これは……」
レオンが観察記録を取り始めた。
「三体の共鳴……予想以上に強い反応だ」
マリーナが突然、北の方角を指差した。
「あ、もう一人いる!」
「もう一人?」
「うん! 北の方……土の匂いがする! 深い深い土の中で、まだ眠ってるみたい」
彼女は首を傾げた。
「テラちゃんかな? 勝手に名前つけちゃった~」
フィルミナも同じ方向を見つめた。
「確かに……感じます。でも、まだ眠っているような……」
レオンは興奮を抑えきれなかった。
「第三の覚醒個体……これで三体が揃う」
彼は研究ノートにすばやく書き込んだ。
『三体の共鳴により、特別な力が生まれる可能性。循環、共鳴、そして——蓄積? これは生命の三原則に対応しているのかもしれない』
「すごい発見です! 明日、北へ向かいましょう!」
レオンの提案に、マリーナが飛び跳ねた。
「やった~! 冒険だ~! 実験器具持っていく? あ、防寒対策も必要だよね! 水の凝固点は0度だけど、塩分濃度によって変わるから~」
その頃、帝都の各所では、スパイたちが本国へ緊急報告を送っていた。
「第三の覚醒個体出現の兆候!」
「帝国が三体を集結させようとしている!」
「これは最終兵器の起動準備に違いない!」
ブリッツは震える手で暗号を打った。
「緊急度……黒! いや、黒を超えた虹色警報!」
シスター・ノワールは祈りの言葉を唱えながら、報告書を書いていた。
「三位一体……これは神の意志なのか、それとも悪魔の誘惑なのか……」
リンは、お菓子を頬張りながら計算していた。
「三体集結の確率……95%に上昇。でも、このチョコレート美味しい~」
---
深夜、マリーナは研究室の窓から夜空を見上げていた。
「お姉さま、見つけた。でも、もう一人もすぐに会えるよね」
フィルミナが隣に立った。
「マリーナさん……私たち、本当に三百年前に会っていたんですか?」
「わかんない! でも、なんか懐かしい感じするよね~? それって科学的には説明できないけど、でも大事なことだと思う!」
マリーナの天真爛漫な笑顔に、フィルミナも小さく微笑んだ。
「そうですね……説明できないことも、きっと大切なんですね」
レオンは、二人の様子を観察しながら記録を取っていた。
『マリーナ(仮称アクアマリン)の特性:
・水の操作能力(流体力学的制御)
・天真爛漫だが科学的知識は豊富
・実験への異常な執着
・失敗を失敗と認識しない楽観性
フィルミナとの相互作用:
・性格は正反対だが、不思議と調和
・共鳴時のエネルギー増幅を確認
・第三体への感応も同期
仮説:三体はそれぞれ異なる特性を持ちながら、一つの統合システムを形成する可能性』
窓の外では、北方の空に微かな光が瞬いた。まるで、何かが目覚めようとしているかのように。
「明日は大冒険だね~!」
マリーナが楽しそうに言った。
「うん、きっと面白い実験……じゃなくて、冒険になりますね」
レオンも期待に胸を膨らませた。
しかし、彼らの「冒険」が、世界中を更なる誤解と混乱に巻き込むことになるとは、この時はまだ誰も知らない。
北方では、地響きが少しずつ大きくなっていた。
第三の覚醒が、すぐそこまで迫っている。
そして次の瞬間——
「きゃあああぁぁぁ~~~! たのし~~~い!」
突如、港の中央に巨大な水柱が立ち昇った。高さ三十メートルはあろうかという水の塔が、螺旋を描きながら天に向かって伸びていく。夕日を受けて黄金色に輝く水しぶきが、まるで無数の宝石のように散らばった。
港にいた人々が一斉に叫び声を上げる。荷物を放り出して逃げ惑う商人、剣を抜く帝国兵、祈りを捧げる巡礼者——混乱が一瞬にして広がった。
水柱の中心に、人影が浮かび上がる。青い髪を海風になびかせた少女が、まるで水のエレベーターに乗っているかのように、優雅に降りてきた。
いや、優雅に……見えただけだった。
「あっ、もう着いちゃった~! 止まれ止まれ~!」
ドンッ!
石畳に激突した少女は、派手に転んだ。水柱が崩れ、大量の海水が周囲に降り注ぐ。びしょ濡れになった兵士たちが、困惑しながら剣を構える。
「あいたたた……お姉さまぁ~! 会いに来ましたぁ~!」
少女——マリーナ王国第一王女アクアマリンは、膝を擦りむいたまま満面の笑みで立ち上がった。海水でびしょ濡れの青い髪から雫が滴り落ちているが、本人は全く気にしていない。
「わぁ! 建物がいっぱい! 石でできてる! 実験したい! 石の熱伝導率って水より低いよね!? 比較実験したい~!」
彼女のキラキラした瞳が、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように輝いていた。
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帝都研究棟。レオンは実験データの整理をしていた。
「プリマの粘性係数の温度依存性は……ふむ、やはり相転移点が存在する」
ぷるん、とプリマが反応した。まるで褒められたことを喜んでいるかのようだ。
その時、フィルミナが突然立ち上がった。
「レオン様……何か来ます」
彼女の半透明の髪が、微かに振動している。まるで遠くの音叉と共鳴しているかのようだった。
「何か? スライムの新種ですか?」
レオンの目が研究者特有の輝きを帯びた。新しい研究対象の予感に、心が躍る。
「いえ……私と同じような……でも違う……なんだか、すごく……元気?」
フィルミナが首を傾げた瞬間、窓の外から大きな水柱が見えた。
「なんだあれは!?」
ガイウス隊長が剣を抜く。リヴィエルは冷静に紅茶を淹れながら、窓の外を眺めていた。
「坊ちゃま、お客様のようですね。それも、かなり派手な」
---
港に到着したレオンたちが見たものは、兵士たちに囲まれながら、楽しそうに水たまりで遊んでいる少女だった。
「見て見て! 水の表面張力で球体作れるの! ほら、完璧な球! あ、でも重力の影響で下が少し平たくなっちゃう~。地球の重力加速度は約9.8メートル毎秒毎秒だから~」
マリーナは水を操りながら、誰に向けてでもなく説明を続けていた。兵士たちは、剣を向けるべきか困惑している。
「あの……君は?」
レオンが声をかけると、マリーナがパッと振り向いた。
そして——
「お姉さま~~~!」
フィルミナに向かって突進した。
「えっ?」
フィルミナが驚く間もなく、マリーナは彼女に抱きついた。いや、抱きつこうとして——
すり抜けた。
「あれ? なんで? お姉さま、すり抜けちゃった! 面白い! これって屈折率の問題? それとも密度? 実験したい!」
地面に転がったマリーナは、すぐに起き上がって目を輝かせた。
「私、あなたを知らないのですが……」
フィルミナが困惑して言った。
「そっかぁ~、記憶がないんですね! 大丈夫大丈夫! 私が全部教えてあげる! えっと~、私たちは三百年前に~……あれ? 三百年前に何してたんだっけ? まぁいいや! とにかく仲間です!」
マリーナの天真爛漫な笑顔に、周囲の緊張が少しだけ和らいだ。
しかし、その発言は別の波紋を呼んでいた。
「三百年前の同志だと!?」
港に潜んでいたヴァレリアのスパイ、ブリッツが眼鏡を落とした。慌てて拾い上げ、震える手でメモを取る。
「これは……古代兵器の一部が集結している!」
帝都の大会議場では、各国代表団が緊急会議を開いていた。
「海から現れた少女……明らかに人間ではない」
ガルヴァン将軍が拳を握りしめた。
「しかも『三百年前』と言った。魔王事件との関連は明白だ」
メルキオール大司教が十字を切る。
「神よ、これは預言の成就なのでしょうか……」
チェン・ロン商会の会頭は、算盤を弾きながら呟いた。
「海流操作が可能なら、海上貿易路の完全支配も……」
---
その頃、レオンの研究室では、マリーナが実験器具に興味津々だった。
「これ何これ何!? ビーカー? フラスコ? わぁ~、ガラスの透明度高い! 屈折率測りたい!」
彼女は勝手に器具を手に取り、プリマの入った容器に近づいた。
「きゃ~! 生きてるスライム! 可愛い~! ねぇねぇ、一緒に実験しよ~?」
「ちょっと待って! それは精密な観察対象で——」
レオンが止める間もなく、マリーナは水を操作してプリマの周りに水流を作った。
「ほら見て! スライムさんと水の相互作用! 粘性の違いで面白い模様ができる~! あ、でも水圧上げすぎた!」
ボンッ!
小さな爆発が起き、虹色の水しぶきが研究室中に飛び散った。
「きゃ~! 楽しい~! 成功成功~!」
「いや、これは明らかに失敗では……」
レオンが頭を抱える横で、フィルミナが不思議そうに呟いた。
「でも……なんだか懐かしい感じがします」
「マリーナです! 海の研究してます!」
水しぶきまみれのまま、彼女は自己紹介を始めた。
「スライムさんたちと一緒に海流を作るの! ほら、こうやって~」
研究室の床にこぼれた水で、小さな渦を作り始めた。水が螺旋を描きながら回転し、その中心に小さな竜巻のような水柱が立つ。
「これが循環! エネルギー保存の法則! 熱力学第一法則! あ、でも実際はエントロピーが増大するから第二法則も考慮しないと~」
レオンの目が輝いた。
「循環! それは生態系の基本原理! 物質循環、エネルギーフロー、そして情報の流れ!」
二人は急速に意気投合し、学術的な議論を始めた。
「海流の温度勾配による密度差が~」
「それによる鉛直混合がプランクトンの分布に~」
「そうそう! 光合成の効率が変わって~」
周囲は完全に置いてけぼりだった。
しかし、廊下の陰で聞いていたガイウスは、全く違う解釈をしていた。
「海流操作……つまり海上封鎖が可能。これは軍事的に革命的だ」
商人たちは算盤を弾いていた。
「海流を支配すれば、貿易路の独占も可能に……」
メルキオールは震え声で呟いた。
「海の支配……それは神の領域への挑戦」
そして、マリーナの何気ない一言が、更なる誤解を生んだ。
「みんなで世界を回そう! ぐるぐる~!」
彼女は純粋に、海流による地球規模の循環システムのことを言っていた。しかし——
「世界を回す……世界支配の婉曲表現か!」
---
「ねぇねぇ、一緒に実験しよう!」
マリーナがレオンの袖を引っ張った。
「どんな実験を?」
「スライムと水の相互作用! 場所は~……あ! あそこの噴水がいい!」
彼女は窓から見える帝都中央の大噴水を指差した。
「あれは公共の施設ですが……」
「大丈夫大丈夫! ちょっと借りるだけ~!」
噴水広場。夕暮れ時で市民も多く集まっている中、マリーナは早速実験を開始した。
「プリマちゃん、ここに~」
プリマを噴水の縁に置き、水を操作し始める。最初は小さな水流から始まり、徐々に複雑な模様を描いていく。
「見て! 層流から乱流への遷移! レイノルズ数が臨界値を超えると~」
水とスライムが作り出す模様は、確かに美しかった。虹色に輝く水の渦が、まるで生きているように踊る。
しかし——
「あ、水圧の計算間違えた!」
ドォォォン!
噴水が大爆発した。巨大な水柱が天高く吹き上がり、虹色の水しぶきが帝都全体に降り注いだ。
「きれい~~~! 大成功~!」
マリーナは両手を広げて、降り注ぐ水を浴びながら回っていた。
「これは明らかに失敗では……」
レオンの呟きは、市民たちの歓声にかき消された。
「虹の雨だ!」
「奇跡だ!」
「帝国の新兵器実験か!?」
子供たちが集まってきた。
「お姉ちゃん、すごい! もう一回!」
「いいよ~! でも今度はもっとすごいの!」
「待って待って!」
レオンが慌てて止めようとしたが、マリーナはすでに次の「実験」の準備を始めていた。
リヴィエルがため息をつきながら、片付けの準備を始めた。
「まったく、坊ちゃまも人のこと言えませんね。この前の爆発事故をお忘れですか?」
「あれは事故じゃなくて、予期せぬ化学反応の発見で……」
「同じことです」
「お手伝いします~!」
マリーナが片付けを手伝おうとして、更に水を撒き散らした。広場は完全に水浸しになり、市民たちは笑いながら、あるいは怒りながら散っていく。
その混乱の中、フィルミナが小さく呟いた。
「なんだか……楽しそう」
彼女の表情に、初めて微かな笑みが浮かんでいた。
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夜、レオンの研究室に戻った一行。マリーナは研究室の椅子に座り、足をぶらぶらさせながら、興味深そうに周囲を見回していた。
プリマがマリーナに近づき、ぷるんと震えた。すると、フィルミナも同じように体を震わせた。
「あ……」
三者の間に、不思議な共鳴が生まれた。研究室の空気が微かに振動し、ビーカーやフラスコがかすかに音を立てる。
「これは……」
レオンが観察記録を取り始めた。
「三体の共鳴……予想以上に強い反応だ」
マリーナが突然、北の方角を指差した。
「あ、もう一人いる!」
「もう一人?」
「うん! 北の方……土の匂いがする! 深い深い土の中で、まだ眠ってるみたい」
彼女は首を傾げた。
「テラちゃんかな? 勝手に名前つけちゃった~」
フィルミナも同じ方向を見つめた。
「確かに……感じます。でも、まだ眠っているような……」
レオンは興奮を抑えきれなかった。
「第三の覚醒個体……これで三体が揃う」
彼は研究ノートにすばやく書き込んだ。
『三体の共鳴により、特別な力が生まれる可能性。循環、共鳴、そして——蓄積? これは生命の三原則に対応しているのかもしれない』
「すごい発見です! 明日、北へ向かいましょう!」
レオンの提案に、マリーナが飛び跳ねた。
「やった~! 冒険だ~! 実験器具持っていく? あ、防寒対策も必要だよね! 水の凝固点は0度だけど、塩分濃度によって変わるから~」
その頃、帝都の各所では、スパイたちが本国へ緊急報告を送っていた。
「第三の覚醒個体出現の兆候!」
「帝国が三体を集結させようとしている!」
「これは最終兵器の起動準備に違いない!」
ブリッツは震える手で暗号を打った。
「緊急度……黒! いや、黒を超えた虹色警報!」
シスター・ノワールは祈りの言葉を唱えながら、報告書を書いていた。
「三位一体……これは神の意志なのか、それとも悪魔の誘惑なのか……」
リンは、お菓子を頬張りながら計算していた。
「三体集結の確率……95%に上昇。でも、このチョコレート美味しい~」
---
深夜、マリーナは研究室の窓から夜空を見上げていた。
「お姉さま、見つけた。でも、もう一人もすぐに会えるよね」
フィルミナが隣に立った。
「マリーナさん……私たち、本当に三百年前に会っていたんですか?」
「わかんない! でも、なんか懐かしい感じするよね~? それって科学的には説明できないけど、でも大事なことだと思う!」
マリーナの天真爛漫な笑顔に、フィルミナも小さく微笑んだ。
「そうですね……説明できないことも、きっと大切なんですね」
レオンは、二人の様子を観察しながら記録を取っていた。
『マリーナ(仮称アクアマリン)の特性:
・水の操作能力(流体力学的制御)
・天真爛漫だが科学的知識は豊富
・実験への異常な執着
・失敗を失敗と認識しない楽観性
フィルミナとの相互作用:
・性格は正反対だが、不思議と調和
・共鳴時のエネルギー増幅を確認
・第三体への感応も同期
仮説:三体はそれぞれ異なる特性を持ちながら、一つの統合システムを形成する可能性』
窓の外では、北方の空に微かな光が瞬いた。まるで、何かが目覚めようとしているかのように。
「明日は大冒険だね~!」
マリーナが楽しそうに言った。
「うん、きっと面白い実験……じゃなくて、冒険になりますね」
レオンも期待に胸を膨らませた。
しかし、彼らの「冒険」が、世界中を更なる誤解と混乱に巻き込むことになるとは、この時はまだ誰も知らない。
北方では、地響きが少しずつ大きくなっていた。
第三の覚醒が、すぐそこまで迫っている。
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そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
ホームレスは転生したら7歳児!?気弱でコミュ障だった僕が、気づいたら異種族の王になっていました
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彼は30年という短い生涯を閉じると、記憶を引き継いだままその意識は幼少期へ飛ばされた。
幼少期に戻ったアレンは前世の記憶と、飼い猫と喋れるオリジナルスキルを頼りに、不都合な未来、出来事を改変していく。
記憶にない事象、改変後に新たに発生したトラブルと戦いながら、2度目の人生での仲間らとアレンは新たな人生を歩んでいく。
新しい世界では『魔宝殿』と呼ばれるダンジョンがあり、前世の世界ではいなかった魔獣、魔族、亜人などが存在し、ただの日雇い店員だった前世とは違い、ダンジョンへ仲間たちと挑んでいきます。
この物語は、記憶を引き継ぎ幼少期にタイムリープした主人公アレンが、自分の人生を都合のいい方へ改変しながら、最低最悪な未来を避け、全く新しい人生を手に入れていきます。
主人公最強系の魔法やスキルはありません。あくまでも前世の記憶と経験を頼りにアレンにとって都合のいい人生を手に入れる物語です。
※ ネタバレのため、2部が完結したらまた少し書きます。タイトルも2部の始まりに合わせて変えました。
戦えない魔法で追放された俺、家電の知識で異世界の生存率を塗り替える
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事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
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物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
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