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第3章
第13話 鬼との語り合い
しおりを挟む「何ですか?」
もしかして、先程の戦闘で獲物を横取りした事に対して、何かを言われるかもしれない、と思った。
「どうしたら、貴方の様に魔法を自在に扱えるんですか?」
最初自分が思っていた事とは違う言葉を聞いて、返答が遅れてしまった。
まさか、教えを乞われるとは思わなかった。
「……強いて言えば、経験と才能じゃないですか?」
「経験と才能」
「幸いハイリさんはエルフ族ですし、経験を積む時間と機会はたくさん得られる筈です。それに、貴方には魔法の才能があると、カシムさんが言っていましたよ」
話は終わりだと、ハイリに背を向ける。
「あ、あの!」
初めて聞いたハイリの必死な声に、足を止めて振り返る。
「私は、1人の魔導師として、雪さんには、どう見えていますか?」
「……どうして、俺に聞くんですか?」
冒険者をしていれば、金級よりも上位の冒険者と面識がある筈だ。その中には、ハイリよりも熟達した魔導師もいる。その為、俺に聞いて来る理由が分からなかった。
「雪さんは、魔導師として凄く優れた方ですので」
「他の冒険者の方に聞けば良いんじゃないですか?」
「皆さん、私には才能があるって言うんです。でも、私は、少しでも早く強くなりたいっ。今のままじゃ、嫌なんです!」
「……」
ハイリの過去に何があったのかは、何一つ知らない。それでも、彼女が必死な事は分かった。
「強くなる為なら、私は出来る限りの事をしたいんです!」
「……分かりました。戦闘を見ていての感想を話す位なら……でも、そこまで言うなら正直に話しますよ」
「お願いします」
「ハイリさんは、魔導師として半人前にも至っていません」
「っ」
「俺からしたら、貴方は魔導師未満の存在です」
ハイリは俯き、両手で服を強く握りしめた。
「……その、理由は?」
「まず前提としてですが、ハイリさんが持つ優れた魔法の才能は、防御関連の補助の魔法に関してだけです」
「っ?!」
「防御関連の魔法を使う時の熟達した動きが、攻撃魔法の時には殆どありません。寧ろ、発動直前に躊躇していますね?」
「……はい」
「その理由は、敵への恐怖か、ハイリさんの優しさ故ではないですか?」
魔法を扱う者――魔導師にとって、攻撃系統の魔法と防御系統の魔法は、左右の手に表現される事が多い。
人には利き腕が有るように、魔導師にも得意な系統の魔法がある。だからと言って、苦手な系統の魔法を扱えない訳ではないが、利き腕――得意な系統の魔法以上に鍛錬が必要になる。
主に苦手な系統の魔法が生まれてしまう理由としては、才能以外に、精神的な問題が大きく関わって来る。
「どうして分かるんですか?」
「敵を狙った魔法は、発動までに躊躇と迷いを感じました。おそらく、仲間の邪魔や巻き込んで怪我をさせてしまうと考えてしまっているのかもしれません。ですが、カシムさんを護ろうとした魔法には、そんな邪念は一切なかった」
「ハイリは、昔から優しい。それは、本当」
ミルの言葉に、ハイリは表情を少し和らげる。
「ですが、その優しさは魔導師にとって害となる事もあります」
「害、ですか?」
「ハイリさんは、仲間を護る為の魔法を使う事に躊躇いがありません。その所為で、魔力消費が激しく、忌蟲の森では魔力切れを起こしてしまったんじゃないですか?」
「私、咄嗟に魔法を使ってしまう癖が有るんです」
『魔法の発動癖』か。
魔法の才能がある者に、現れやすい癖だ。
「『魔力の切れた魔導師は、戦場では重症者以上に足手纏いだ。重症者であれば、見限れる。だが、重荷となっただけの味方は、敵以上に厄介だ』。俺が魔法を学んだ時に、師匠から厳しく教え込まれた言葉です」
俺は、自分の装備した剣に触れる。
周囲で、殆どの人々の表情が引き攣ったり、顰めたりしていた。
「だから俺は、少ない魔力消費でも戦える様に剣を学びました」
本来、魔導師とは筋力よりも魔法や知識を鍛える。その為、魔力が無くなると、周囲に護って貰うしかない。出来る事とすれば、敵の的になって時間を稼ぐ事位だ。
だが、その分一撃の威力の強さと広範囲への同時攻撃、回復など、魔導師故のメリットもある。だからこそ、魔導師が魔力を保ち続ける事は、自分の身を護る事と同時に、パーティーの命を繋いだり、切り札を残す事にも繋がる。
「なら、私はどうしたら……?」
「目の前で仲間が傷付いても、本当に必要な時にだけ魔法を使って下さい」
「非道になれって、事ですか?」
「いいえ、違います」
「何が違うんですか?」
「カシムさんやミルさんは、ハイリさんが咄嗟に魔法を使い続けないと死ぬ位弱いんですか?」
「え?」
俺の質問に、ハイリは訝しげな表情を浮かべた。
「雪は、仲間を信じられないのか?と聞いているんだ」
ヴィルヘルムの言葉に、ハイリはミル達の方を振り返る。
「……私、そんなつもりじゃ」
「今のハイリさんは、1人で戦える魔導師じゃありません。でも、未来を決めるのは、俺ではなく、ハイリさん自身です」
攻撃系統に向いている、防御系統に向いている、そんな向き不向きは、覚悟と経験で幾らでも補える。
大切なのは、自分の進むべき指針を定める事だ。
「……」
「自分が将来、どんな魔導師になりたいか、よく考えて決めて下さい」
俺の言える事は、全て言った。
◼︎◼︎◼︎◼︎
カシム達――『精霊の角』との初めての依頼を達成した夜。
俺は再び、カシムに食事に連れて来られていた。
周囲から見え難い位置の席で向かえ合っているが、店内は俺達と同じ様に依頼を終えた冒険者で席が埋まっている。
「どうして俺だけを誘ったんですか?」
ヴィルヘルム達だけでなく、カシムのパーティーであるハイリ達もこの場にいない。
「まぁ、パーティーのリーダー同士で親睦を深めようぜ」
既に運ばれて来た酒を飲んでいるカシムは、見慣れた笑みを浮かべている。
だが、俺が見つめていると、徐々に笑みは消えて行った。
「……いや、悪い。まずは、謝らせてくれ」
「……」
「すまなかった」
「何がですか?」
「ハイリの事だ……。本当なら、俺が早く気づかせてやるべき事だった」
心から後悔をしているカシムの様子に、「気にしてないですよ」と答える。それに、同じ魔導師から言われた方が、ハイリも現実を受け止める事が出来る筈だ。
「他の冒険者からは、本当に何も言われた事がなかったんですか?」
俺の問いに、カシムは頷く。
「違和感を持つ奴はいたかもしれねぇが、所詮は違和感だ。お前みてぇに、勘が鋭い奴じゃなきゃ、才能の偏りなんて直ぐには気付かねぇよ」
「……そうですか」
余計な事に関わってしまったかもしれない、と思う感情を誤魔化す様に酒に口をつける。
「自分に足りない事には、自分で気付くのが1番なんだがな」
「……」
「俺には、最後まで出来なかった事だ」
「カシムさん?」
今まで見せた事のない表情に、思わずカシムの名前を呼んだ。
「……悪いな。少し、昔話を聞いてくれるか?」
「俺で良ければ」
「俺は、10年前。……いや、種族間の大戦があった時、傭兵団の副団長だったんだ」
それからカシムが語った話は、何処かで聞いた事のある様な話――この世界ではありふれた物語だった。
物心付いた頃には、両親の顔は分からず、同じ様な境遇で育った魔族の子供同士で傭兵団を設立した。そして、様々な魔族や他種族から報酬で雇われ、雑用から戦争を引き起こす為の犯罪だったり、生きる為にはなんでもやった。
だが、結局は、ある魔族の王――魔王に騙されて、カシムの幼馴染であった団長と古株の仲間達を失った。それでも、生き残った傭兵団の団員を生かす為に、傭兵団の団長を引き継いで活動を続け、最後には仲間の殆どを失ってしまった。
カシムは、話の詳細を詳しくは話さなかった。
「魔王に嵌められたのは、俺達が馬鹿だっただけだ。それに、俺達も似た様な事はして来たんだ、自業自得って奴さ」
「……」
「だが、あの時は違う。死んだ奴の中には、団に入ったばかりの子供だっていたんだ」
「何があったんですか?」
「……大戦が終わった後、辺境都市までの護衛の依頼を受けたんだ。その時、鶏冠蛇竜の群れに襲われた」
カシムの隠し切れない後悔が、言葉に込められていた。
鶏冠蛇竜は、竜種の亜種。その中でも、猛毒と石化の魔眼を持つ危険な魔物だ。
獰猛かつ、狡猾で、雄の王を中心に数匹の雄と雌で群れを作り、縄張りとその周辺で奇襲を主にした狩りを行う。更に、知能も高く、格上と判断した敵に戦いを挑む事はないが、格下相手には本来の残虐性を剥き出しにして襲いかかる。
鶏冠蛇竜の群れに奇襲を受けて、カシム程度の実力で生き残る事が出来たのは、幸運としか呼べない。
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本当に、ありがとうございます。
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