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第3章
第12話 風景
しおりを挟む門から出た俺達は、歩いて1時間未満の草原にやって来ていた。
今回探すのは、安価で効果の弱い――低級のポーションの材料となる薬草だ。比較的安全な地帯でも採取が可能な薬草ではあるが、必要な量が半端ではない。
俺はアイテムボックスから、大きめの籠を1つと小さめの籠を4つ取り出す。
大きめの籠は、組合から支給された物で、籠一杯に薬草を集めて依頼達成となる。
「籠一杯って、多過ぎでしょ……」
「分かっていた事だ。文句を言わず、手を動かすぞ」
ヴィルヘルムは、小さな籠を持って地面に目を凝らしていた。
薬草は、足下に生える雑草に混じって自生している。各々がしゃがみ込み、組合から提供して貰った情報を頼りに、薬草を黙々と採取していく。
俺達は、薬草に関する知識が浅く、薬草を探す事に手間取ってしまう。そんな中で、ミルやハイリは効率良く薬草を集めていた。
「ハイリさん達は、とても手慣れてますね」
「妖精国出身ですからねぇ」
「薬草集めは、任せて」
妖精国は、嘗ての旅で短期間だけ滞在した事がある。その際に、ポーション製作関連の錬金術や薬学の研究は、当時のどの国よりも進んでいた様に感じた。それだけ、国民の私生活の中にもポーション製作や薬学が浸透していた可能性はある。
だが、既に妖精国は明日羽達――執行者の手によって滅んでしまっている。それを知っているメデルは、表情を曇らせた。
「妖精国……」
気まずそうに呟いてしまった言葉に、メデルはハッとする。
「すみませんっ」
「何も謝る事はありませんよぉ」
「うん。妖精国に産まれた事は、今も私の誇り」
2人の言葉に、メデルは安心し笑みを浮かべた。
そんな和やかな会話をしている隙に、魔力感知の範囲に侵入して来た魔物の存在に気付く。
「敵だ」
こちらに接近する魔力を感知した為、周囲に警戒を促す。
一見すると分からないが、森と草原の境から、狼に似た獣型の魔物が忍び寄って来ている。
「魔物か」
既に槍を構えて警戒しているヴィルヘルムに向かって、カシムが声をかけた。
「ここは、俺達に戦わせてくれねぇか」
ヴィルヘルムの視線を正面から受けるカシム。
少しの間、視線を交差していたヴィルヘルムは、槍の構えを解く。
「分かった」
槍を手に持ったまま俺の隣までやって来る。
「なんだか、危ういな」
「戦いを譲った癖に」
リツェアが呆れた様子でヴィルヘルムに言葉を放つ。
「……そうだな」
いつもなら、反論するヴィルヘルムも今回は煮え切らない様子でカシム達を見つめていた。そして、俺もその視線に促される様に、視線をカシム達に向ける。
既に接近が気付かれている事を察した狼型の魔物――マッド・ウルフは、姿を隠して接近する事を諦めて走り出していた。
接近して来るマッド・ウルフに向けて、カシムは両手剣を構える。その後方では、サティアは木の枝のような杖を構え、ミルが矢を番えていた。
弓の弦が引き絞られて、キリキリと低い音を出す。
「っ」
ミルの弓から放たれた矢は、先頭を走っていたマッド・ウルフを撃ち抜く。そして、素早く次の矢を番え、再び――放つ。
狙いは正確な上に、動きに迷いが少ない。
だが、姿が見え難い叢を駆け抜けて来るマッド・ウルフを全て射抜く程の時間はなく、2匹を射抜いた時には前衛のカシムの側にまで敵が迫っていた。
「ミルっ。後は、敵を牽制しつつ、ハイリを護れ!」
カシムが、〝挑発〟のスキルを使用した事で、マッド・ウルフ達がカシムに向けて襲いかかる。
「っ!了解」
ミルは、〝挑発〟のスキルの効果外から回り込もうとしていたマッド・ウルフの足下に向けて、風属性の魔法が宿った矢を放つ。
「今のは魔法ですか?」
「風の精霊魔法だな」
見たところ、殺傷能力の低い精霊魔法だ。それでも、牽制の役目を充分に果たし、接近していたマッド・ウルフの動きに、新たな警戒心が生まれる。そして、動きが鈍った個体目掛けて、カシムは両手剣を振り下ろす。
スキルにより加速された動きに、マッド・ウルフは反応が遅れて、首を両断された。
「なんだか手慣れてる感じですね」
「集団戦を行う者達は、ある程度決まった連携技を持っている。その完成度次第では、格上の敵にすら勝つ事が出来る」
「虎男の言う通りだけど、ちょっと慎重過ぎるわね」
リツェアの言う通り、最初に接近していたマッド・ウルフを遠距離攻撃に特化している魔導師が牽制する。そして、回り込もうとしていたマッド・ウルフをカシムが抑え込めば、ミルの攻撃によって敵の数を更に減らせた様に思える。
「そうだな。持久戦になれば、数の多い魔物側が有利になるだろうな」
ヴィルヘルムの言う通り、ミルによるマッド・ウルフの牽制は既に慣れられて来ている。
カシムが、マッド・ウルフの動きを予測し、スキルを併用する事で着実に数を減らしてはいるが、カシムへの負担がかかり過ぎていた。その上、マッド・ウルフは持久力に優れた魔物の為、カシムに休みなく襲いかかる。
「――第五階梯魔法〝束縛土鞭〟」
地中から現れたハイリの魔法――〝束縛土鞭〟がカシムに迫っていたマッド・ウルフ3体を縛る。
「――っ。第五階梯魔法〝土柱〟」
「?」
〝土柱〟が、拘束していたマッド・ウルフを貫くが、仕留めきれない。その後も、拘束系統の魔法を使い、ハイリはカシムが息を整える時間を作っていた。
「カシムさん達、大丈夫でしょうか?」
「今の所、誰もまともに攻撃を受けてはいない。安全な立ち回りだな」
「でも、カシムさん達、なんだか変な感じが……」
「お互いを意識し過ぎだな」
ヴィルヘルムやメデルの言う様に、カシム達はお互いを意識し過ぎている。
パーティーでの戦闘で、お互いの動きを意識するのは重要な事だが、カシム達の場合は意識し過ぎて、動きが鈍くなっていた。
「そろそろ良いんじゃない?」
「……そうだな」
軽い足取りでカシム達の方に歩き出すリツェアに続いて、ヴィルヘルムも動き出す。
「あんたは其処にいて」
「何故だ?」
「良いから」
理由は分かってはいない様だが、ヴィルヘルムは真剣なリツェアの言葉に同意する。
「〝夜影の斬裂魔〟」
殆ど足音も立てずにハイリとミルの横を走り抜けたリツェアは、カシムの死角から迫っていたマッド・ウルフを斬り捨てる。
「お、おいっ。ここは俺達が――」
「良い加減にしなさい」
苛立ちを隠さない格上――リツェアに睨まれて、カシムの表情が固まった。
「あんた達に何があったか知らないけど、見ているこっちが落ち着かないのよ」
「……」
影から姿を現した細剣を握ったリツェアは、素早い動きでマッド・ウルフの急所を突く。
マッド・ウルフも逃げ惑うばかりではなく、動き続けながらリツェアを取り囲み、同時に襲いかかる。
「第五階梯魔法〝土壁《アース・ウォール》〟」
リツェアは、足下から突き出た俺の魔法――〝土壁〟を利用してマッド・ウルフ達の攻撃を上空へ回避する。そして、〝土壁〟の側面を蹴り、高速で接近した勢いを活かしてマッド・ウルフを斬り裂く。
本来、魔法を主体としているリツェアは、近接戦闘に特化したスキルをあまり持っていない。それでも、スキルの組み合わせと俺からの魔法の援護を受けて、マッド・ウルフ程度の魔物なら危なげなく圧倒する事が出来ている。
「第五階梯魔法〝土柱〟」
隊列を立て直そうとする動きを見出す様に、〝土柱〟を群れの中心とリーダー格と思われるマッド・ウルフに対して放つ。
「ッ!!」
リーダー格からの指令が途絶えた途端に、マッド・ウルフの動きに乱れが生じた。
「あいつが、群れの要ね」
リツェアは、地面を蹴る度に速度を上げて、マッド・ウルフ達の統率が回復するより早く、リーダー格の元へと達する。そして、弱点を看破するスキルにより、正確な一撃を放つ。
逃げる事も避ける事も出来なかったマッド・ウルフは、地面へと倒れ、動かなくなる。
群れの統率者を失った他のマッド・ウルフ達は、一目散に森へと逃げて行った。それを確認したリツェアは、カシム達の横を通り過ぎて、俺達の元まで戻って来る。
「ほら、さっさと薬草を集めちゃいましょ」
「はい!」
「何故、俺は戦ってはいけなかったんだ?」
「あんたの戦い方は豪快過ぎなのよ」
リツェアが、言外にこれ以上薬草の採取地を荒らされたくなかった、と語っている事を察してヴィルヘルムは黙る。
何事もなかった様に、リツェアは薬草の採取を再び始める。それに続いて、メデル達も薬草採取を再開した。
だが、獲物を横取りされた形のカシム達は立ち尽くしたまま動かない。
冒険者同士で、獲物の奪い合いをしてはいけないといった決まりはない。それに、今回は、カシム達のパーティー――『精霊の角』と共に受けた依頼の為、依頼遂行の障害となる魔物を俺達が倒しても問題はない、筈だ。
「あのっ、すみません」
ハイリが杖を胸の前で持ったまま、俺に話しかけて来た。
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【作者より、感謝を込めて】
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そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
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