転生王子はスライムを育てたい ~最弱モンスターが世界を変える科学的飼育法~

宵町あかり

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第42話 心の傷と恋の芽生え

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 野営地に朝日が差し込み、焚き火は消えかけている。レオンたちはまだ眠っていたが、クリスタだけが起きて氷原を見つめていた。風が髪を揺らし、記憶が蘇ってくる。

 幼い頃、笑顔があった。

「あなたは特別な子」

 そう言われて嬉しく、期待に応えたくて必死に力を磨いた。でも、ある日気づいた——「有用な道具」。その言葉の意味に。私は人じゃなかった。評価されていたのは能力だけで、心は見られていなかった。

「私は...人形だったの?」

 震える声で問うても、答えはなかった。

 追放の瞬間。極北に置き去りにされた。

「失敗作。用済みだ」

 冷たく切り捨てられ、振り返りもせずに去って行った。300年の孤独が始まった。

「誰も来ない...誰も」

 最初の50年はまだ希望があった。迎えが来るかもしれない——でも、100年経っても誰も来なかった。200年経っても一人だった。諦めて、心を閉ざした。それが唯一の防衛だった。

 でも昨日、レオンの言葉を思い出す。

「君は失敗作なんかじゃない」

 本当に...? まだ半信半疑だった。

 足音が聞こえ、フィルミナたちが起きてくる。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 プリマの優しい声に、クリスタの目から涙が溢れた。

「みんな...優しいのね」

 初めてそう思えた。

---

 ガルヴァン帝国の隊長は会議を開いていた。

「記憶技術の軍事転用計画を立案せよ」

 真剣な表情で、部下たちが詳細な報告書を作成している。

「諜報活動に応用すれば、情報収集効率が10倍になります」

 戦略家として冷静に分析する。

「実戦配備を急ぐ」

 メルキオール教国の神官は徹夜で祈り続け、聖騎士団に厳戒態勢を指示していた。

「神への祈り、途絶えてはならぬ。試練の時が近づいている」

 チェン・ロン商業同盟の商人は経済分析に没頭し、商人ネットワークに緊急指令を出す。

「市場予測を全て見直す。この技術で、世界が変わる」

 各国がそれぞれの立場で真剣だった——国家の命運をかけていた。

 一方、野営地では平和な朝が続いていた。全く違う世界。

---

 川辺に一人の姿があった。リヴィエルだ。遠くを見つめると、レオンとクリスタが話している姿が見える。胸が締め付けられた。

「レオン様が...嬉しそう」

 クリスタを救えて満足そうな顔、優しい笑顔——それを見ると、苦しい。でも嬉しくもある。

「この気持ちは...恋なのね」

 ようやく自覚した。でも——

「私には資格がない。道具だった私が...人を愛するなんて」

 涙が頬を伝う。気づかなかった、自分が泣いていることに。

 足音が近づき、クリスタが現れた。

「あなた...泣いてるの?」

 リヴィエルは慌てて涙を拭ったが、隠せなかった。

 クリスタが隣に座る。

「私も...泣いてばかりだから」

 二人の間に沈黙が流れる。でも、それは不快な沈黙じゃなかった。

 リヴィエルが口を開いた。

「私も...追放された身です」

 過去を語り始める。

「貴族の家で生まれた時から、決められていました。優秀な護衛を育てる——それが全てでした。名前も、有用な道具という意味でした」

 幼少期、感情を持つことを禁じられた。

「護衛に感情は不要。命令に従うだけでいい」

 何度もそう言われた。笑うことも、泣くことも、怒ることも——全て許されなかった。

「でも...子供でしたから」

 心は感じていた。嬉しいこと、悲しいこと——全て押し殺すしかなかった。

 思春期になって、初めて疑問を持った。

「私は...人じゃないの?」

 でも、誰も答えてくれない。

「有用な護衛だ」

 それしか言われなかった。

 ある日、街で子供が危険にさらされていた。体が勝手に動き、子供を助けてしまった。

「命令違反だ! 感情を持つ護衛は不要」

 冷たい目で見られ、「追放する」と告げられた。そして一人になった。

「でも...レオン様は違った」

 リヴィエルの顔に光が戻る。

「初めて『君の名前は?』と聞かれた時——その衝撃は忘れられない。道具じゃなく人として見てくれた。初めて生きてると思えました」

 クリスタが涙を流していた。

「私も...同じだった。私も道具だった。でも...レオン様は違った」

 二人の境遇が重なる。

 リヴィエルが静かに言った。

「気づいたら...胸が苦しかった。レオン様を見るだけで嬉しい、側にいるだけで幸せ——でも、私には資格がない。道具だった私が...」

 クリスタがリヴィエルの手を握った。

「私も...そう思ってた」

 二人で泣いた。長い間抱えていた痛みを、初めて共有できた。

 リヴィエルが笑顔を見せた。

「クリスタ様...友達でいてくれる?」

 クリスタも笑った。

「もちろん」

 でも、リヴィエルの目に強い意志が宿った。

「でも...レオン様のことは諦めない」

 クリスタが驚き、そして——

「フフ...私も、かも」

 二人で笑った。恋敵だけど友達——不思議な関係だが、温かかった。

---

 護衛たちは遠くから観察していた。

「戦略会議か?」

 真剣にメモを取る。ガルヴァンの隊長が「氷姫の心理掌握に成功」と分析し、メルキオールの神官が「神の試練、次の段階へ」と祈り、チェン・ロンの商人が「近衛騎士団の拡大か」と計算する。それぞれの解釈で観察を続けた。

 一方、リヴィエルとクリスタは恋バナをしていた——全く違う意味で真剣だった。

---

 野営地に二人が戻り、フィルミナが料理を準備していた。

「お帰りなさい、二人とも」

 優しい笑顔と温かい香りが漂う。

 五体で食事をする。プリマが嬉しそうに「クリスタお姉ちゃん、これ美味しいよ」と言い、テラが静かに「温かい...ご飯って」と微笑み、マリーナが「みんなで食べると楽しいね~」とはしゃいでいる。

 クリスタの目から、また涙が溢れた。でも今度は嬉しい涙だった。

 フィルミナがクリスタを抱きしめた。

「ずっと、待ってました。お姉ちゃんが帰ってくるのを。300年、信じてました」

 声が震え、涙が止まらない。

 クリスタが号泣した。

「ごめん...ごめんね。私、失敗作だから...」

 フィルミナが首を振る。

「違います」

 強く抱きしめる。

「お姉ちゃんは、私たちの誇りです。記憶を守り続けた——300年間、一人で」

 プリマ、テラ、マリーナも抱きつく。五体の絆がようやく完全になった。

「家族だよ」

 プリマの言葉。

「家族...」

 クリスタが初めて口にした。その言葉の重み、温かさ。

 レオンは遠くから見守り、微笑んでいる。

「良かった...」

 リヴィエルが隣に来た。

「レオン様のおかげです」

 レオンが首を振る。

「みんなのおかげだよ」

 謙虚な笑顔——その姿を見て、リヴィエルの胸がまた熱くなった。

---

 護衛たちは真剣に観察し、詳細に記録していた。ガルヴァン側は戦力統合完了の儀式だと分析し、メルキオール側は神の祝福の儀式だと解釈し、チェン・ロン側は契約締結の儀式だと理解した。それぞれの視点で報告書を作成していた。

 一方、レオンたちは家族の団欒を楽しんでいた——全く違う意味で重要な時間だった。

---

 夜が訪れた。

 ガルヴァン帝国の隊長は一人で、亡き娘からの最後の手紙を読んでいる。

「お父様、私は幸せでした。厳しかったけど、愛してくれてたから」

 文字が滲んで見え、涙が溢れた。

「娘よ...お前の記憶を残せたら...」

 部下が近づいてきた。

「隊長、お休みにならないのですか」

 ガルヴァンは慌てて涙を拭う。

「いや...少し考え事を」

 部下は気づいていた。

「お嬢様のことですか。隊長は...優しい父親でした」

 ガルヴァンが苦笑する。

「間に合わなかったがな」

 拳を握りしめ、後悔が胸を締め付ける。

「もっと...もっと早く気づけば。あの少年の技術があれば、娘の記憶を結晶化できるかもしれん。声を...笑顔を...残せるかもしれん」

 真剣な表情。

「帝国のためじゃない。私個人の...父親としての願いだ」

 部下が頷いた。

「きっと、お嬢様も喜ばれます」

 ガルヴァンが笑顔を見せたが、すぐに戦略家の顔に戻る。

「ああ...そうだな。でも、それまでは任務だ」

 冷静な声で、公私を分けていた。

 メルキオール教国の神官は師の教えを思い出していた。

「師よ...あなたの言葉を残したい」

 祈りを捧げる。

 チェン・ロン商業同盟の商人は本音を呟いた。

「実は...平和が一番儲かるんだよな」

 計算機を置く。それぞれの想いがあった。

---

 野営地は平和だった。レオンとリヴィエルが焚き火の番をしていた。星空が美しく、静かな時間が流れる。

 リヴィエルが口を開いた。

「レオン様」

 レオンが振り向く。

「どうした?」

 リヴィエルが微笑んだ。

「いえ...ありがとうございます。みんなを救ってくれて」

 レオンが首を振る。

「僕じゃなくて、みんなで...」

 謙虚な言葉。リヴィエルは内心で思った——レオン様らしい。その優しさが好きだった。

 突然、遠くで光が見えた。何かが近づいてくる。

 プリマが目を覚ました。

「この気配...」

 緊張が走る。

 クリスタが立ち上がった。

「敵だ!」

 氷の槍を構える。戦いの予感——次の物語が始まろうとしていた。
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