トラウマ奴隷少女剣士は異世界でも生き延びられますか?

月見もや

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第27話 謎の剣士

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「──で、話を整理しよう」

 深夜、宿屋のロウドの部屋に集まった面々にロウドが話しかけた。論題は酒場に現れた謎の剣士についてだ。
 淑音しとねやチサト、レオとミリィも真剣な顔で向きなおる。

「そいつは、自分も『迷い人』だと言ったのか?」
「ええ。日本から来たと言ってました」

 ロウドの問に淑音が答えた。

「恐らくですが、相当な使い手と思われます。わたしが観察した限りですが」

 チサトが補足して、淑音が改めて頷いた。

「チサトや淑音がそこまで警戒する人物とはな。俺には見ただけではそこまで強さを判別出来ん」

 ロウドは「俺には武術の才能はないからな」と呟きながら、顎を撫でた。
 レオやミリィはこの場にはいたが、この分野で大した発言は出来ないのか黙って聞き役にまわっていた。
 実際、この五人の中で戦闘向きなのは淑音とチサトだけだ。その二人を圧倒するような存在が現れた事は、ロウド達にとって脅威だった。

「考えられる点はいくつかあるが……」

 と、ロウドは私見を述べ始めた。

「そいつが、淑音をおびき寄せる為の罠であるパターンだ。どこかで淑音の事を知って──多分それは、コロシアムでの試合を見てだろうが、『迷い人』としての淑音を手に入れようとしているのかも知れん。『迷い人』の存在は公にはなっていないが、一部の支配層の中では喉から手が出るほど欲している者もいる。それは『迷い人』が我々の世界に革新的な情報をもたらすためだが……」
「わたしには、そんな情報はありません」
「その代わり、淑音は卓越した戦闘技術を持っていた。それだけでも、欲しがる人間は山ほどいる。それだけにそれを上回る戦闘能力の男など、にわかには信じられないところではあるが、な。日本にはそんな人間がごろごろいるのか?」
「そんなことはありません」
「まあ、だとすると、その男が本当に『迷い人』だという証拠はどこにも無いわけだ。淑音を呼び寄せるための嘘ということも考えられる」
「け、けれど、『迷い人』という会話は偶然……というか、たまたまそうなっただけで……」
「それも、演技かもしれないということだ」

 ふう、と軽く溜息をついて、ロウドは改めて淑音を見つめる。そうしながら、ロウドは思考を巡らせていた。
 淑音の方も考え込んだ。男が、故郷に帰りたいと言っていた言葉には嘘はなかったように思えたからだ。
 と言っても、数時間前に会ったばかりの男の言う事だ。それも確証がない。

「もしそうなら、その男を送り込んだやつは淑音がその、まよいびと? だということを知っている人物で、そいつに居場所も知られているということにならないか? ……それってすごく危険じゃないか」

 レオがここでようやく話を入ってきた。当然の不安を口にしたのである。

「その通りだ。だがこの街の権力者なら、回りくどく偽の『迷い人』を寄越して来る訳が分からん。人数を引き連れて、淑音以外を皆殺しにしてしまえばいいわけだからな。この街はそれくらいには治安が良くない」

 物騒な事をロウドが言って、再び全員が静まり返った。

「まあ、そうなっていないと言うことは、表立って動けない理由があるのか、もしくは、今の憶測が間違っているということになるな」
「考えられる事が幾つかあると言ったね?」

 と、ミリィ。促されてもうひとつの考えをロウドは話し出す。

「そうだな。もうひとつは本当にその男が何処とも関わりなく、偶然に酒場に現れて淑音に出会った、というパターンだ。その場合男の『迷い人』であるという発言は恐らく本当だろう。本当に淑音と同じ世界から迷い込んで来た人物ということになる。だとすると、誰か権力者に取り込まれる前に、俺達の手元に置いて置きたい所だな」

 ロウドには悪気はないのだが、手元に置くという言い方が、淑音には気になった。
 自分がただの道具として扱われている気になるからだ。
 けれど、そのお陰でコロシアムから買い取ってもらう事が出来たので、これも割り切らなければならないと俯いた。

「いずれ、どちらにしても相手の出方を見る必要がありそうだ。相手はもう淑音が『迷い人』であることは知ってしまった訳だからな」

 ロウドはそう結論して、席を立ち上がった。

「今夜はもう休め。これ以上は情報が足りない。結論を出すにはな」

 ロウドがそう言ったので、話はそれでお開きになった。
 ぞろぞろとロウドの部屋から淑音達が退出して、自分たちの部屋に戻る。部屋まで戻る廊下の途中で、淑音は今夜も眠れない夜を過ごすことになりそうな予感がしていた。
 こういった事態になったのも、自分の迂闊さが原因とも言えなくもないと、淑音は思って胃が痛くなった。
 コロシアムを出て以来、気が緩んでいるのかもしれない。
 部屋に戻ってベッドに入る。
 数刻後、予想に反して慣れない給仕をしたせいか、ベッドの中で数時間の間意識を失っていた事に淑音は気がついた。
 外はまだ暗いが、やかましいくらいに鳥が鳴いているので朝の訪れが近い事が分かる。
 すうすうと寝息をたてるレオやミリィを起こさないように、静かに身体を起こし、そっと部屋を後にして外に向かう。
 道場では早朝から起きて、ランニングや鍛錬を行っていたのでその癖がついていたこともある。
 けれどそれだけではなく、身体を動かしたかった。
 昨晩の強敵に少しでも対処できるように。仲間達を守れるように。
 この世界での生命の軽さを散々見せられてきたのだ。油断すれば、自分や仲間の生命は蝋燭の火を吹き消すように呆気なく消えてしまう。
 だからこそ、やれる事をやっておくしかない。
 そう考えたのは淑音だけではなかったらしい。
 外に出るとひゅんひゅんと風を切る素振りの音が朝の静けさの中、響いていた。
 その素振りの音を聞いて、それが誰であるか淑音には分かった。チサトだ。
 チサトは真剣を構えながら素振りを続けていたが、淑音が近づくと直ぐにその存在に気がついたようで、振り返りながら剣を鞘に収めた。
 カチンという子気味の良い音が鳴る。

「あ、おはようございます。淑音お姉様」
「うん。おはよう。チサト早いね」
「……昨日の……。昨日の剣士のことが気になってしまって。お姉様に負けただけでなく、立ち振る舞いだけでわたしを圧倒する人間がいることに、ショックを受けたのです」
「分かるよ。わたしも似たような気持ちだったから」
「でも、お姉様なら太刀打ち出来たでしょう?」

 期待に満ちた目を向けられて、淑音は少し戸惑った。

「ううん。どうかな? 一方的にやられたりはしないけど、勝てる気もしなかった……」

 それで正直な感想をそのまま口にした。

「お姉様もですか……。一体何者なのでしょう」

 それを聞いて、またチサトがしょんぼりと肩を竦めた。それを見ながら、淑音は苦笑する。
 淑音なりに考えがあったからだ。

「でも、太刀打ちする方法はあるよ」

 そう言って淑音はチサトの手首を掴んだので、突然の出来事にチサトはびっくりした。
 淑音はそのままチサトの手首を返して、手の平を上に向けさせた。

「お姉様……?」

 怪訝な声をかけられた淑音の視線は、チサトの手のひらに注がれている。長年修行に明け暮れていたのか、手にはたこが出来ていて固くなっていた。

「チサト……。あなた、剣が専門という訳ではないみたいだね」

 淑音が言って、はっとしたようにチサトが目を見開いた。驚きに満ちた表情である。

「お姉様。分かるのですか?」
「うん。手の平の固くなっている所を見れば。剣を握り込むだけでは出来ないたこがある」
「……。流石ですね。淑音お姉様……。出来れば隠し球として取っておきたかったのですが……」
「チサトの最も得意とする武器は『弓』かな?」
「その通りです……。お姉様には隠し事は出来ませんね」
「武術に関してはね」

 淑音は言う。

「いざと言う時は、わたしを弓で援護してくれれば、あの剣士とは言え一矢酬いる事が出来ると思う」

 一対一にこだわれば勿論強敵だが、二人がかりなら勝利する希望の目はあったし、淑音は迷わずそれを選択する。
 それにチサトは剣の腕も相当だが、それを上回る腕を弓矢に持っているということが淑音には分かった。

「淑音お姉様。わたしを信じていただけますか?」

 チサトがそう言うので、何事かと今度は淑音が眉を潜める。
 地面から一枚の葉っぱをチサトは拾い上げて、淑音に差し出していた。

「これを指で摘んで掲げてください。わたしが弓で撃ち抜きます」
「えっ。そんなことが出来るの……?」

 的はたったの数センチだ。
 素人ではここまで矢を届かせる事すら難しいだろう。
 全くの素人では無いチサトの腕を疑うつもりなど一ミリもなかったが、失敗したら怪我では済まないということもあって、淑音には戸惑いがあった。
 話しているうちにチサトは木の影に置いてあった皮の鞄の中から弓と矢を取り出して、淑音から大分距離を保ち始めた。
 チトセは姿が大分小さくなってから、

「お姉様! 木の陰に立って、手を掲げてください!」

 と、叫んだ。
 恐る恐るという感じで淑音は手を掲げる。勿論、少しでも矢がこちらに向かって来そうであれば、いつでも身体を動かせるように全身に意識を集中させた。
 遠くのチサトが矢をつがえる。
 一瞬の沈黙。
 ややあって──
 矢が解き放たれて、一直線に空を滑り出した。
 まるで重力の影響を受けていないように。風の影響すら感じていないように。
 実際にはそのどちらもチトセが計算して矢を放ったのだが、あたかも吸い寄せられるように淑音の指の間の葉だけを貫いて、背後の木に矢は突き刺さった。
 ヒュンと耳元には、風を切る音。そして、木に突き刺さって左右に激しく揺れている矢のビンという音が控え目に響いた。

「凄い……」

 驚愕するしかない。とんでもない事が当たり前のように目の前で起こって、木から生えている矢を見つめながら淑音は言った。
 チトセは、そうしているうちに元の位置に戻ってきた。

「そうですね。剣の腕にこだわりたい気持ちもありますが、ロウド様をお守りするためには手段を選んでいられないかもしれません。出来たら、最後の手段にしたいですが……、準備しておきます」

 ******

 さて、レオはと言えば一心不乱にここ数日絵を描き続けている。
 ロウドの奴隷の中でまだ何も貢献していないことに焦りもあったが、それより何より絵を描くことが楽しくて仕方がなかった。
 だから、食事を摂ることもほどほどに絵に向き合い続けている。
 モデルはこれ以上ない。環境も整えられている。
 あとは自分の腕次第で、作品の質を向上させる事が出来るのだ。これまで、培ってきた全ての技術を集結させて絵に全ての力を注いだ。
 淑音が言っていた『メイド服』なるものについても説明に説明を重ねられ、自分なりにイメージが出来上がってきた。
 そして、描き始めてから三日後。
 初めての『スイレンちゃん』の絵が完成したのだ。
 まずは誰よりも先に淑音に感想を求めるべく、部屋に呼んで絵を見せた。

「……凄い。ここまで再現するなんて……。いえ、再現なんて生易しいものじゃない。これは……、原作を超えた……!」

 何やら難しい事を言っていたが、この絵にとても満足しているのがレオには分かった。
 レオとしても、ひとつ壁を超えた気持ちになっていた。コロシアムで死を目の前にしたせいが大きい。
 何もかもを諦めなければならなくなって初めて、自分が本当にやりたいことを再認識させられたのだ。
 だから、この絵を手始めに色々な物を描きたくなった。人生史上ここまで創作意欲が沸いた事はない。

「早速お披露目しましょう! スイレン信者として、この街の人達にスイレンちゃんを布教しなくては!!」
「そうだね!! この街に神の神殿を作ろう!!」

 ふたりして大盛り上がりをしている所に、チサトが「落ち着くように」と釘を刺してようやくふたりの暴走は収まった。
 結論から言うと絵は好評だった。とりあえず、宿屋の主人にお願いして完成した絵を酒場に飾らせて貰ったが、客からの評判は上々らしい。
 自分にも書いてくれ、と客からの注文も殺到した。こうして、レオも絵によっていくらかの収入を得ることが出来るようになった。ロウドにとっては、それぞれの奴隷が利益をもたらすことになって大変満足な結果だ。
 ただひとつ、問題があるとすれば、モデルになったチトセが店内でちょっとしたアイドルのように持ち上げられるようになって、チトセが大変迷惑しているということぐらいだ。
 チトセはそれからというもの、出来るだけ店に顔を出さないようにしている。
 ところでロウド達は例の謎の剣士がいつ店に現れてもいいように、警戒を厳としていたのだがどういう訳かそれからしばらく現れなかった。
 それで、なおのこと宿屋への襲撃がないか警戒して情報を探っていたのだが、入ってきたのは剣士とは別の襲撃情報だった。
 しばらくの間、ロウド達はその別の襲撃者への対応に追われることになる。 
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